オオカミ犬からの脱出を成功させた一行は、慎重に森の奥を目指して歩いていく。 シルヴィアの力を使うとどうしても目立つため、先頭はラルス。ナイフを使い、力任せに切り開いていくしかない。 「ねえ。そういえばさ、どうして『瞬移』で進まないの?」 ふと、リナは隣を進むティノに聞いた。ティノはちらとリナを一瞥し、あきれたように言った。 「リナ。ぼくらは、先に何があるかもわからない場所に向かっているんだよ?」 「わかってるわよ、それで?」 「あのね。先に何があるかわからないのに、いきなりテレポートしてどーするの。先に危ない何かがあったら困るだろ? だからこうして歩いてる。さっきは、緊急事態だったから使っただけ。基本的には使えないんだ、ぼくの能力は」 「ふうん? ティノの能力にもダメなとこがあるのね」 「そういうことさ。だから、おとなしく歩いてねー」 「あたしはいいわよ。でも、リンダとかキツイでしょ?」 最後尾のシルヴィアとの間で、荒い息を吐きながらリンダがついて来ていた。体力に自信のあるリナやシルヴィアと違い、リンダは肉体的にはただの女の子。これだけ歩きにくい道を進むのには向いていない。 「だ、大丈夫。アタシだって、能力者だもん」 「……仕方ないね。リンダ、ぼくの手を握って。連続テレポートなら、ちょっと疲れるけど安全に進めるからね」 ティノは手を伸ばす。リンダは少しだけためらいながらも、その手を取った。 ティノとリンダの姿が消える。かと思えば、ラルスのすぐ後ろに現われる。そこからは、その繰り返しだ。 時々、化物たちも出てくる。集団で出ることは少なく、だいたいが一匹か二匹。それらは、リナの炎やラルスとシルヴィアの打撃で倒した。 五人は周囲が見えなくなる頃まで歩き続けた。時刻にして、四時頃。早くも周囲は、暗くなり始めた。 「ここでストップだ」 少しだけ開けた場所に出たところで、ラルスは立ち止まった。 「夜中に移動するわけにはいかないからね。朝になるのを待とう」 「それはいいけど、こんな森のど真ん中で大丈夫?」 「交代で見張りをすれば、どうにかなると思うよ。たぶん」 言いつつも、ラルスはさっさと準備を始めている。遅れて、ティノとリンダも動き出した。 仕方なく、リナとシルヴィアも手伝う。 準備と言っても、邪魔な木を払い、小さなスペースを開くだけだ。火事を起こすわけにもいかないので、火は起こせない。 整って落ち着いたところで、それぞれ適当に腰を下ろした。 「ラルス。あなたは前にここに入ったことがあるんでしたわよね?」 「あるよ。何か聞きたいことでも? わかることなら答えてあげないこともない」 シルヴィアは毛先をいじりつつ、 「前は、どうして奥まで入らなかったんですの?」 「圧倒的に準備不足だったから。オレはひとりでも化物なんかには負けないけど、こうして夜になると、さすがにひとりで警戒はできないからね。それに気がついた時点で引き返した」 「ということは、この先がどうなっているのかは知らないわけですわね」 ラルスはうなずく。徐々に暗くなってきたのを見て、ラルスはリュックから明かりを取り出した。光量をしぼり、つける。細い光が、五人の顔に影を生み出した。 「ラルス」 ティノは、ラルスをじっと見つめた。その目は、ごまかしは通じないと語っているように見えた。 「ここまで来たんだ、もういいだろ? そろそろ、理由を話してくれないか。どうして、ここまで協力する? ぼくらが死んでも、君には何の損にもならない。命をかけるほどの仲でもない。なのに、そうまでする理由は?」 全員の注目がラルスに集まった。ラルスは、ただ明かりを見つめていた。 「オレはね、学園長を見返してやりたい。それだけだよ」 前髪をいじりながら、ラルスは続けた。 「オレは、実は学園長の目的ってのも、少しだけ知ってる。オレが協力したからね。 あの人の目的はね、わかりやすいよ。ただ、死ぬことなんだ」 誰かが息を飲んだ。構わず、ラルスは言う。 「知ってると思うけど、学園長は能力のせいで、絶対に死なない。あれは学園長自身にもコントロールできないらしくてね、常に発動し続ける。心臓にナイフが刺さろうが、毒薬を飲もうが、車に激突されたって、あの人が死ぬことはない。 最初はいいよ。誰もがあこがれる、不老不死の体なんだから。けど、いつまでもそんな体だと、そのうち死にたくなってくる。人生に絶望したって、あの人は死ぬことさえ許されないんだ」 「……でも、それとラルスと、何の関係があるの?」 首を傾げるリナの耳に、ティノのつぶやきが届いた。 「――封呪、か」 「その通り。学園長は、オレの力で、能力を封印させようとしたんだ。まだ、学園が作られる前の話だよ」 だが、その作戦は失敗した。聞くまでもなくわかる、学園長は、まだ生きているのだから。 「理由はわからないけど、学園長は、それをオレの能力不足と判断した。『不死』を封印させるには、オレなんかの能力じゃ足りないと。