行き交う人の多い神聖都市も、一歩でも路地裏に入ってしまえば、途端に人影はなくなる。暗く、陰湿な空間が広がっていた。
 そこに、少年を挟むようにして、男たちが立っている。
 少年は、背中に身長と同じくらいの、巨大な斧を背負っていた。全身は傷だらけ。けれど、それらは真新しい傷ではなく、古い傷跡が多いように見受けられた。
「おい、クソガキ。テメエ、俺様を見て、なんて言いやがった?」
 男が精一杯に凄みながら、少年に問う。対する少年は、特に何も考えているようには見えない顔で、答える。
「歩くのに邪魔だからどいてくれって言った」
「邪魔ぁ!? この俺様に向かって、邪魔だとぉ!?」
 少年は首を傾げ、
「この俺様って、どの俺様だ?」
「……ガキ。俺様を馬鹿にしてやがるのか?」
「なんかよくわからないけど、そうかもしれない」
 少年が答えると、男の顔が赤くなっていった。
「テメエ、今の状況がどういう状況か、理解して言ってるんだろうな?」
「あー? ええと、ここはしんせー都市ってところだろ?」
 少年の回答は、とうとう男の血管にトドメの一撃を与えた。
「上等だコラァ! 俺様を馬鹿にするとはいい度胸だ、思い知らせてやるぜ!」
 男は腰の剣を抜く。そして、仲間であろう男たちを見渡して、言った。
「テメエらは手を出すなよ。このクソガキは俺様がやるぜ」
「さすが兄貴、カッコいいとこを見せてくださいよ!」
 男たちが気分を高揚させる中、少年だけはひとりで首を傾げ、
「よくわかんないけど、勝負ってことか?」
「勝負? 違うぜ、ガキ。一方的な攻撃だよ、こいつは」
 言って、男はニヤリと笑った。
「俺様はブレンガスト・ティルケミシアだ。俺様は優しいから、殺しはしねぇ。半殺しで許してやるぜ?」
 切っ先を向けられた少年は、笑顔を浮かべた。五人もの男たちに囲まれ、今も剣を向けられているというのに、笑っていた。
「そうか、それなら最初からそう言ってくれればいいんだ。そうすればわかりやすいのにさ」
 少年は背中の斧を引き抜き、言った。
「オイラはウィル。ウィル・ヴァイスティアだ!」
 少年が名乗ると同時、男の剣が動く。その切っ先はまっすぐに腕に向かい、
「遅い!」
 斧に弾かれた。
「なッ――?」
 ブレンの顔に驚きが浮かぶ。それは、ありえない光景だった。
 構えてもいない斧が、ただ突き出しただけの剣よりも早いなんて。
 そんなものは、常識から外れていた。
「っテメエ!」
 ブレンはますます激昂し、両手で剣を握って振り下ろす。ウィルは、斧をしっかりと握り、
「おっさん、弱いな」
 思い切り振り抜く。
 キン、と小気味いい音を立てて、剣が弾ける。握りをブレンの手中に残したまま、切っ先はくるくると回転し、建物の壁に突き刺さった。
 一瞬、男たちの動きが止まった。誰もが、何が起きたのかを理解できていなかった。
 それを最初に理解したのは、対峙していたブレンだった。手の中の柄を見つめ、壁に刺さる刀身を見つめ、そして、いきなり我に返ったように大声で叫んだ。
「テメエ! ざっけんなよ!」
 すでに剣ですらなくなった剣を投げ捨て、ブレンは命令を下す。
「おい! こいつをぶっ殺せ!」
「了解っす!」
 叫びながら、ひとりの男が剣を抜く。それを皮切りに、残る男たちも、それぞれ武器を引き抜いた。
「行くぜ!」
 それぞれがウィルに向かって斬りかかる。ウィルは刹那の瞬間にそれらの動きを見つめ、そして、ぐっと足を曲げた。
「おっさんたちさ、」
 男たちの視界から、ウィルが消えた。
「――!?」
「遅すぎるよ」
 男たちが見失っている間に、ウィルは思い切り跳ねていた。
 体ごと回るようにして、ウィルは斧を叩きつける。
 その、風すらも巻き込んだ圧倒的な一撃が、立ちはだかっていた男たちをふたりばかり吹き飛ばした。それぞれが壁や床に頭を打ちつけ、ぴくりとも動かなくなる。
 目の前の光景にまたしても動きを止めた男たちに、ウィルのさらなる追撃。
「やッ!」
 ぶん回すという表現が最も似合う回転の加わった一撃は、ブレンの刃同様、残る男たちの剣も叩き割ってしまった。
 剣を折られた男たちがへたりこむ中、ウィルだけは得意げな表情で鼻をこする。
