飛び出したリナは、少年を指差して叫んだ。
「ちょっと、あんた!」
 リナの叫び声に、少年が気がついた。まだ逃げていない人間の存在に、少年は少し驚いたような表情を見せた。
「まだ逃げなかったんだ。バカ? それとも、ヒーローキドリ? ああ、ヒロインか」
「あたしはバカだけど、ヒーローでもヒロインでもないよ。普通の、女の子」
 言いながらも、リナに隙はない。相手の動きをきちんと見つめ、どこから攻撃が来ても対応できるようにしている。少年はわかっているのかいないのか、リナを見下ろして言う。
「ねえ、その力を使うの、やめなよ。そんなのは誰も幸せにならないよ」
「そんなもんはあんたが決めることじゃない。僕は幸せだよ? 今まで偉そうにしていた連中も、今の僕の相手にはならない。これが幸せじゃなくて、何が幸せだって言うんだよ?」
「そんなの、間違ってる。力で得られる幸せなんて、幸せじゃない」
「力がなければ何もできない。力があるからそういうセリフが吐けるんだよ」
 少年の耳に、リナの言葉は届いていなかった。力の魅力に取りつかれた彼には、リナなど、ただの少女にしか見えないのだろう。
「ごちゃごちゃとうるさいことを言っていると、痛い目に遭わせるよ?」
「やれるもんなら、やってみなさいよ」
「挑発するのはやめなさいッ!」
 少年が動く前に、シルヴィアが飛び出していた。素早い動きでリナに肉薄し、ぶったたいて動きを止める。
 リナを抱えるようにし、シルヴィアは少年をにらみ上げた。
「あなたも! 感情的にならないでくださいまし! 女の子に手をあげるなんて、サイテーですわよ!?」
「最低? 違うね! 僕に逆らう、あんたたちがバカなだけだ!」
 少年は手の平をふたりに向けた。途端、突風がふたりを襲う。
 立っていることも難しく、ふたりはよろめいて倒れた。
「はは! そんなもんなんだよ、ただの人間は! 今の僕は普通の人間じゃない、もっと特別な人間なんだ! あんたらみたいなのが何を言ったって、無駄なんだよ!」
 二撃目を加えようと、少年が手をあげる。反射的にシルヴィアは目を閉じ、リナは両手を合わせた。
「くら――ッ!?」
 だが、少年は手を下ろすことができなかった。誰が触れているわけでも、良心がうずいたわけでもなく。単純に、手が動かなかった。
「な、んだよ、これ!?」
「はいはい、そこまで。調子に乗るのもいい加減に、ね」
 通りを、リナやシルヴィアが立つ方向とは逆から、誰かが歩いてくる。爆発した後のような頭に、紺色のブレザー。学園制服を着込んだ、青年だった。
 青年はリナとシルヴィアの存在に気がついたらしく、少年からふたりに目を向けた。
「やあ。君たちは学園の生徒、だね。たぶん。でも、彼はオレの担当なんで、そこんとこよろしく」
「あなた、ひとり? 大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫。オレより強い異常能力者っていないから」
 青年の声に、シルヴィアもそろそろと目を開く。そして、彼を見た。
「あ!? ら、ラルス様!?」
「……らるす様?」
 様という言葉に、リナは目を丸くした。
「あなた、ラルス様を知らないんですの!? 学園最強最高の能力者! 数少ない、エースクラスの能力者ですわよ!」
「あー、そんな人もいたっけ?」
「いたっけって……。オレ、これでも学園ではけっこー有名なんだけどなぁ?」
「僕を、無視するな!」
 びゅお、と風が吹き荒れる。少年が感情に任せて起こした一撃だ。
「なんなんだ、あんたらは! さっきから僕の邪魔ばかり! 学園ってなんだよ、悪と戦うスーパーヒーローか!?」
「ああ、そんなようなもんだね。名前がないから学園って呼んでいるだけなんだけど、気に入らなかった?」
 ラルスはのん気な表情でへらへらと笑い、頭をかいた。
「まあまあ、そんなに感情的にならずに。話し合いで解決するのが楽なんだけど、応じない? ほら、痛いのとか、やっぱ嫌でしょ?」
「っざけんな!」
 少年が素早く手で空を切る。ラルスはくすりと笑い、軽く身をひねった。ラルスの後方、洋服店のショーウインドウが、砕け散った。
「仕方ない、か。ふたりとも、そこを動かないでね。守るのって得意じゃないし」
 ラルスは軽く地面を蹴った。
「ま、」
 なのに、まるで弾丸のような速度で、まっすぐに少年に突っ込む。真正面から来ると思っていなかったのか、少年は慌てて風を吹かせた。
冗談じょうだんだけど」
 ラルスは突風など物ともせず、そのまま突撃する。そして、少年の目の前まで飛び上がった。
「はい、終わり」
 ひゅ、という風切り音すら残し、ラルスのかかとが少年の肩に落ちた。ゴン、というにぶい音が響き、少年はコンクリートの地面にたたきつけられた。
 気でも失ったのか、少年は身動きしない。ラルスは少年にまたがるように降り立つと、その額に手をかざした。
「ふーじゅ」
 少年を、異常能力を封印する光が包む。光が切れると、ラルスはリナたちに歩み寄った。
「大丈夫だったろ?」
 戦いをまじえた後だというのに、ラルスにはまるで疲れた様子がなかった。それもそのはず、ラルスは、たった一撃しか放っていない。一瞬とも言える、速攻の戦いだった。
 リナはそんな男を眺め、
「――彼、生きているよね?」
「死んではいないよ。でも、もう能力は使えないし、能力の記憶もない。オレの封呪ふうじゅはミスったことがないんだ」
「でも、あそこまでやることないんじゃないの?」
「だって手加減ってめんどいし。それより」
 ずい、とリナに顔を寄せ、ラルスは言う。
「君さ、あんまり能力を使っちゃいけないよ。これは本当」
「そりゃ、ターゲットじゃない相手と戦いかけたのは、悪かったわよ」
「んー、そういう問題じゃないんだけどね。ま、いっか」
 あっさり引くと、ラルスは顔を上げた。
「じゃ、オレは行くから。君らは外出許可なんだろ? オレは帰って報告書を書かなきゃいけないしー」
 じゃね、と小さく手を振って、ラルスはふたりを置き、どこかに立ち去った。
 その後姿を眺めていたリナは、ふと問いかける。
「ねえ、シルヴィア。どうしてラルス『様』なの?」
「知らないんですの、って言うまでもないことでしたわね。エースクラスには、だいたいファンクラブがありますのよ? 学園最強である彼とて同じ。もし彼を呼ぶ時に呼び捨てにしようものなら、そのファンクラブがすっ飛んできますわ。学園にいる時は気をつけて下さいまし」
「あー、そういう……。ん? ってことはまさか、メイにも?」
「ありますわよ。男子の間では、性格もあって、かなりの人気ですわ」
「えー、なんかヤダ」
 立ち上がったリナは、なんともビミョーな顔つきをしていた。