「戦況は!」
 鎧の重々しい音を響かせ、魔族の男は叫んだ。すぐさま、副官がその声に答える。
「空戦部隊が苦戦中! 陸戦部隊も攻めあぐねています!」
「ええい、何をしている! 私に続け!」
 無骨な剣を手に、男は地を揺らしかねない勢いで駆ける。全身を魔力の輝きで満たし、男は閃光騎士団に切り込んでいった。
「邪魔だ! 雑兵は退いておれぇ! 死にたくなければ戦場に出てくるでないわ!」
 剣の一振りで、騎士たちが文字通り吹き飛ぶ。それは人間にはありえない、魔力を持つ者だけが許される圧倒的な力であった。
 剣を交えるどころの話ではない。剣を持つ手など、とても正面からでは耐えられなかった。爆発のような衝撃に、歴戦の猛者たちがなす術もなく打ち倒されていく。
 彼こそ、間違いなくこの部隊での最強であった。
「さあ! 行くぞ、人間どもぉ!」
 重装の魔戦士が、吼えた。

「なんだ、ありゃあ!?」
 まるで鉄の塊が突撃してきたかのような錯覚。それを上空から見つけたグレイスは、あまりと言えばあまりの光景に、声を失いかけた。
「無茶苦茶な戦い方だな。戦法も何もあったものじゃない」
「ただ剣を振り回しているだけなのに、あんだけ強いなんて……」
「自分の力に絶対の自信があるからこそ、あえてああいう戦い方なんだろう。隙があるように見せて、誘っているんだ」
 ひとり、またひとりと騎士が潰されていく。そのスピードたるや、異常とも言える次元だ。
「なら、乗ってやろうじゃんか」
「何?」
「こっちは任せたぜ、サイモン!」
 とん、とコカトリスの背を蹴り、グレイスは部隊長に向かって突っ込んでいった。
「くっ、見境のない! ダイン、行くぞ!」
 甲高い声を空に響かせて応じると、飛び出していったグレイスを追うようにして、コカトリスも急降下を始めた。

 飛び降りたグレイスは、そのまま重装の魔族に斬りかかっていった。
「でりゃあ!」
 背後からの斬撃。それを、魔族は反射だけで防ぎ、弾き返す。
 グレイスは自ら後ろに飛び、剣を構えなおした。
「けっ、なんてぇ馬鹿力だよ」
「貴様らが脆弱すぎるのだ、人間」
 油断なく敵の動きを観察しつつ、グレイスは間合いを測る。
 一方、魔族の方も簡単には攻めてこなかった。たった一度の切り結びでも、その実力が伝わったのだろう。
「グレイス・フェイリアーだ。あんたは?」
「名乗りの風習か。いいだろう、乗ってやる。私はアルビス。アルビス・ゼッケンマインドだ」
 アルビスはじりじりと距離を詰めてくる。周囲の騎士など視界に入っていないかのようだ。実際、他の騎士たちもあれだけの攻撃を目の当たりにした後では、うかつに斬りかかることはできない。
「さって、退屈させんなよ!」
 剣を両手で握り、グレイスは低い体勢で駆ける。アルビスはそれを視界に納めながら、けれど動かない。
 そのまま懐まで飛び込んだグレイスは、斬り上げるように剣を振った。喉元を狙う必殺の一撃。それを黙って見つめ、
「愚かしいな」
 アルビスは口元に笑みを浮かべた。その意味を、グレイスは直後に知った。
 高らかな剣の音が響き渡る。斬撃が弾かれ、グレイスは勢いを向ける場を失ってよろめいた。
「な、に?」
 驚愕に目を見開くグレイスを見下ろし、アルビスは無骨な剣を振り上げた。
「さようならだ、グレイス・フェイリアー」
 ぶん、と風さえ巻き込む斬撃。それが、地を砕く。
 アルビスは視線だけを上空に向け、小さく舌打ちした。
「コカトリスか……。厄介な能力者だ」
「それはこちらの台詞だ、アルビス」
 コカトリスの背で、グレイスを抱きかかえたサイモンは、厳しいまなざしを向けた。
 ふわりと地に降り立ち、グレイスを離す。同時にサイモンも降り、グレイスと並んで得物を構えた。
「魔力で壁を作っているな? グレイスが破れないとなれば、かなりの強度と見るが」
「自分の能力を事細かに説明してくれる敵と会ったことがあるか?」
「――もっともだ」
 グレイスとサイモンは視線を交差させ、かと思いきや、すぐさま駆け出した。
