ウィルの体を覆う光が強さを増していく。それにつれて、まったく動かなかった体が、徐々に動き出していた。 「行く、ぞぉ……ビアード! でりゃあ!」 力任せだった。強引に、張りつく小熊たちを吹き飛ばす。再び押さえようとする連中は斧で弾き、ウィルは駆けた。 「ほう、脱したか! だが、現状は改善していないと知れ!」 ビアードは再び毛を飛ばす。その通り、ビアードが毛を放ち続けることができる以上、数で負けている事実に変化はない。 対するウィルは、今度は弾かなかった。 しっかりと武器を握りしめ、体位を低くして一気に踏み込む。最小限の動きで毛をかわし、どうしても直撃しそうな毛だけを、手で弾いていった。手に浅い傷が刻まれていくが、彼はそれを気にも留めない。 「でいっ!」 思い切り飛び跳ね、斧をぶんぶんと回す。ビアード自身は下がりつつ、小熊たちがウィルに向かっていった。 構わず、ウィルは突撃する。圧倒的な重量を誇る斧が、小さな熊たちを弾き、吹き飛ばしていった。 「逃がさない、ぞぉ!」 遠慮のない、最大級の一撃が地面を叩く。先刻の一撃とは比べ物にならない威力が、地面を削り、舞い上がった砂が視界を遮った。 「くっ、目くらましか!」 「遅いぞ、ビアード!」 小柄なウィルの姿を探すビアード。その背中に、彼の声が届いた。 慌てて振り向こうとも、もう時すでに遅し。 ウィルは振り上げた斧を、思い切り振り抜く。刃は向けず、さながら鉄の扇で叩き潰すように。 殴られたビアードは転がるように弾かれ、川の中に落ちて意識を失った。同時、小熊たちもただの毛に戻った。 「これ、が、オイラの力だ!」 荒い息を吐きながら、ウィルは斧を担いだ。 「む、う?」 「あ、気がついた」 ビアードは目を開き、体を起こした。 きょろきょろと見渡す。よくよく見ると、自分は川原に倒れていたということに気がついた。 「おう、ビアード。目ぇ覚めたんだな!」 と、その前に晴れやかな笑みを浮かべたウィルが立った。 「――そうか。私は、負けたんだったな」 力なく肩を落とすビアードに、ウィルは言った。 「それなんだけどさ。オイラたち、別にあんたに苦しんで欲しいわけじゃないんだ」 「何?」 首を傾げるビアードに、ウィルは続ける。 「だからさ、オイラたちは薬草が欲しいだけで、別にあんたに死んで欲しいわけじゃないっての。なあ、あんた、あの薬草に詳しいんだろ? どうにかする方法って知らないのか?」 「どうにか、とは?」 「薬草を増やす方法とか、そんなのだよ。あんた、いつも食べてるんだろ? 何か知らないんか?」 「そんなもの、それこそ人間の方が詳しいだろう」 ビアードはローズに視線を送った。けれどローズは、首を横に振った。 「アケイロトビクサは栽培が難しくて、すぐに枯れちゃうんです。常に綺麗な水を与えても、それだけじゃ育たない。自然な環境でないと育たないみたいなんです」 「で、その自然な環境ってのを作る方法は知らないかって聞いてるの」 ふむ、と考えるように、ビアードは目を閉じた。 「だが、私もどうしてあの草があそこに生えるのかは、知らぬのだがな」 「あの。とにかく、その場所に案内してもらえませんか?」 「……まあ、いいだろう。お前たちは勝者だ。付いて来い」 ビアードはのっそりと起き上がると、のしのしと歩き出した。ウィルとローズは顔を見合わせ、その後に続く。 ビアードは、ふたりを川の上流に導いた。 「わあ……」 そこは、小さな花畑。アケイロトビクサの赤い花びらが風に舞っている。花畑の中心は、小さな泉があった。綺麗な水がこんこんと湧き出る、本当に小さな泉だった。 「昔はもっと群生していたのだがな。今ではここだけとなってしまった」 「すごいです。こんなにアケイロトビクサが咲いているところ、初めて見ました」 「そうか?」 