閉じた壁を、シルヴィアは鼻で笑った。 「こんな壁で、わたくしたちを閉じ込めたつもりですの? 甘く見ないで欲しいですわね!」 シルヴィアは手を握る。生まれた光のハンマーをしっかりと握りしめ、気合と共に、それを壁に向かって振り下ろす。 「はあッ!」 ハンマーは壁に激突し。けれど、まるで煙がぶつかったかのように、ハンマーは消えてなくなってしまった。 「……あれ?」 「能力で強行突破はできないみたいだね」 画面を見つめ、ラルスは言った。 『なお、この建物の壁は全てアンチエスパーブロックで形成されており、超能力による脱出は不可能である。努力することは構わないが、死期を早めるだけであることを告げておく』 「超、能力?」 「オレらの能力のこと。 オレの能力は、超能力での分類だと念動力ってのに入る。 リナやシルヴィアも同じ。発動の形態は違うけど、触っていないものに力を加えるって見方をすれば、同じだろ? ま、リナやシルヴィアの場合、催眠って能力も同時に発動しているけど」 リナの能力は、分子に対する作用。シルヴィアの能力は、さらに小さい自由電子に対する作用。どちらも目には見えないものを相手にしているが、手で触れていないものを動かす能力であることに変わりはない。 リナは急に静かになった。ラルスが目を向けると、脳みその容量をオーバーしたリナが、頭から煙を出しかねない勢いで悩んでいた。 「あー、リナにはちょっと難しかったかな。まあ、学問的な分類だからね。知らなくても問題ないよ」 それより、とラルスはティノに視線を向けた。 「ティノ、テレポートは?」 「ごめん、無理。このアンチエスパーブロックって壁を越えられない。外を感じられないんだ」 「じゃあ、お手上げってことか」 言葉通り手を上げるラルス。ナイフくらいの装備はあるが、壁を破壊するほどの装備は持って来ていない。 「って、あーきーらーめーるーな! このままじゃ死んじゃうでしょうが!」 「でも、壁を壊せなきゃ、どうしようもないじゃないか」 「どこかに弱い部分があるとか、ええと、そうだ! シルヴィア、床を叩いて!」 「そういえば、ここはただの石ですわね。まあ、やってみますわ」 シルヴィアはハンマーを作り出す。そして、それを床石に向かって思いきり振り下ろした。 ビシリ、と床にひびが入る。そこに、リナは炎の矢をぶち込んだ。 トドメの一撃を受け、床は耐え切れずに砕け散った。 「これ、は? この下に、まだ空間がありますわ」 「降りて、みるべきだよね」 「だったら、ぼくが先に行こう」 ティノが前に出る。瞬間移動で、ティノは下の空間にテレポートした。 少しの沈黙。そして、ティノが戻ってきた。 「かなり広い空間があるみたいだね。安全っぽいけど高さはあるようだから、テレポートで移動しよう」 全員がティノにつかまったところで、ティノは下の空間にテレポートした。 明かりが、空間を照らし出す。そこは、何かの機材やコンピュータが一杯に並ぶ、研究室のような場所だった。高さは、三階分くらいはあるだろうか。中心には、やはり柱があった。 「何の機械ですの、これ?」 「いくつか動いているのは電源装置だろうけど、それ以外はよくわからないね」 五人はそれぞれ、機械類や詰まれた書類をひとつひとつ調べながら、部屋の中を歩いていく。 「ねえ、こっち来て!」 リンダが呼ぶ。見れば、リンダは柱を見つめていた。 「どうしたの?」 近寄り、リナは聞く。リンダは黙って柱を指した。 リナも柱を見る。よく見ると、それはただの柱ではなく、どうやら巨大なガラスケースになっているらしい。中身は暗く、よく見えない。 リナは、中を明かりで照らした。最初に見えたのは、白い肌。じっと目をこらすと、その正体がわかった。 「――人間?」 それは、どう見ても人だった。ガラスケースの中、何かの液体に満たされたケースに、人が入っていた。 「パネルがあるね。ここから操作できるかも」 ガラスケースの前に操作パネルを見つけ、ラルスはそれをカタカタと操作し出した。待つ間もなく、部屋に明かりがともった。 部屋が明るくなったおかげで、ケースの中の人がよく見えるようになった。誰かが息を飲んだ。 「これ、って?」 「どう見ても学園長、だね」 ティノはうなずいた。 ガラスケースの中、ひざを抱えて眠る人。それは、どう見ても学園長、シャルル=リシャールだった。 「でも、どうして学園長がこんなとこに? じゃあ、あたしたちが会ったあの人は、誰だって言うの?」 