裏通りには、緊張が満ちていた。表通りは何も知らない人々が楽しげに歩いているというのに、通りをひとつ、へだてただけの場所、そこには戦い特有の冷たさが停滞している。一瞬の判断ミスが死に直結する、気を抜くことのできない世界が。 四人の放つ殺気は、本物だった。誰もが常に戦いと共に生きてきた、それを肌で感じさせる気配が漂っている。 「アタイの何が悪いってんだい」 対峙する四人のひとり、ミスティアは、自分よりもずっと幼いウィルをにらみ、言った。 「って、盗賊やってて悪いって思ってないのかよ!?」 「うっさいね、おんなじことを何回も言わせないでくんないかい?」 グレイスをにらむことも、しっかりと忘れていない。 ウィルはそんな盗賊をじっと見つめ返し、答えた。 「なんとなく、あっちの姉ちゃんの方が信用できる気がした。そんだけ」 「へえ。勘も悪くないね、ますます欲しいところだけど、気に入らないんじゃー仕方ない」 「お前、まさかこんな子供を仲間に引き入れるつもりなのか!?」 ぐっと、サイモンの槍を握る手に力が加わる。 対するミスティアは平然と、 「おかしなことを言う連中だね。子供には子供なりの役割ってもんがあるのさ。子供にしかできないこと、って言った方がいいかい? とにかく、関係のないあんたらに、とやかく言われる筋合いはないね」 「そうだな、僕らは別に、この子の保護者というわけでもない」 だが。はっきりと、強調した。 「何も知らない幼い子供を悪の道から守るのは、大人の務めだ」 「うるっさいタイプだね。そういうの、嫌いだよ。アタイの知り合いに似ているから、ますますムカつく」 顔の前で、刃がきらりと、怪しげな輝きを見せた。 「どうせ、素直にアタイを逃がしちゃくれないんだろ?」 「決まってるだろーが」 「なら、仕方ない。アタイは、アタイの力で自分を守らないとね!」 カチン。ミスティアが両手のナイフを重ねると、それぞれのルーンが輝く。 生まれ出でるのは、真っ白な煙。ぶわりと吹き上がった白煙が、通りの全てを包み込む。 「こんなんじゃ、目くらましにもなんないぞ!」 視界を遮る煙の中で、ウィルは斧を振り上げ、無造作に振り下ろした。 巨大な斧は風を巻き起こし、白煙を切り裂く。 「そっちか!」 くん、とニオイを嗅ぎ取り、ウィルは続けて斧を振るった。その先には、ミスティアの影。 「ちッ!?」 ナイフを振るうと、赤々と燃え盛る炎が生まれた。それが、斧の一撃を防ぐ。 「っとぉ、相手はひとりじゃねーぜ!」 煙を切り裂き、グレイスが飛び出す。その剣とミスティアのナイフがぶつかり、火花が散った。 「突風!」 反撃に、ミスティアは叫ぶ。風が吹き荒れ、自身とグレイスの体、その双方を吹き飛ばした。 「おっと!」 飛んだグレイスの体はサイモンがキャッチ。その間隙を埋めるようにウィルが動く。 「即席の連携なんかじゃ、アタイは落とせないぜ!」 右のナイフからは炎が、左のナイフからは突風が生まれ、ウィルに間合いを詰めさせない。ウィルは舌打ちひとつ、距離を置いた。 グレイスたちとミスティア。四人が対峙する中、サイモンは口を開く。 「複数のルーンを使うとは、かなり珍しい能力者だな」 「まあ、ね」 「……そうなのか?」 当然、とばかりに会話するふたりの間に、ウィルが割り込んだ。グレイスも、初耳とばかりに目を丸く見開いている。 サイモンは呆れたようにため息をつき、答えた。 「君たちの親は何も教えていないのか? 普通、ひとりの人間が扱えるルーンはひとつだけだ。炎使いなら炎のルーン、水使いなら水のルーン。どれかしか扱えず、その種類を自分で選ぶことは、まず不可能だ。だが、彼女は――」 槍でミスティアを指し、 「少なくても炎、水、風の三つのルーンを使いこなしている。エレメントナイトであることには違いないが、それでもたいした才能だよ。ただの盗賊にしておくには惜しいくらいに、ね」 ふん、と鼻を鳴らすミスティア。その顔には、不満の色が満ちていた。 「ま、間違いじゃないね。