ビアードは赤色の花が咲き乱れる中、泉に向かって歩いていく。 「ん……?」 ふと、ウィルの足が止まった。 「どうしたの、ウィル君?」 習うように、ローズとビアードも足を止める。ウィルはそんなふたりを気にせず、鼻をくんくんと動かした。 「これ、酒のにおい?」 「お酒?」 ローズも匂いを探す。けれど、ローズは感じ取れなかった。 「酒とは、何だ?」 ビアードは顔を巡らせ、たずねた。 「ううん、と、ぶどうとか麦とかを発酵させて作る飲み物、ですね。飲むと気分が良くなるって好きな人も多いんだけど、あたしはあまり飲まないです」 「ふうむ?」 幻獣の概念に酒はなかったらしく、いまいち理解できないようだった。 ウィルはひとり、泉に近寄る。地下からこんこんと湧き出る水は、とても綺麗だ。 ウィルはしゃがみ込むと、その水に指をつけた。そして、舌先で舐めてみる。 「……この水だ。ほんの少しだけど、酒みたいのが混じってる」 「どれ?」 ローズとビアードも、ウィルを真似て水を舐めてみた。 「これが酒の味、なのか?」 「うーん、と? あたしには、わからないです」 ローズはウィルに向かって聞く。 「ねえ、ウィル君。本当にお酒の味がするの?」 「おう! オイラ、ニオイとかには敏感だからな!」 ウィルは胸を張る。その姿を見ていたローズは、ふっと思いついた。 「そう、か。もしかしたら、それでうまくいくかも?」 「何の話だ?」 「つまり、花にあげる水にお酒を加えれば、アケイロトビクサを育てられるかもしれないってことです」 「可能なのか?」 「あたしにはわからなかったですけど、ウィル君、すごく遠くからアケイロトビクサのニオイを嗅ぎつけたし……、もしかしたら、今まで成功しなかったのも、それが原因なのかもしれません」 トントンと話を進めるふたりを見つめ、ウィルは首を傾げた。 「何かよくわからないけど、つまり解決したってことか?」 「そういうこと。ウィル君のおかげよ」 「認めがたいが、人間に助けられたようだな」 ウィルに笑いかけるローズ。不満げながらも頷くビアード。 「そうなのか。なんかよくわからないけど、よかったな!」 そしてウィルは、そんなふたりの様子に、満足げに笑った。 ビアードに送られ、ウィルとローズは森の外に出た。ビアードの教えてくれた近道は、彼らが通った道よりも近いくらいだ。 森を抜けて、少し歩くと分かれ道に出た。 「オイラ、こっちに行くんだ」 「じゃあ、あたしとは反対方向だから、ここでお別れね」 ウィルとローズは正面から向かい合う。 「ウィル君、本当にありがとうね。色々と助かった」 「元々、助けてもらったのはオイラだ。だから、別にいいんだよ」 くすっと笑い、ローズは続けた。 「ウィル君は、これからどうするの?」 「オイラ? オイラは今まで通り、人探しをするよ」 「そういえば、そんなことを言ってたね。どんな人なの? 顔の特徴とか、名前とか」 「顔も名前も、知らないんだ」 ローズは、ぽかん、とした表情を浮かべた。 「それじゃあ、どうやって探すの?」 「オイラ、ルーンが使えない人を探しているんだ」 「ルーンが使えない、ルーンナイト?」 うん、と頷き、ウィルは聞いた。 「ローズ姉ちゃんの知り合いにはいないか?」 「んー。ごめん、あたしの知り合いにはいないんだ」 「そっかー……」 残念そうに肩を落とすウィル。その頭を、ローズはそっとなでた。 「早く見つかるといいね」 「おう! 絶対に見つけてみせる」 陽のように明るい笑みを浮かべ、ウィルはローズに背中を向けた。 「それじゃーな、ローズ姉ちゃん!」 「うん、さようなら、ウィル君。また近くに来たらウチに寄ってよ。今度は、アケイロトビクサの薬をあげるよ」 「おう!」 手を振り、ウィルは駆け出した。その姿が見えなくなるまで見つめたローズは、ウィルとは違う道を、踏み出した。 |