神聖都市を見下ろす小高い丘の上に、神聖騎士団の詰め所がある。その地下には牢屋が設置されており、罪を犯した人間は、裁きを受ける時までをここで過ごす決まりになっている。
 グレイスたちは、広めの雑居房に、揃って入れられていた。
 それぞれが壁によりかかり、薄暗い床や天井を見つめている。明かりと言えばロウソクくらい、しかも、それも房の外にある。
「ったく、なんでオレたちが捕まらなきゃいけないんだよ。しかも」
 ぶつぶつと呟き、グレイスはミスティアをにらんだ。
「なんで、オレたちがお前と一緒になるんだよ?」
「独居が一杯なんだとさ。アタイだって、別に好きであんたたちと一緒にいるわけじゃないからね。文句を言われたって困るよ」
 口振りの割に、ミスティアの顔に不満の色はない。むしろ、余裕さえうかがえた。
「……ミスティア、だったな」
 その様子に気がついたサイモンが、口を開く。ミスティアは目線を向けることで肯定を示した。
「随分と余裕があるようだが。逮捕前の口調からしても、脱獄方法でもあるのか?」
「――あるよ。アタイだって、捕まるのは初めてじゃない。特に、あのリットのダンナにゃ前に二度もやられたからね」
「ということは、二度も脱獄に成功しているというわけだな」
 サイモンの言葉に、ミスティアはニヤリと笑ってみせた。
「知りたいかい? アタイの、脱獄方法」
「話していいのか? オレたちは、別にあんたの味方ってわけじゃないぜ」
「わかってるよ。だから、ギブ・アンド・テイクといこうじゃないか」
 指を一本、立てる。
「アタイが、あんたらに脱獄の方法を教える。んで、その方法を使う」
 次の指を、立てる。
「代わりにあんたらは、脱獄の際、暴れる。なに、ここに留まってアタイを逃がせって意味じゃない。あんたらが逃げようとすれば、それだけ騒ぎになる。騎士団も分散して、アタイも逃げやすくなるって寸法さ」
「つまり、騎士団の目をオレたちに向けさせるつもりか?」
「正解」
 立てた二本の指で、ミスティアはグレイスを指す。
「どうするんだい、グレイス・フェイリアー。このまま臭い飯でしばらく過ごすかい? それとも、さっさと逃げ出すかい?」
 押し黙ったグレイスの代わりに、サイモンが口を開く。
「その提案は、無意味だろう。僕やグレイスやウィルは、さして深い罪でもない。このまま待っていても、数日も経てば釈放される。僕らは、裁きを受ければ死ぬまで牢屋を出られないような君とは、条件が違うんだ」
「そうかな?」
 首を傾げたミスティアは笑みを浮かべる。まるで、サイモンの言っていることが、何かの冗談であるとばかりに。
「アタイが一言、あいつらも仲間でしたって言ったら、どうなると思う?」
 たった一言。それが、三人の間に衝撃のようなものを走らせた。
「ま、待て! オレたちは何の関係もないぜ!?」
「そうだ! オイラも仲間に入るの、断ったぞ!」
 焦るふたりを見て、ミスティアは鼻を鳴らす。
「はん、それがどうしたってんだい。アタイがそう言うだけで、ダンナたちもあんたらを調べなきゃならない。違うってわかっていてもね。その間は牢屋に入りっぱなしってわけね」
 くすくすと笑い、続けた。
「あんたらは旅の身だ。脱獄した後、無理に神聖都市に滞在しなきゃいけないわけじゃない。しばらくここを離れていれば、後は自由の身さ。けど、ここで大人しくしていると、数十日は牢屋で暮らすことになるだろうねぇ」
「数十日の牢屋暮らしと、神聖騎士団に追われる身になるのと、対等な条件だと思っているのか?」
 グレイスたちに比べるとまだ冷静なサイモンは、静かに言い放った。
 実際、脱獄に失敗すれば、数十日では済まない。下手をすると、季節を何度かまたぐことになるだろう。
 一方、仮にミスティアが何かを言ったとしても、調べるのにそこまで長い期間が必要だとは思えない。
 この取引は、圧倒的に、ミスティアに有利なものだった。
 それを自覚しているのか、ミスティアはうんうんと頷き、
「そうかい。じゃ、勝手にするんだね」
 頭の後ろで手を組み、ミスティアは壁によりかかったままで目を閉じてしまった。
 グレイスたちは顔を見合わせ、それぞれ、不満げに視線を泳がせる。
 鉄格子の向こうで、ロウソクの火が揺らめいていた。

 牢屋の上、騎士団の仕事場にある、隊長室。すなわちリットの自室で、彼は座って天井を眺めていた。
 そこに、扉を開いて人物が現われる。四番隊の副官だった。
「あれ? 隊長、もうあの連中の書類作成、終わったんですか?」
「いや。その他に、気になる別件があるからね」
「と、申しますと?」
 リットは天井から副官に目を戻し、
「近頃、魔族に動きが出ているという報告が入っている」
「魔族、ですか?」
 リットは頷き、