アタイは四種類のルーンを使いこなせる。生まれつきの体質っつーか、才能みたいなもんだよ」 エレメントナイトが扱うルーンには、炎、水、風、地の四種類がある。つまりミスティアは、それらのルーンを全て使いこなせる、ということだ。 ひゅん、とナイフを回転させ、ミスティアは続けた。 「けーれーど。そっちは大きなお世話だね。アタイにはアタイなりの事情ってもんがあるのさぁ」 「そうか。では、その事情とやらは、詰め所で聞こうか」 男の声。サイモンでもウィルでもない男の声が、どこからか響いた。 瞬間、全員がピクリと反応し、素早く目だけを巡らせる。 「こっちだ、こっち」 「上だ!」 誰が叫んだのか。見上げれば、空から舞い降りる影があった。 影は裏通りの汚い石畳を踏みしめ、羽のように軽々と着地した。 「ミスティア・バンディオ。窃盗、傷害、および強盗、その他もろもろ。複数の容疑で拘束させてもらうよ」 舞い降りた影。それは、片目を覆い隠した金髪の男。純白の鎧、その胸には、この都市を象徴する盾の紋章が刻まれていた。 「ッ!」 その顔を見た途端、ミスティアはなりふりを構わず、背中を向けて走り出した。 「ミスティア。僕がそんなことを許すと思っているのかな?」 男はパチンと指を鳴らす。いつの間にか。通りの前後は、白い鎧の集団に挟まれていた。 「神聖騎士団、か」 槍を収めながら、サイモンは呟いた。 それは、神聖都市の象徴である、優秀な騎士たちの名前だった。 「へえ、こいつらが……」 ついこの間も同じ鎧を見たばかりなのだが、まるで初めて見たかのように呟き、グレイスも剣を戻した。 はあ、とため息をつくと、ミスティアは両手のナイフを捨て、さらに全身から何本かのナイフを捨て去ると、手を挙げた。降参、と言わんばかりに。 「今日は素直だな」 「どうせダンナの部下でここらを囲んでいるんだろ? 下手にルーンを使えば、神聖騎士は跳ね返してきやがるし。いくらアタイだって、これだけの面々から逃げられるなんて思ったりはしないよ」 「結構、なかなか懸命だ」 頷く騎士に、けれどミスティアは、敗北を認めていない瞳で返す。 「だーけーど。アタイが素直に服役するなんて思っちゃいけないぜ?」 「わかっているよ、言われなくとも。君の性格は十分に承知している」 部下たちに拘束を任せ、騎士はグレイスたちに歩み寄った。 「神聖騎士団四番隊長のリット・ホーリビスだ。君らは?」 問われて顔を見合わせ、順々に名乗る。 「グレイス・フェイリアー。旅人だよ」 「サイモン・エルファニアス。同じく」 「ウィル・ヴァイスティア。オイラも旅人だー」 「……そうか」 納得したように頷き、リットは部下たちに視線を送った。 「彼らも拘束しろ」 「って待てぇ! なんでオレたちまで捕まらなきゃいけないんだよ!?」 叫ぶグレイスを、リットは見下したような目つきで見返した。 「君は街中でルーン戦を繰り広げて逮捕されないと、本気でそう思っているのかな?」 「オレたちは誰もルーンを使ってねえ! 使ったのはあの盗賊女だけだよ!」 「同じことだ。ケンカは両成敗。聞いたことはないかな?」 会話をする間にも、部下たちは手早く腕を後ろに回させ、それを縛る。 「だー! はーなーせー!」 「暴れると罪が重くなるぞ」 リットの一言で、グレイスは不満を顔の全てで表現しながら、それでも渋々、黙り込んだ。 「連れて行け」 リットが命令すると、四人はそれぞれ神聖騎士と共に歩かされていく。去り際、グレイスはぽつりと呟いた。 「――テメエ。後で覚えておけよ」 「私の記憶力が続く限りはね」 互いの視線が火花を散らし、そのまま流れて消えた。 連行される四人を見つめ、ふう、と息を吐くと、リットは空を見上げる。 汚い裏路地からでも、見上げる空は青く輝き、美しい。 「青いな……」 「浸っていないで、隊長も行きましょう」 「――君は空気を読むという言葉を知っているかね?」 ため息と共に、リットは副官を引き連れ、詰め所へと足を向けた。 |