まだ若い、青色の胸当てを身につけた魔族は、硬い表情で上官の前に立った。 「失礼します。部隊長。どうやら人間たちは、我々の動きに気がついているようです」 「まあ、そうだろうな」 重厚な鎧に身を固めた壮年の魔族は、地図に視線を落としながら言った。 そこは、ブランドールから少し離れた森の中だった。魔族たちの野営地であり、ブランドール侵攻の拠点でもあった。 「今回、我々が狙うポイントはかなり見通しの良い地形となっている。背後に回れば廃坑があるが、そこに至るまでに隠れながら移動できるルートがない。よって、我々はこのまま進撃し、未明に電撃作戦を仕掛ける」 「うまくいくでしょうか? 連中も警戒しているでしょう」 「幸いにも、向こうは城壁を持っていない。偵察によれば、そこそこの深さを持った堀があるだけだそうだ。飛行術を使える者でかき乱し、私が歩兵隊を率いて駆逐する。お前は支援隊の指揮を頼むぞ」 「はっ。部隊長、十分にお気をつけて」 ちらりと顔を上げた壮年の魔族は、頬の傷に手を当てながら言った。 「なに、死にはしないさ。それに、魔族が生き残るための戦だ。負けるわけにはいかない」 「……そのことなんですが。部隊長は、本当にラジール様の言うことが正しいとお思いですか?」 部隊長は目を細め、問い返す。 「それは、どういう意味かな」 「いえ、私は、どうしてもラジール様の仰ることが真実と思えないんです。だって、人間を殺さなければ魔族が絶滅するなんて……。確かに人間は強い生き物ですが、我々を殲滅するほどの力があるとは思えません。魔王様もいらっしゃいますし」 壮年の魔族は悩ましげな瞳で、まだ若い魔族を見た。 「そのことを相談したのは、私が初めてか?」 「ええ、そうです」 「なら、他言はするなよ。下級魔族が上位魔族の意見に反対など、あってはならないことだ」 魔族の上下関係は、絶対だ。そしてそれは、魔力の量によってのみ決まる。つまりは、生まれた時から上下が決まっている、ということだ。 「お前は若いから理解できていないのかもしれないな。それに、ラジール様の仰ることが本当かどうかなど、関係がない。 我々は、目の前の敵を潰す。それだけだ」 それに。男は続ける。 「仮に本当だとすれば、我々は終わりだ。そうなる前に手を打っておく。どんなに小さな可能性だったとしても、危険な可能性は先に潰す。それが常道というものだ」 「誰かを犠牲にしても、ですか」 「誰を犠牲にしても、だ。それが、生きるということだ」 ガチャリと鎧を鳴らし、魔族は立ち上がった。 「行くぞ。終わったら、うまい酒でも飲もう」 「――はい」 若い魔族は迷いに瞳を揺らしながらも、確かな態度で頷いた。 グレイスは、ブランドールの南側にある待機所にいた。 今回の戦いのために作られた粗末な小屋には、他に三人の仲間たちがいる。 「本当にこっちから攻めてくるのかよ?」 「それはほぼ間違いないにゃん。ブランドールの周囲で隠れられる場所は、南側の森林地帯のみ。わざわざ的になるような方向から攻めるとは思えんし、南から来るのは確実と考えてよさそうだなん」 「主要な部隊も南に配置されているそうだ。一応、警戒のために他のポイントにも騎士が置かれているそうだがね」 v この場にリットはいない。彼は自分の部隊を率い、すでに守備配置についている。 ランプの光が小屋の闇を切り裂く。けれどそれは十分ではなくて、隅の方には闇がわだかまっていた。 グレイスたちに与えられた任務は、遊撃だった。四人で必要と思われる方向に行き、それぞれに加勢する。 元々が正規の騎士隊ではないため、他と下手な連携を取るよりは、というのがリットの結論だった。 「そういやお前ら、落ち着いてるな。こういう経験は初めてじゃないのかよ?」 「僕は初めてだよ。ただ、何故だろうね、騒ぐ気が起きないんだ」 「俺も初めてだなん。だいたい、暗黒騎士がまともに誰かと協力したことがあるわけないなん?」 「じゃあ、なんでそんなに落ち着いているんだよ」 んー、と首を傾げ、ディックは言った。 「グレイスがいるから、かなん?」 「あ? なんだよ、それ。どういうことだ?」 本当に意味が理解できない、という顔でグレイスは聞き返す。対するディックはいつも通りのおどけた態度で、 「いやいや。グレイスが隣にいてくれる、それだけで俺は安心できるんだなん」 「人を盾か鎧みたいに言うんじゃねーよ」 「むしろ、俺がグレイスの盾になるから大丈夫にゃん」 「ディック、ストップだ」 サイモンの待ったに、ディックはむしろ楽しげな顔を向けた。 