ティノとシャルルは病院のベッドに寝かせ、リナたちは学園の主要施設から少しだけ南に外れたところに集まった。そこにはすでに、ラルスのファンクラブの女子や、シルヴィアが声をかけた生徒が集まっていた。 「シルヴィア、状況は?」 「集められる限界ですわね、これが。これ以上は任務だったり、戦闘能力のないタイプばかりですわ」 リナたちが話していると、 「これは何事だ」 後ろから声がかかった。 振り向いて、最初に目に入ったのは黒いスーツ。リナには一瞬、病院に置いてきたばかりの彼が、気がついたのかと思えた。 「学園長、ちょっとワケがありましてね」 「ラルスか。どういうことだ、これだけの生徒と教員を集めて。戦争でもするつもりか?」 「その通りですよ」 「何? どういう――」 シャルルのセリフは、最後まで言葉にはならなかった。 遠く。地鳴りのような音。走るその姿は、ハッキリとわかった。 巨木が、ブタのような生き物が、サルのような化物が、走っていた。まるで、森がまるごと、彼らの敵になったかのような光景だった。 「これは、どういうことだ!?」 あまりの光景に、さしもの学園長も、動揺の色を隠せていなかった。 「すみません、学園長。立ち入り禁止区域に入りました。その森の中心で、ちょっと面白いもんを発見しましてね。それを連れ帰ったら、ああなっちゃいました」 「何を、見つけたんだ?」 ラルスはちらりとシャルルを見て、また敵に視線を戻した。 「学園長です」 「……何? いつもの冗談というヤツか?」 「残念ですけど、違います。これ、そこで見つけたレポートです」 ラルスは内ポケットから建物の地下室で見つけた紙の束を取り出し、それをシャルルに手渡した。 シャルルは、それをむさぼるように読み進める。その間にも、化物の群れが迫ってきていた。 「なる、ほど。理にかなっている」 レポートを読むシャルルは、ぽつりとつぶやいた。 「そうなると、私はかなりの道化師だな」 「本体は病院に置いてきました。今はリンダが管理しているんで、後でチェックして下さい。 というわけで、学園長、オレらはあいつらの相手をしなきゃいけません。どうにかできるかどうかはわからないですけど」 「何を言ってんのよ、ラルス」 ラルスが隣にちらりと視線を送る。リナは、楽しそうな笑みを浮かべていた。 「あたし、異常能力者と戦うのって好きじゃないの。自分の力に振り回されて、人生を自分で壊そうとする人たち。そんなのを見るのは、辛かった。でも」 両手を合わせる。生まれた炎の矢を、引きしぼった。 「こうして、みんなで協力して戦うのって、嫌いじゃない。そりゃ、動物を殺すのがいいとか、そういうことは言わないけどさ。でも、今は、みんなが一体になれる。それが、とっても楽しい」 きりきりと引きしぼった矢は、限界まで伸びた。 「付与能力者も、封呪能力者も。今だけは、一緒に戦える。何も悩まずに。これだけ一緒になれるんだから、負けるなんて可能性、考えらんない!」 パッと手を開くと、炎の矢が木々に向かって飛び出した。それが、戦いの合図となった。 生徒が、教員が、それぞれの能力を展開させる。風が草木を切り飛ばし、氷が化物たちの動きを止めた。 「勝つの、絶対に! こんなところで、死ねないわよ!」 「その通りですわ」 リナの前、彼女をかばうように、ハンマーを手にしたシルヴィアが立つ。 「わたくしたちは、能力と戦いのエキスパート。こんなところで負けるわけにはいきませんわ。それに、こんなところで死んでいたら、メイに会わせる顔がありませんもの」 「そーゆーこと」 笑い、ふたりの少女は飛び出すように走り出した。 その光景に、少しばかり目を丸くしたラルスは、小さく笑った。 「面白いですよね、学園長。オレらだけだったら、とっくに逃げ出していたところですよ?」 「それが安全な策だ。あれだけの数、正面から戦うなど、バカのすることだ。まして彼女たちは、私のように不死身ではない」 「それはそうです。でも。オレらの能力って、そういうもんじゃないです」 ラルスはぎゅっと拳を握った。 「負けたくない、強くなりたい、そういう想いが、オレらの能力を強くする。とっくの昔に実証されていたことです。 だから、彼女たちは――」 満足そうにうなずき、ラルスもまた、駆け出した。 「最強です」 唖然としたシャルルは、小さく笑い、ラルスに向かって叫んだ。 「待て、ラルス!」 立ち止まり、振り返ったラルスに、シャルルは苦笑を浮かべて言った。 「どうせ最強なら、もっと効率的に使うべきだろう?」 巨木の振るう枝をかわし、その裏から飛び出したオオカミに炎の矢を撃ち込む。 