両手を合わせ、炎を生み出し、次々に襲いかかる枝や根を撃ち落としていく。ちょこまかと戦うリナを尻目に、ラルスは問いかけた。
「ねえ、シルヴィア。そのハンマー、形を変えられないかな?」
「――もっと鋭い形に、ということですの? そんなの、やったことがありませんわ」
「オレらの能力は、基本的にはイメージの問題なんだ。より簡単にイメージするためにキーワードや発動条件がある。だから、鋭い形を強くイメージできるなら、その形にできるはずなんだ」
 ハンマーで襲ってきた根をつぶし、シルヴィアは自分の武器を見つめた。
「まあ、やってみますわ」
 ハンマーを正面に構え、目をつむる。頭の中で思い描くのは、鋭いやりの姿。より強く、よりしっかりと、より確実に。
 そして、目を開く。
 彼女が握っていたハンマーは、鋭い刃先を持つ、やりに変わっていた。
「けっこー、簡単にイメージできるものですわね? さしずめ、『光撃』のスピアーってところですわね」
「言っておいてアレなんだけど、できるとは思わなかったよ」
「言ってくれますわね。じゃあ、わたくしを『打骨だこつ』で打ち出してくださいまし。一気に突撃しますわよ!」
「りょーかい」
 ラルスは手先をシルヴィアに向けた。少女の体をしっかりと持ち上げ、ラルスは巨木をにらんだ。
「覚悟は」
「当然」
「じゃあ、任せたよ!」
 スピアーを構えたシルヴィアを、ラルスが打ち出す。爆発的な速度で、シルヴィアはまっすぐに巨木に向かって飛んでいった。
 シルヴィアを払い落とそうとする枝や根は、リナが撃ち落とす。正面からねらう枝葉は、スピアーに弾き飛ばされた。
 弾丸のような速度で、シルヴィアは巨木に突っ込む。
 ガアン、という激しい衝撃音。能力と能力のぶつかり合いが空間をきしませ、悲鳴をあげさせる。空気はびりびりと震え、何かの破片が散った。
 光が弾ける中、少女の体は大きく吹き飛ばされた。そんな状況でも、金髪の少女はえた。
「リナッ! 最後は、任せますわよ!」
「おっけー、シルヴィア。ラスト、決めるよ!」
 いつの間に詰めたのか、リナは巨木の目の前にいた。木には、シルヴィアの突撃によって、小さな穴が開いていた。握ったこぶしほどの、その大きさから比べたらあまりに小さな穴。
「あたしは、力は弱いけど……」
 リナは穴をねらう。チャンスは何度でもあるかもしれない、けれど、次なんてことは考えない。
「コントロールだけなら!」
 一撃に、全てを込める。想いを、力に換えて。
「負けないんだから!」
 五つの炎が、解き放たれた。
 炎は根も枝葉もかわし、吸い込まれるように、巨木に作られた唯一の弱点に向かっていく。
 炎が、ただ一点に、撃ち込まれた。
 閉じられた空間で威力を発揮した矢は、持ちうる力の全てを、巨木の中で放つ。
 爆発、炎上。巨木は一瞬にして、炎に包まれた。
 バサバサと木が揺れた。まるで、悲鳴でもあげているかのように。
 同時、周囲の木々もざわめき始めた。ダメージを受け、主のコントロールが乱れたからかもしれない。
 火は木と木の間を飛び移っていく。小さな種火は、どんどんと加速的に巨大な炎となっていく。
「リナ、ここにいると危ないですわ。逃げますわよ!」
「了、解!」
 木々から逃げるように少女たちは走り出す。根を砕き、火を払いながら、ひたすらに前へ。ざわつく森を抜け、光の下へ。
 走り抜けたその先には、人と光とが待っていた。
「リナ!」
 森の中から飛び出した途端、リンダが三人を迎えた。リナたちも小走りに寄る。
 森から少し離れたところで、生徒や教員たちは、燃える森を見つめていた。リナも振り向けば、そこには赤々と燃える、巨木たちの姿があった。
「これで決まった、かな?」
「だろうな」
 人の波から外れ、現われたのは学園長。
 シャルルはリナを、そして森を見た。
「今までは炎も消されていたが、指示を下す本体が燃えては、消せとの指示も出せまい。せいぜい、乱れて走りまわるだけだ。ラルス」
 シャルルはラルスに視線を移し、
「火を消すように指示を。能力の本体が倒れた以上、無意味に火事を起こす必要もあるまい」
「わかりました、行ってきます」
 軽く頭を下げ、ラルスはその場を去った。
 リナは、巨大な炎を見つめた。
「……メイ。これで、よかったんだよね」
 炎に、リナの顔が赤く照らされる。
 ゆらゆらと燃える炎は、木々の魂すらも燃やし尽くすかのように、巨大化していく。

 白い病室。窓から遠く、緑の柱が見えた。燃え残り、能力も失った、ただの巨木たちの姿だった。