「はてさて? どうかしたのかなん、サイモン?」 「なに、子供の前では不適当な会話をしようとしているみたいだから止めただけだ」 「ウィルはもう子供じゃないなん。立派な、一人前の騎士だろん」 ちらりと目を向ければ、ウィルは大きく頷いていた。 「ほら。これでもう、止める理由はなくなっただろん? それとも、他に理由があるのかにゃー?」 「くっ……!」 「おいおい。なんだか知らねーが、戦いの前にケンカはすんなよな」 グレイスが苦笑交じりに言った、その時だった。 『来たぞお!』 大声に続き、大地が揺れるような響きが聞こえてきた。 四人は顔を見合わせ、ガタリと席を立つ。 「グレイス遊撃隊、出るぜ」 剣を手に、顔に凶悪な笑みを貼り付け、グレイスは扉の外に出た。 宙を舞う魔族が炎を放つ。対する人間は、大きな氷塊を投げる。だが、空中を自在に飛びかう魔族に攻撃は当たらない。 空を制した魔族に対し、地を制しているのは人間たちだった。堀を越えようとする魔族は、すべからくその前に撃破されていく。 前線では、人魔が入り乱れ、混沌とした体をなしていた。 それを、少し離れたところから眺めていたグレイスは、後ろを振り返った。 「よし、そんじゃあ頼むぜ、サイモン」 「了解だ」 槍を水平に構える。かと思いきや、それをいきなり地面に突き刺した。 「召喚。コカトリス!」 地面を光が走り、不思議な紋様を描く。そして、その中心から、まるで照らし出されるかのように巨大な鳥が姿を現した。 「ダイン。空中の魔族を止めてくれ。麻痺毒の息吹だ」 「わかった。任せておけ」 ぶわっと羽を広げると、コカトリスは宙に飛び立つ。コカトリスを見つけた途端、魔族たちの狙いが地から空に変わった。 「予想通りだな」 「下は正規の騎士団連中に任せるとして、俺たちは空の敵をどうにかしようかなん?」 「ああ、遠慮している暇はなさそうだぜ」 サイモンは槍を振り回し、魔法陣を描く。その中から、ヒッポグリフが姿を現した。 「僕とグレイスはダインに乗ろう。ディック、ウィルはラウルと。時間との勝負だ、早期に決着させる」 「ちょっと待った、その配分はおかしいんじゃ……」 「ごちゃごちゃぬかす時間はねえ! それで行くぞ!」 ひゅい、と口笛を吹くと、コカトリスが低空を飛び出した。その背中に、グレイスとサイモンが飛び乗る。ディックは小さく舌打ちし、ヒッポグリフの背中に乗った。 ヒッポグリフとコカトリスが空を飛ぶ。魔族たちの視線が、空中の四人に集中した。 「サイモン、できる限り近くまでやってくれ。でないと、オレの剣が届かねえ」 「わかっている、ダイン」 その巨体が、まるで重みを持っていないかのように飛んでいく。魔族たちは素早く手先を動かし、光り輝く弾丸のようなものを放ってきた。 「っせるか!」 サイモンの槍が、弾丸を強引に弾き飛ばす。その間隙を狙い、ダインは体を滑り込ませていった。 「らあ!」 ぐっと足に力を込めて、グレイスは飛び出した。剣を手に、魔族に斬りかかる。 いきなりの行動に魔族はかわしそこね、正面から受けてしまった。ただ魔力で覆っただけの、素手で。 「砕くぜ!」 みしり、と魔族の骨が響いた。いかに不可思議な力を使っていても、全力で振り下ろす鉄の塊には耐え切れるものではない。 ぶつかった剣を軸にして、グレイスは魔族の背後に回る。その背中を蹴飛ばし、コカトリスの背中に舞い戻った。 「君はサルか」 「身軽なんだよ」 次の獲物に狙いを定め、さらにグレイスは跳躍していく。 敵を踏み台に、剣を振るう。強引ながらも華麗で、無茶苦茶とさえ言える戦い方なのに、どこか計算されたような動きがあった。 「僕も、負けられない」 コカトリスの息吹が魔族たちの動きを縛り、反撃は全てサイモンが弾いていった。こちらもまた、常人ならざる動作である。四方八方からの攻撃に耐えているのだから。 「お前もやるじゃんか。慣れてんのか?」 再びコカトリスの背中に戻り、グレイスはたずねた。 「空中戦は初めてじゃない」 「なるほどね。そりゃ頼もしいぜ、っと!」 捉えがたい動きをするグレイスをしっかりと捕まえるためか、コカトリスの背中に乗ったタイミングで魔族が仕掛けてきた。 鉄製のナイフによる攻撃を柄に近い部分で受け止め、その魔族の腕を掴んだ。 「何!?」 「お前さ。オレを、甘く見すぎなんだよ!」 引っ張り、斬り捨てる。取り落としたナイフは奪い取り、別の魔族に向かって投げ放った。 「まだまだぁ! こんなもんじゃ、終わらねえぜぇ!」 力強い瞳が、魔族たちを捉えていた。 |