「危ないですわよ」 振り下ろされた根は、シルヴィアのハンマーが打ち砕いた。 「サンキュ、シルヴィア」 「友達を助けるのに、いちいち礼はいりませんわ」 背中合わせに笑い、そうだね、とリナはつぶやいた。 「けっこー、みんな善戦してるね?」 「当然ですわ。わたくしたちは戦いのエキスパート。木々や動物みたいな戦いのシロートに、負けられませんわよ」 目の前の木に、リナの炎とシルヴィアの光が連続で撃ち込まれる。巨木はよろめき、重々しい音を立てて倒れた。 「とは言っても、キリがありませんわね。こいつらをコントロールしている、中心人物みたいなのはいませんの?」 「いたら楽なんだけど、いたとしてもどれがそうなのかはわかんないね」 後から後からやって来る巨木のせいで、学園前はさながら森のようだ。こんな視界の悪い場所では、どれがボスかなど、見ただけではわからない。 「リナ! シルヴィア!」 声と共に、ブタが吹っ飛んできた。ふたりがそれを軽くかわすと、遅れて吹っ飛ばした本人がやって来た。 「ラルス、敵を飛ばす方向は考えてよね」 「ごめん。それより、移動するよ」 「……? ボスでもわかったの?」 リナの問いに、ラルスは首を振りつつ答えた。 「いや。だけど、状況の打開策にはなるかもしれないってさ」 リナとシルヴィアは顔を見合わせ、うなずき合った。 「近道があるなら、通らない手はないね」 「そういうこと。じゃ、こっちに」 ラルスが指す方向には、当然のごとく道がない。リナたちは木々を、文字通り吹き飛ばしながら進んでいく。 道を作りながら進んでいくと、その先で、シャルルが待っていた。 「お待たせしました」 「いい。早く行くぞ」 シャルルを先頭に、リナたちはなおも走る。激戦の続く場所を抜けた後は、人の姿も敵の姿もなくなっていった。 「どこに行くのよ!?」 「無限能力研究所。私のために作った研究施設だ」 リナの問いに、シャルルは振り返りもせずに答えた。 「あの奇形動物。あれは、無限能力研究所での研究中に生まれた産物だ。まさか森が動くとは想定していなかったが、連中が暴れだした時というのは想定していた」 「研究中って、まさか学園長があれを?」 「その通りだ」 意味のわからないリナが眉をひそめる。代わりに、シルヴィアが説明した。 「つまり、あの動物もどきたちは、学園長が作ったということですわ。目的は、知りませんけれど」 「人工的に能力を発動させる実験だ。私は高いレベルの封呪能力者が欲しいだけで、それは人間でも動物でもいいのだからな」 「……つまり、動物の封呪で学園長の能力を封印できないか実験した、ということですわね」 「それって――」 リナはシャルルの横顔を見た。そこに、表情の変化はない。 「もちろん、動物を犠牲にする実験だ、倫理的に間違っていることは理解している。だが、私はそれよりも自分の目的を優先した。責めたければ、好きにしろ」 言われ、けれどリナは、首を横に振った。うなずけるわけもなかった。 「そりゃ、それは、悪いことだけど。でも、あたし、学園長が悪いって言えない。あたしが同じ状態になった時に、自分のことを優先しない自信がない。そんな、わらにもすがろうって思った、その心を否定できない」 初めて、学園長はリナを振り返った。あいかわらず、表情に変化はないけれど。 「君は甘いな。こういう場合、私を悪とすればいい。社会とはそういうものだ」 「誰かを悪って決めつけて、その中身も見ない社会なんて、あたしはいらないです」 「よく言った、リナ」 ヒュパっと、走る四人の横に、人影が現われた。 「ティノ!? 病院で寝ていたんじゃないの!?」 「この状況でのんびりしていられるようなタイプじゃないんだよ、ぼくは」 ティノの顔色は悪かった。かなりの無茶をしたのだ、リンダが回復したとしても、完全には戻るはずもない。 「急ぐんだろ? ぼくが送る」 「無茶を言わないでくださいまし。そんな顔色の人には任せられませんわ」 「今はリンダたちも出ている。でも、状況が悪い。長時間は持たないんだ。ごちゃごちゃ言っている時間なんてないよ」 ティノとリナたちの間を、火花が散った。 間に、ラルスが割って入る。 「まーまー、こんなところでにらみ合ったって、それこそ意味がないよ?」 「その通りだ。能力者がこの場にいるならば、活用すべきだろう」 リナは学園長をにらんだ。 「学園長! こんな状態のティノを――」 「私の能力は、あのレポートを見る限りではテレポートも含んでいる。私がティノの能力をサポートする、さっさと行くぞ」 答える余裕も与えず、シャルルはリナの手を取った。 ティノは小さく笑い、シャルルの手を握る。 五人の姿は、その場から消え去った。 |