「各地で魔族による揉め事レベルの問題から、強奪や殺人などの重要な案件まで、色々と起きているらしい。さすがに神聖都市までは入り込んでいないようだが。そういうウワサを、旅人からよく耳にする」
「物騒な時代になったってわけですねぇ」
「そういうことだ」
 ガタリ、と椅子から立ち上がるリットに、副官は首を傾げて尋ねる。
「どこに行かれるんですか?」
「牢だ。彼らの様子次第だが、このご時勢、旅を許可するべきじゃないと私は考える」
「つまり、投獄期間を延長するってことですか?」
「……可能な限りね。その間に魔族が大人しくなれば、万々歳だろう?」
 言って、リットは部屋から出て行った。
 その後姿を眺めていた副官は、ふと気づく。
「あれ? そういえば、書類は――?」
 気づいた時には、もう遅い。
「しまった! ちょっと、隊長! 書類を優先させて下さいよぉ!」
 叫んだところで、上官はもう声の届かない場所。

 グレイスたちが牢屋で静まり返っていると、不意に、ロウソクの薄明かりを背負った人物の影が差した。
「あ!? あんた!」
 その顔を見た途端、グレイスは叫ぶ。
「やあ。グレイス・フェイリアーだったね、君は」
「テメエ! オレをここから出せ! オレは何も悪いことなんざしてねー!」
「先ほども言ったが、街中での準戦闘行為は厳禁だ。それは何も、ここに限った話ではない。ある程度の大きさを持つ都市なら、当然のルールだよ。知らないとは言わせない」
 ところで。リットはそのまま言葉を続ける。
「君たちはまだ逮捕されたばかりなわけだが、もし釈放されたら、どうしたい?」
「どうって――?」
「ただ、素直に答えればいい」
 顔を見合わせ、それぞれが答えた。
「オレは旅を続けるよ。目的があるんだ」
 グレイスは、瞳に強い光をたたえて、答える。
「オイラもだ。探さなきゃいけない人がいる」
 ウィルもまた、濁りのない純粋な瞳を向けて、答えた。
「僕も同様だね。まずはこの都市を探して、いなければ次の都市だ」
 サイモンは冷静ながら、やはり炎のように明るい光が瞳の中にある。
「アタイは今まで通り、盗賊を続けるよ。これ以外に仕事なんてできないからね」
 ミスティアは光も純粋さもない瞳だったが、確固たる意思が存在していた。
 それぞれの回答を聞き、リットは頷く。
「なるほど、それぞれの意見はよくわかった。それで、投獄期間の話だが」
「出してくれんのか!?」
 首を横に振り、リットは言った。
「私の権限が及ぶ限り最長の期間になるよう、努力しよう」
「んな努力するなッ! テメエ、オレたちに何か恨みでもあんのかよ!?」
「さてね」
 肩をすくめると、リットは早々に立ち去ってしまった。
「テメ、この、逃げるのか!」
 グレイスの叫び声など、耳にも入れずに。
 叫ぶのが無駄だとわかると、くそッ、と壁を叩く。そしてグレイスは、ミスティアに視線を向けた。
「おい、ミスティア。さっきの案、オレは乗るぜ」
「そうかい? 無理にやらなくても構わないんだよ?」
 嫌らしい笑みを浮かべる盗賊に、グレイスもまた、苦笑を浮かべる。
「オレはこんなところでゆっくりなんてしていられねー。サイモン、ウィル、お前らはどうするんだ」
 左右に目を向けると、それぞれが、回答を導き出す。
「僕も、長期間の拘束は遠慮したいね」
「オイラ、じっとするのはイヤだ」
 パチン、と指を鳴らす音が響く。何事かと見れば、ミスティアは立ち上がり、楽しそうに笑っていた。
「よっし、契約成立だね。じゃ、詳しい説明するよ。質問は今の間にしておいてくれ、後で誤解がありました、じゃ話にならない」
「……ずいぶんと親切なんだな?」
 グレイスのいぶかしげな視線に、ミスティアは当然とばかりに答えた。
「今の間は共同戦線、つまりは仲間だろ? 盗賊は、仲間だけは裏切らないんだよ」
「それは、君だけのような気がするがね」
 言いながらも、サイモンの目には信頼の色が垣間見える。
「ま、アタイが変わり者だろうと、きちんと約束は守るさ。体は守ってあげないけどね。じゃ、詳しい説明だけど――」
 その後、作戦の詳細を三人は聞き、それぞれわからない部分、疑問に思う部分を質問する。
 ミスティアはそれぞれに丁寧に答え、三人が納得したところで、全員が顔を上げた。
「いいかい? この作戦で最も大事な部分は、リットのダンナだ。あの人さえ出し抜ければ、他はどうにでもなる」
「リット・ホーリビスか……。荷の重い相手だ」
「でも、あいつがどこを守るか、なんてわかんないだろー?」
 ウィルの質問に、ミスティアは頷く。
「だから、当たったヤツは自分の不運でも嘆いて、逃げに徹した方が身のためだね。まともに戦ったら勝ち目なんてほとんどない相手だよ」
 その言葉に、一同は深く頷くのであった。