地下室の扉は、建物の少し手前につながっていた。ほとんどぶち破るようにして、リナたちは外に飛び出す。後ろの方で、ガチャガチャと何かが崩れるような音が聞こえた。
「ふー、脱出成功っと」
「意外となんとかなるものですわね」
「かなり強引だったけどね」
 ラルスの言葉は無視し、シルヴィアは額に浮かんだ汗をぬぐった。
「ラルス。学園長はまだ起きないの?」
「息はしているから、死んではいないよ」
 背負った男をどさりと落とし、ラルスは一息ついた。
 リンダが学園長の様子を調べる。
「うん、眠っているだけね。いつ起きるとかは、わかんないけど」
「生きてれば上等。連れ帰れば、ミッションコンプリートってところだね」
「コンプリートはいいですけれど。その後、どうするんですの?」
 それは暗に聞いていた。彼を殺すのか、と。
 それに、ラルスは答える。
「やる必要はないかもしれない。今まで本体じゃなかったから封じることができなかったなら、今は、封じれるはずだ」
 封じることができれば、学園長の願いは達成できる。すなわち、死ぬということ。
「……でも、それって正しいんですの?」
 質問を口にするシルヴィアの視線は鋭い。対するラルスは、答えをこばむように下を向いた。
「それは、僕らが判断することじゃないね」
 答えたのは、ティノだった。
「学園長が死にたいと思う気持ちは、僕もわからなくもない。長く生きていると、そういう考えに取りつかれることだってある。まして、学園長は僕らよりもはるかに長く生きているんだ。その絶望、僕らにはどうしようもない」
「否定はしませんわ。けれど、わたくしは自殺の手伝いなんてしたくありませんわよ」
「じゃあ、学園長の体をここに置いていくのか?」
「それは……」
 シルヴィア胸元できゅっと手を握る。その弱々しい動作をかばうように、リナは前に出た。
「ちょっと、ティノ。そういう言い方ってないんじゃないの? シルヴィアだって色々と考えてるんだから!」
「そうだろうね。けど、それを僕らが考えても仕方ない。この体も、学園長の生き方も、僕らのものじゃない。どうするのかは、学園長の自由だ」
「けど! 目の前に死にそうな人がいて、見捨てられるわけないでしょ!?」
「見捨てるんじゃない。今の僕らにできることはない、それだけだよ」
 にらみ合うリナとティノを眺め、シルヴィアはため息をついた。
「あなたたちがケンカをしてどうするんですの? わかりましたわ。学園長に判断を任せますわよ」
 その言葉にリナは口を開きかけたが、結局、何も言わずに閉じた。代わりに、ティノはにこりと笑いかける。
「ん、ありがと」
「別に、ティノがお礼を言うことではありませんわよ」
 ぐっと拳を握っていたリナは、ふと顔を上げた。そして、きょろきょろと周囲を見渡す。
「どうしたんですの、リナ」
 その動作にいち早く気がついたシルヴィアが、声をかけた。リナは振り向かず、答える。
「うん。なんか、声が聞こえたような、気がして」
「声? まさか、他に誰かいるんですの?」
「それはないと思うけど? ここ、オレらでも来るのに一苦労だったんだし……」
 皆で周囲を見るが、誰かの影があるようには見えない。
「聞き間違いではありませんの?」
「うん、ならいいんだけど……」
 言いつつ、なおもリナは周囲に注意を向けた。
 木々はかさかさと揺れている。風はなく、じっとしているだけでも汗ばむほどに暑かった。こんなところに隠れる人もいるはずがない。
「やっぱり、気のせいじゃないかなぁ?」
「うん。人も化物も、いないようだね」
 仲間たちの言葉は、リナには届かない。集中し、自分の感覚を研ぎ澄まし。そして、事実について考える。
 ふと、リナの思考が繋がった。
「――、なんで、風がないのに木が揺れるの?」
 リナがその事実に気づいた瞬間。それらは、動き出した。
 地面の中から根が飛び出し、枝が人の腕のように振り回される。その動作には、明確な意志が感じ取れた。
「これは……!?」
「森が、襲ってくる!?」
「みんな! 緊急脱出するよ!」