驚きよりも、戸惑いのほうが強かった。 いるはずのない人間が、目の前にいる。その事実が、四人を当惑させていた。 「その答え。ここに書いてありましたわよ」 答えたのは、シルヴィアだった。 シルヴィアは手に持っていた紙の束をリナに渡した。 「別のレポートにはこの空間の成り立ちまで書いてありましたわ。字も同じですし、どうやらこの空間……と言ってもただのテレポートの中継地らしいですけれど、とにかくここを作った人物が書いたものらしいですわね」 それは、手書きのレポートのようなものだった。タイトルは、ない。 リナはページをめくり、内容を声に出して読んだ。 「『シャルルの能力についての考察。サイコキネシス、ヒュプノス、テレポーテーション、テレパシーなどを複合的に使用し、擬似的に人間を作り出すことが判明』 ……つまり、どういうこと?」 「そのまんまで解釈すると、学園長の能力はもうひとりの人間を作り出す能力ってことになるね」 リナは、さらにレポートを読み進めた。 「『この能力を応用すれば、不老不死が完成する。我が子は人類の夢である、不老不死の肉体を得る。よって私はシャルルの肉体を保管し、能力を最大限に活用させるべきと考える』」 「なるほど、ね。はは、種がわかれば、下らないね」 ラルスはひとり、うなずいた。それに応じたのは、ティノだった。 「つまり、これ……おそらくは学園長の父親が、この建物を作って保管しているってことか?」 「そうなるね、たぶん。ああ、そりゃ封印もできないし、殺すこともできないはずだよ。本体じゃないんだから」 「ちょっと。ふたりだけで話を進めないでよ」 状況がまだよく理解できていないリナは、ふたりの男をにらんだ。 「つまりね、ぼくらが会った学園長。あれは、実体じゃないんだ」 「は? え、でも、会話だってしたじゃないの」 「それは念話。わかりやすく言えば、分身を作る能力なんだ、学園長の能力はね」 ティノの言葉をラルスが引き継ぐ。 「封印ができないのは、能力だから。炎の矢に対して封呪を使っても意味がないだろ? 死なないのも、能力だからだ。炎の矢を切ったところで、本人であるリナは痛くもなんともない。 学園長は不老不死なんかじゃない。いくつかの能力を同時に使って、人間を作り出す能力者なんだ」 触っていないものを動かす能力があれば、人が物をつかんだように見せかけられる。 食べた食品をどこかにテレポートさせてしまえば、本当に食事をしているように見える。 人が触っても、はね返る力を念動力で再現すれば、まるで本当に触っているかのような錯覚を起こさせることも可能。 理論的には可能、けれど、実際にやるのは難しい。そんな能力を、シャルルは実際にやってのけたのだ。 「なら、もしかして……」 「これが、学園長の本体ってことだね。つまり、こいつを起こせば、学園長の願いは叶う、ってことになる」 リナは、ガラスケースを見つめた。 「なら、これをぶっ壊せばいいのね!」 「手荒いけど、ね。ここらの機械を壊せば、入り口も開くかもしれない」 「そういうことなら、わたくしの得意分野ですわね」 「みんな、ケガだけはしないようにね」 「壊すだけなら、ぼくもサポートするよ」 全員の目に光が宿った。 打開策などないように思われた。けれど、今、彼女たちの前には可能性がある。できることがある。 なら、後は全力で、やるだけ。 リナは両手を合わせ、炎を生み出す。『炎矢』によって、機械を撃ち抜く。 シルヴィアは空間を握り、光のハンマーを生み出す。『光撃』のハンマーは、機器を潰すようにして砕く。 ラルスは『打骨』によって強化された蹴りをガラスケースにぶちこむ。ガラスは砕け、液体が中からあふれ出した。 ティノは『瞬移』で、適当なコンピュータごと、空中にテレポートする。そこで手放し、自分は再びテレポートで着地。コンピュータは、他の機械を押し潰した。 「見て! ドアが!」 どれを壊したおかげかはわからないが、大人が数人は通れるほどの、大きな扉が開いた。 「よっし! これで脱出できる!」 「これは、どうするんですの?」 シルヴィアは学園長を指した。微妙に視線を外しているのは、彼が服を着ていないからだ。 「もちろん、連れて行こう。でないとここまで来た意味がない」 ラルスが背負い、一行は扉から、地下室を脱出した。 誰も、気がついていなかった。無数の機械のひとつ、まだ無事な機械のランプが、グリーンからレッドに変わったことに。 |