学園の南東部。どこまでも草原が続くだけのその場所に、まったく似合わない建物があった。
 白い、四階建ての建物。無機質むきしつなただのビルは、草原のど真ん中にあって、違和感を覚える存在だった。
「ここが、無限能力研究所、ですの?」
「そうだ。入るぞ」
 テレポートを成功させた五人は、息切れしているティノと付き添いのシルヴィアを外に置き、中に入った。
 建物の中は、左右に扉が並んでいた。中は、よくわからない機器や、資料の山が置いてある。
「こっちだ」
 シャルルの案内で、リナとラルスは研究所の二階に上がった。
 扉が並ぶ中から、シャルルは迷わずひとつの扉を選んで中に入った。
 その中も、他の部屋と同じ、多くの書類と何かの機器が置かれている。
「これだ」
 学園長は奥の戸棚から、ガラスのびんを取り出した。それを、リナに手渡す。
「この薬品は連中が暴れた時に一気に制圧できるように開発したものだ。君にわかりやすく言うなら、この薬品で連中は暴れるのをやめる。『炎矢えんし』で打ち上げろ」
「はい。でも、あの木のほうは?」
「そちらは私が作ったものではない。レポートを読む限りでは、私の父が作ったものだろう。私の肉体を守るための存在だ」
「じゃあ、どうするんですか? やっぱり、力づくで?」
「そうは言っていない。親を超えるのは、子供の特権だからな」
 言って、シャルルは笑ってみせた。

 残ったリンダは、負傷した生徒の傷をふさぐ作業に専念していた。
「ケガした子はこっちに! 無理はしないで、ひとりでは戦わないで! みんなと協力しなさい!」
 時々、指示を飛ばす。離れた場所から見ているリンダには、戦いの状況も少しだけわかった。
 生徒や教員たちは、本当によく戦っていた。ろくな準備もしないままなのに、いきなり現われた化物を相手にして、彼らは一歩も引いていなかった。
 だが、それにも限界はある。特に、巨木は一撃では倒せない。炎を操る能力者ならば有利だが、それもほんの数人しかいなかった。
 リンダに、同じ医務官が問いかける。
「このままじゃ、やられちゃうわよ? リンダ、どうすればいいの?」
「アタシに聞かれても……。ティノがリナたちのサポートに行ったの。きっと、なんとかしてくれるわよ」
 答えるリンダも、不安の色は隠せていなかった。
「ティノ、早く――」
 いのるような思いで、リンダは作業を続けた。
 なおもしばらく戦いを続ける。と、誰かの声がした。
「あれ、誰?」
「リンダ、あれ、リナじゃない!?」
 リンダが顔を上げると、巨木たちの上、空中に浮かぶリナの姿が目に入った。
 リナは手に持っていた何かを放り投げると、さらにそれを炎の矢で射抜いた。
 砕け散った何かは、キラキラと森に降り注ぐ。それを終えると、リナは空中から適当に炎の矢を撃ちまくった。
「な、何、あれ?」
「連中が嫌うにおいの元だ。これで、少なくとも動物連中は、しばらくこの周辺に近寄らなくなる」
 ビクリと横を向くと、シャルルがポケットに手をつっこんで、リナの様子を見つめていた。その隣では、ラルスが手の平をリナに向け、シルヴィアはリナとラルスを心配そうに見つめていた。
「が、学園長? って、ことは?」
「ぼくもいる、よ」
 シャルルの後ろから、ティノが顔を出した。よろめき、ティノはリンダの隣に寝転んだ。
「いやー、さすがのぼくも疲れたね、今日は」
「ティノ、無茶とかしてない?」
「……病院から脱出した相手にそれを聞くの?」
 ティノは苦しそうに笑みを浮かべた。まだ、笑えた。
 だからこそ、リンダも胸をなでおろすことができた。そして、顔を上げる。
「学園長。動物たちが寄らなくなって、それで、植物のほうは?」
「そちらも対応してある。
 奴らは私の父が作った、能力を使う生物だ。私は動物で実験して失敗したが、どうやら父は植物を使って成功させたらしい。だが、いかに能力を使うと言っても限度はある。あれらの大半はただの受信機。本命の、能力を使っている相手はおそらく、一体しかいないだろう。量産できる代物じゃない」
 シャルルはポケットから、メモ帳サイズの機械を取り出した。
「あ、あの。つまり、ボスクラスの一匹を倒せば、あの木たちは止まるということですか?」
「正解だ。君は彼女と違って話が早くていい」
 シャルルは機械を木々の群れに向けた。
「その、機械は?」
「ボスがいて、他の木々に命令を下しているのなら、常に能力を発動させなければいけない。しかも、前線が見える……と言うよりは感じ取ると言うべきだな、そういう位置にいなければならない。これはその念波を検知する器具だ。言ってしまえば、生徒たちが使用している時計の、より高性能な道具だな」