 ティノは慌てて学園長のところに走り寄った。リナたちもティノのところに集まる。
 ティノは瞬間移動で、森の上空に逃げ去った。ラルスが一時的に全員を空中に浮遊させる。
「これ――!?」
 上から見ると、よくわかった。建物のある場所を中心に、ざわめきが森を走っていく。木々が、まるで生きた人のように、動き出していった。
 いや、確かに生きていた。生きて、動いている。
「森が、アタシたちをねらっているの!?」
「まさか! だって、そんな!?」
「事実は事実として受け止めるしかないね。ティノ、森の外まで連続テレポート、できるか?」
「可能とか不可能じゃなくて、やるしかないんだろ!」
 ほとんどやけくそな勢いで、ティノは全員を連れてテレポートを繰り返す。遠く、学園に向かって。
 下を走ることは考えられない。動く森の中を走るのは、ほとんど自殺行為だ。
「現世に向かったらどう!?」
「ティノだって現世に行くにはひとりじゃないと無理なの。これだけの人数じゃ、テレポートできる距離にも限界があるわよ」
 能力の使用に集中するティノの代わりに、リンダが答える。
 いかにティノがキングクラスと言っても、万能ではない。六人分の体を転移させるのは、彼にしたってかなりの負担になる。これだけのテレポートは、それだけでかなりの無理をしていた。この上、空間転移までは不可能だ。
 それでも、そのおかげで森の出口が見えてきた。遠くには花畑まで見える。
 ティノは歯を食いしばり、全員を森の外まで連れて行った。森が視界に入るギリギリまでテレポートしたところで、ティノは全員を下に降ろした。
 仲間たちがきちんと着陸したのを確認し、ティノはぶっ倒れた。荒い息を吐くティノに、リンダが寄り添う。
「リンダ、ティノ。悪いけど、ゆっくりもしていられないみたいよ」
 リナは視線を森に向けた。森は、ゆっくりと動いていた。リナたちのほうに向かって、ゆっくりと、だが、確実に。
「逃げるよ。リナ、ティノを背負ってあげて」
 ラルスがシャルルを背負い、リナはティノを背負う。シルヴィアはリンダと手をつなぎ、学園に向かって走り出した。

 学園に近づくにつれ、人の数が増えていく。それにつれて、ざわめきも大きくなっていった。全裸ぜんらの男を背負っているのだから、無理もない。
「ラルス様!?」
 声に振り向くと、女子生徒が三人ばかり、こちらに寄ってくるのが見えた。リナにも見覚えのある顔だ。
「あ! ラルスの親衛隊!」
「またあなた!? ラルス様を呼び捨てにしたあげく、ラルス様とご一緒するなんて――!」
 つかみかかりそうになるファンクラブの女子に、ラルスは声をかけた。
「ごめん、今はそれどころじゃないんだ。見逃してあげて」
「……ラルス様がそうおっしゃるのであれば」
 あくまでリナをにらむのは忘れず、けれどラルスの手前、生徒はリナにかみつくことだけはしなかった。
「それより、ちょっと大変なことになっているんだ。できるだけ多くの知り合いに伝えて。学園南部より敵が来た、戦う準備をって」
「て、敵? な、なんですか、それは?」
「時間がないんだ、早く!」
「は、はい!?」
 状況はよく飲み込めていないだろうに、それでも女子たちは走り去っていった。
「これでファンクラブ、つまり学園の女子の半分くらいには伝わるはずだよ」
「あんたのファン、そんなにいるの?」
 ラルスは背中のシャルルに目をやり、リンダに目線を変えた。
「リンダ、学園長とティノを病院に運ぶ。後は頼むね」
「あなたたちは?」
「さっきの森の化物の対応さ。オレらの能力ってのは、こういう時のために使うもんだからね」
 構わないね、という風に、ラルスはリナとシルヴィアを見た。ふたりとも、すぐさまうなずく。
「やっぱりあたしには、こういうのが向いてるわ」
「わたくしも、その点だけは同意しますわ」
 顔を見合わせてニカッと笑い、リナは言う。
「シルヴィア、あたしは病院にティノを連れてくから、そっちはみんなに状況を伝えてくれる? できる限り多くね」
「任せて下さいまし」
 それぞれの役割を確認したところで、リナたちは走った。立ち止まっているほどの暇は、ない。