 病室には、今回の騒動、その一連の真実を知る全員が集まっていた。
 リナとシルヴィアは、ベッドから少しだけ離れたところで、見守っていた。一方、リンダとラルスは、枕元で横たわる人物の顔を見つめていた。
 シャルルはリナの隣で、目をつむっていた。
 そして、ベッドの上にはティノと、もうひとり。
「始めます」
 ラルスはベッドに横たわるシャルルの額に手をかざした。
 リナは、ちらりとシャルルを見上げた。いつも同じ無表情だが、どこかそれは、少しだけ緊張しているようにも見えた。
 ラルスもまた、同じように緊張した面持ちで、言葉を放つ。
封呪ふうじゅ
 光が、横たわったシャルルの体を包む。瞬間、リナの隣に立つ男の姿が揺らぎ、消え去った。
「完了、しました」
「学園長。気分はどうですか?」
 リンダが聞くと、ベッドの上で目をつむっていたシャルルは、当たり前のように口を開いた。
「悪くない。いや、何も変わらないと言うべきか」
 ゆっくりと、シャルルは目を開く。体を起こし、その動きを確認するように、手を握った。
「ふむ。予想した通りとは言っても、これだけ何も変わらないと、それはそれでおかしな気分になりそうだな」
 まあいい、とつぶやき、学園長はベッドの周囲に立つ皆の顔を順番に見つめた。
「言うまでもないが、今回の件は誰にも話さぬように。この学園はティノ、君に任せよう。私の正体を知る者は学園の中でも付与能力者と君たちだけだ。問題は起きまい」
「……学園長、すごいことをさらりと言わないでくれませんか?」
 ティノはベッドの上から学園長を、うらみがましい目つきで見た。けれど、それも学園長には届かない。
「学園長」
 リナは一歩、前に出た。シャルルは、まっすぐにリナを見つめ返す。
「私はもう学園長と呼ばれるに値しない。シャルルと呼んでくれないか」
「じゃあ、シャルル。本当に、現世に戻るつもりなの?」
 シャルルはくすりと笑った。バカにした笑みではない、あきれたような笑いだった。
「これでも自殺はしないと約束したのだから、十分だろう? 私はもう、生きていたいとは思わないんだよ」
「だって、勝手すぎるもの。学園を作って、色々とやって、自分の目的が達成されたらすぐにどっか行っちゃうなんて、さ」
「その通り、私は勝手な人間だ。いや、元来、人間とはそういうものだ」
 シャルルは窓の外に目を向けた。そこからは、彼が作った学園の施設も見える。彼の作り出した、彼の夢を実現させるための施設が。
「付与能力は人間の持つマイナス面を強く、わかりやすく力にするだけのものだ。怒り、憎しみ、ねたみ。現実に対する無力感、自分の力ではどうにもならないというもどかしさ。
 もちろん、努力をすれば解決する悩みも多い。だが、努力をしたところで解決しない悩みもまた、多い。付与能力は本来、そういった人間を救うためのものだったと思うのだよ」
 視線をリナに戻し、シャルルは言った。
「その点で、メイリンは本来の付与能力者に最も近かった。彼女は常に自分の力だけでは解決しがたい者だけを選んで能力を与えていたからな」
「でも、それは――」
「そう、ありえないことだ。だが、不条理だとは思わないか? 君たちは多少なりとも力がある。努力をすれば、どんな問題も解決できるかもしれない。だが、世界中の全ての人が、君たちのように強いわけではないのだよ」
 私も似たようなものだ。シャルルは、自嘲気味じちょうぎみに言った。
「私は長く生き続けた。生き過ぎた。それほどの重みに耐えられるほど、私は強くなかった。ただ、それだけなんだよ」
 リナは、シャルルの言葉を否定できなかった。常に不条理と正面から向き合ってきたからこそ。そんな力では解決できないと信じていても、やはりそれを、何もかも否定することはできない。
「私はもう未来などに興味はない。だが、君たちは違うだろう? なら、今は生きたまえ。私の言葉を実感する日が、君らにも来るだろうから」
 語りつくしたシャルルは、疲れきったようにため息をついた。その姿は、ほんの数日前まで学園の頂点に君臨していた男とは思えない、小さなものだった。
「……それでも」
 ぐっと奥歯を食いしばり、目に涙すら浮かべ、リナは言った。
「それでもあたしは、誰かを捨ててまで目的を達成しないって、あたしはそんな人間には絶対にならないって、信じています」
 シャルルは前髪を軽くかき上げ、返した。
「だから君は、強いと言うのだよ」
 誰も、反論はしなかった。