 少しずつ機械を動かしていくと、ある位置で、ピーという高い音が出た。
「――そこか」
 シャルルはまっすぐ、一本の巨木を見つめた。
「シルヴィア、リナに伝えろ。彼女の真下の木だ」
「了解しましたわ」
「ラルス、君も行け。一気に決めろ」
「了解、です!」
 ふたりの生徒は走り出す。シャルルは器具をポケットにしまい、ふたりの後姿を見つめた。
「他人を信頼するなど、私らしくないな」
「……でも、それができるって、悪いことじゃないですよね?」
 シャルルはリンダをちらと見つめ、また正面に視線を戻した。
「ティノが君を気に入った理由も、わからないでもない」
「え? え?」
「学園長。リンダはあげませんよ」
「それは立ち上がれるようになってから言いたまえ。今のままでは格好かっこうがつかないぞ」
 ティノは横たわったまま、荒い息を吐きながら、苦笑を浮かべた。
「後は生徒にお任せ、ですか」
「元よりそのつもりだ。私は戦闘要員ではない」
 教員たちを残し、生徒たちは、ける。

 ラルスは軽く腕を動かし、リナを下に降ろした。
「ラルス! どうすればいいか、わかった!?」
「ああ。ちょうど、こいつを倒せば終わりらしいね」
「リナ、さっさと決めますわよ。あまり時間に余裕はありませんわ」
 リナたちの目の前には、巨木が彼女たちを見下ろすように立っていた。気のせいか、他の木々よりもさらに大きく見える。
「ただ倒せばいいなら、簡単ね!」
「言ってくれますわね。これだけの巨木、どうやって相手にするつもりですの?」
 苦笑いを浮かべるシルヴィアに、リナは強気な笑みで返した。
「シルヴィア、何を言ってるのよ。あたしの作戦なんて決まってるじゃない」
 両手を合わせ、少女は言った。
「戦う時は正々堂々! 正面から、全力で!」
「いいね、そういうの、嫌いじゃないよ」
「……まあ、わたくしも否定はしませんわ」
 シルヴィアは手にハンマーを握り、ラルスは足を軽く開いて構えた。
「じゃあ、行くわよ。木なんかに、あたしたちは負けない! 絶対に、ぶっ飛ばすんだから!」
 ドン、と炎が放たれる。五本の火の矢が巨木に降り注ぐ。それが、攻撃の合図となった。
 シルヴィアとラルスは同時に飛び出す。襲いかかる木の根を力でねじふせ、本体まで近づき。
「せいやッ!」
 ラルスの、回転を加えたりが、木の表面をけずり取る。続けざま、シルヴィアは飛んだ。
「遠慮はしませんわよ!」
 重い、爆発にも似た音を響かせ、シルヴィアのハンマーは巨木をたたいた。
「シルヴィア!」
 けれど、一撃はわずかばかり表面をへこませただけ。むしろそれが木の注意を引き、数本の枝がシルヴィアをねらう。攻撃直後のシルヴィアは動きが取れない。
「あっまいわよ!」
 矢のように進む枝葉は、炎の矢に蹴散けちらされた。その間に、シルヴィアは下がる。
「助かりましたわ、リナ」
「友達を助けるのに、いちいちお礼はいらないんでしょ?」
 くすりと笑う。その表情を、シルヴィアはすぐさま引きしめた。
「でも、やっぱり強引な戦法ではどうにもなりませんわね。表面だけを攻撃したって本体はビクともしませんわ」
 シルヴィアとて、戦いの初心者ではない。一度の攻防でわかる。相手と自分のレベルの差、勝つ可能性はどれだけあるのか。
 それを知っていて、しかしリナは笑う。
「それは違うよ、シルヴィア。これだけの相手だもん、小手先こてさきの技なんて通用しない。こんな相手だからこそ、力で攻撃するしかないのよ」
「リナ、正解」
 根をひとつ砕き、ラルスはリナに並んだ。
「ついでに言うと、あいつは表面をサイコキネシスで覆っているね。つまり、バリアを張っているってこと」
「それでシルヴィアのハンマーでも砕けないのね」
「そう。でも、あいつをぶっ飛ばすほどの力なんて、今のオレらにはないよ? せめてあの木の中で炎を炸裂さくれつさせるくらいでないと」
「……じゃあ、なんとかしてあの木に穴でも作ればいいのね」
 ザッと、シルヴィアは前に出た。
「簡単に言ってくれますわね。それをやるの、どうせわたくしとラルス様なんでしょう?」
「うーん、全力で人任せだね」
 同じように、ラルスも前に出た。
「ごめん、ふたりとも。背中、任せるよ」
 先に、リナは走り出す。シルヴィアとラルスが相手に弱点を作る間、その邪魔はさせないために。
「それまでは、あたしが守るから!」