そこで学園長は、能力者を育てる機関、すなわち学園を作った。オレを、あるいは他の能力者を育て、自分を殺させるためだ」 「それで、見返す、か」 ラルスは、にやりと笑った。 「オレは誰よりも強い。そのオレが、力不足だって? ムカつくじゃないか、そういうの」 「そーゆーもん?」 力としては学園の底辺に近いリナには、そういった感情はない。 「学園長も普段は自分を封印できるほどの能力者を開発する、その研究をしている。詳しい内容は知らないけど。ただ、まだ方法は見つかっていないらしい。もしもこの森にその方法があるなら、それで学園長を見返してやれるだろ?」 「でも、見つかったら、殺すの?」 ラルスはリナに視線を移した。リナは、見るからに元気がない。 「だって、死んじゃったら、終わりなのに。何もできなくなっちゃうのに。なのに、殺すの?」 「言っていることがおかしいね。学園長はすでに、やりたいことをやってしまっている。あの人の望みは、ただ死ぬことだけだ。その手助けをしてやるってんだから、これは人助けみたいなもんだよ」 それに、とラルスは続けた。 「メイリンの仇を討ちたいんじゃなかったのか?」 メイリン、の言葉に、リナは小さく反応した。けれど、答えはしなかった。 見かねたのか、リンダが口をはさむ。 「そんな話、今からしても仕方ないでしょ。この森に何があるのかわからないんだし、実はないかもしれないんだから」 沈黙が、五人を覆った。 リナはひざを抱え、うつろな目で、見つめていた。 「ねえ、ティノ。昨日さ、テレポートは最終手段とか、そんなことを言ってたよね?」 「あんまし使いたくない。それは事実だよ」 「なら、なんで今日になってから、もう四回も使ってるの?」 リナは足をぴたりと止めた。ティノが、その姿を見上げている。 「仕方ないだろ? ぼくやリンダは攻撃能力はないんだ。かと言って、君ら三人だけじゃ相手をできる数に限界がある。それだったらラルスだよ。どこが群れてないだ、めちゃめちゃ群れてるじゃん!」 「それこそ仕方ないねー。オレ、ここまで奥に入ったことないしー?」 「いがみ合っていても、解決する問題ではありませんわよ」 シルヴィアの一言で、全員、引き下がるしかなかった。 森の奥に進むにつれ、出てくる化物たちは数を増やしていった。一度に現われる数も多く、ついさっきは、十匹以上の群れに襲われたばかりだ。 「でも、けっこー奥に来ているからね。たぶん、そろそろ森の中心に近いところに出る。学園長が何かを隠したなら、あるいは、学園長も知らない何かが隠れているなら、そろそろのはずだよ」 ガサガサと木々をかき分け、ラルスは進む。その後をリナが、後ろはシルヴィアが。ティノはリンダを連れ、適当にテレポートを繰り返す。 なおもしばらく行軍を続け、いきなりラルスは足を止めた。 「どしたのよ、ラルス。何かあった?」 「……あった」 ぽつりとつぶやき、ラルスは前に飛び出した。 「あ、ちょ、ラルス!?」 リナも慌ててその後を追う。枝を乗り越えた、その先。そこは、かなり開けた場所だった。 「って、何これ!?」 空は、あいかわらず木々が覆っている。ドームのような空間の中心には、建物があった。 壁はツタやコケに覆われ、ボロボロになりながらもしっかりと立っている。二階建てくらいの大きさだろう、パッと見た感じでは、天文台のような造りをしている。てっぺんには、風車がくるくると回っていた。 「よかったね、リナ。たぶんこれが、お望みのものだよ」 軽く息を整えながら、ティノは言った。 「おーい、こっちだ! こっちに入り口がある!」 ラルスの呼び声に沿って、四人もそちらに移動する。建物の正面らしき場所に、大人ひとりがやっと通れるほどの、小さな入り口があった。入り口の上にプレートがあり、『シールパレス』と刻まれている。 中は光がなく、暗かった。ラルスが明かりをつけると、パッと建物の中が照らし出された。 建物は、二階部分まで吹き抜けになっている。中心には太い柱があり、その手前に、コンピュータのパネルらしいものがあった。よくよく見れば、柱にはモニターもついている。 「ティノ、あれ、操作できない?」 「無茶を言わないでくれ。ぼくは機械類はダメなんだから。リナこそ?」 「……それこそ無茶よね」 「オレがやるよ」 ラルスは明かりをリナに渡すと、操作パネルをいじり出した。 「わかるんですの?」 「さあ、さっぱりだ。けど、パソコンくらいなら使えるからね、どうにかなるかも。電源が生きていれば、だけどね」 ラルスは適当に操作を続ける。と、突然、モニターに光がともった。 「やった、まだ使えるぞ!」 「見て、何か文字が出てる!」 全員がモニターに目を向けた。モニターには、文章が映し出されていた。 『この映像を見ている者に告げる。君たちは勇気があり、高い能力も有している。だが、それは危険でもある、よって――』 ガコン、と背後で大きな音が響いた。振り向くと、入り口が閉まっていた。 『――君らは死ぬべきである』 |