「へへー。どうだ? オイラ、強いだろ?」
 それは、傲慢でも嫌味でもなかった。まるで子供が親に拾ってきた石ころを見せる時のような、自慢げで満足のいった顔。それが、言葉にもにじみ出ただけだった。
 けれど、男たちはそんなウィルに反応できない。目の前の光景が信じられなくて、ある種、冗談のような空気に飲み込まれていた。
 ウィルは男たちが何の反応も示さないことに不満げな表情を浮かべ、次に、首を傾げた。
「んー? どうした、もしかしてケガしたか?」
 ゆっくりと、ウィルは近づく。ブレンはその光景を見つめ、
「う、わああああああああああ!?」
 いきなり背中を向けて逃げ出した。
「あ、兄貴!」
 その後を、子分たちが慌てて追う。残されたウィルは頭の後ろで手を組んだ。
「なんだったんだ、結局?」
 チンピラという存在を知らないウィルは、素直に疑問を頭に浮かべ、そして。
「ま、いっか」
 あっさりと疑問を投げ捨てると、大通りの方に歩いていく。
 その背中に、
「待てよ」
 女の声がかかった。
 ウィルが振り向く。そこには、見知らぬ女が立っていた。
「誰だ、あんた?」
 さすがにたった今、戦いを吹っかけられたばかりのウィルは、わずかに警戒の色をにじませながら聞いた。
 その質問に、女は笑って答えた。
「なに、敵じゃないさ。むしろ、あんたに仲間になって欲しいくらいだね」

 少しだけ間を置いて、グレイスとサイモンが裏通りに入ろうとした、その時。
「うわッ!?」
 裏通りからチンピラたちが飛び出す。グレイスたちが軽くかわして道を開くと、男たちはそのまま表通りへと逃げ去ってしまった。
「な、何だぁ?」
 目を点にするグレイスに、サイモンも首を傾げながら答える。
「はて。今、子供を連れていたようには見えなかったが」
 顔を見合わせ、ふたりはとりあえず、裏通りを覗き込んだ。
 ここの雰囲気は、どこの町も大差がない。汚くて異臭が染みついた通りは、表を歩けない人間や、金のない人間が自然と集まるようになっている。
 そこに、さっきの男の子の姿もあった。こちらに背中を向けている。手に巨大な斧を持ち、誰かと正面から対峙していた。
 当然、男の子と対峙している女の姿は、グレイスたちにはすぐに見えた。
「あ!」
 叫んでから口を塞いでも、もう遅い。女と男の子、ふたりの視線がグレイスたちに集まった。
 グレイスは仕方なく、後頭部をかきながら姿を見せた。
「どーしてお前がここにいるんだよ、ミスティア」
「それは、こっちの台詞だな」
 口の端をヒクヒクと動かしながら、女盗賊は答えた。
「くそッ、なんでこんなに広い町で、こんなにすぐに顔を合わせるんだよ!」
「そりゃこっちが聞きたいぜ」
 どちらも剣を抜きながら、会話を交わす。
 そんなふたりの顔を等分に見比べ、ウィルは目をぱちぱちとさせた。
「えっと、オイラはどっちの味方をすればいいんだ?」
「そいつは盗賊だぜ。つまり、悪党だ。そんなヤツの味方なんてするもんじゃねーよ」
 グレイスはウィルの質問に律儀に答えた。
「おいおい、そいつは失礼だろ? アタイらだって好きで盗賊家業なんてやってるんじゃないよ。このご時勢、こんな商売でもしなきゃ生きていけないのさ」
「それは嘘だろう。旅人だって食べるものに困る人間はそうそういない。貧しくても生きていくだけなら、いくらでも方法はあるはずだ。だろう?」
 サイモンの問いかけに、ミスティアは鼻を鳴らした。
「ハン! そりゃ苦労知らずのお坊ちゃまが言う台詞だね。特にこの神聖都市じゃ、金のないヤツは死ぬしかないのさ」
 ウィルは困ったように全員の顔を見つめ、うーんと頭をひねる。
「えーと。迷った時はオイラの勘に従えって爺ちゃんが言ってた」
 ミスティア、サイモン、そしてグレイス。再び三人の顔をじっくりと見つめ、ぽん、と手を打った。
「よし、決めた!」
 斧を肩に担ぎ、ウィルは足を曲げた。
「あんたを信じる!」
 ウィルの素早い斧の一撃。それが、振り下ろされる。
「――ッ!」
 立っていた場所から後方に跳んだ直後、その場に爆発のような攻撃が突き刺さった。
「ったく、残念だねぇ」
 両手にナイフを構え、ミスティアは嘆くように呟いた。