 グレイスは右に、サイモンは左に。典型的な挟撃だが、効果的でもあった。一本の剣では、ひとりずつしか斬ることはできない。
 両者が岩をも裂きかねない気迫で仕掛ける。アルビスは迷う素振りさえも見せず、グレイスの斬撃を剣で受け止めた。
「貰った!」
 サイモンの刺突がアルビスを狙う。アルビスはちらと振り向き、無造作に手を突き出した。
 ガン、と重苦しい音が響く。槍は、手甲の平で受け止められていた。
「この程度とは、笑止!」
 ふたりを弾くアルビス。地に転がされたサイモンは、けれど、笑っていた。
「注意が足りないぞ、アルビス・ゼッケンマインド」
「な、に!?」
 一瞬、余裕の表情を浮かべたアルビス。その眼前に、コカトリスが迫っていた。
「決まりだ、ダイン!」
 コカトリスの、全身の筋肉を麻痺させる息吹が、アルビスに吹きかけられる。瞬間、アルビスの全身が淡い緑色に包まれた。
 全身が麻痺すれば、魔族とて魔法を使うことはできなくなる。人がルーンを使うためにある程度の集中を必要とするように、魔族もまた、集中なしに魔力を使うことはできないのだ。
 だからこそ、コカトリスの息吹をまともに受ければ、いかにアルビスとて無敵の防御力は誇れない。そう、まともに受ければ。
「ぬうあああああああああ!」
 全身の毛が逆立つような、恐ろしげな咆哮が響く。煙を払い、アルビスの殺気に満ちたまなざしがサイモンを捕らえた。
「この程度で! このアルビスを! 落とせると思ったか!」
 アルビスの巨体が、壮絶な重量と共にサイモンに襲いかかった。サイモンは弾かれたように飛び上がると、その一撃を紙一重でかわす。
「テメエ!」
 グレイスは吼えた。アルビスに負けない気合で迫り、剣を振るう。けれど、アルビスはそちらを見ようともしない。
 事実、見るまでもなかった。グレイスの斬撃は見えない壁に弾き飛ばされ、アルビスの体勢を揺るがすことさえもできない。
「貴様!」
 コカトリスが再び息吹で仕掛けるが、当然、通じるはずもない。サイモンは、苦し紛れに槍を投げ放った。
「ふっ!」
 その攻撃を、アルビスは剣で弾き飛ばした。勢いを失った槍が、地面に転がる。
 しかし、その瞬間に生まれた隙は、確かに意味があった。
 グレイスはサイモンとアルビスの間に割って入り、サイモン自身も、得物をなくしたとは言え、立ち上がって体勢を立て直している。グレイスたちにとって状況は悪くなったが、まだ致命的と言えるほどではなかった。
「くそ、こいつの盾みたいな魔法、どうにかなんねーのか……」
 ぐっと腰を低く構えながら、グレイスは隙をうかがう。とは言え、防護壁を持つアルビスを相手に、隙も何もあったものではない。
「何か可能性はあると信じたいところだね。どんな能力者でも、全知全能であるとは思えない」
「ああ、実際、万能じゃあないだろうさ。あいつが万能なら、最初から軍隊なんて必要ない。あいつがひとりで攻撃すりゃ済むんだ。それをやらなかった。つまり、何か撃退する方法があるってことだ」
「理にかなっているが、その弱点をどう見極める。正直、持久戦に持ち込む余裕はないぞ。僕らにも、味方にもだ」
 グレイスの額に汗が浮かんだ。頭の中では、必死に考えを巡らせていく。勝つために、生き残るために。
「ディックの一撃に頼むか? いや、それも通じるかどうかわかんないよな。ミスってやられちゃ、元も子もねえ。
 ――あん? そう、いや?」
 ふと、グレイスの脳裏に今までの短い攻防が映った。斬撃は通じず、息吹は通じず、あらゆる攻撃が通じない、異常な能力。その、一部始終。
「本当に、何も通じないわけじゃねえ。なら、通じるのは何だ? いや、『いつ』だ!?」
 その瞬間を、グレイスは確かに目の当たりにしていた。そうとは気がついていなかったけれど、あるいは勘違いかもしれないけれど、それでも、可能性は自分の目で確かに見つめていた。
「サイモン!」
 力強く呼ぶグレイスの瞳からは、迷いの色が消え去っていた。ルーンのない剣が、不思議と輝いているように見えた。
「な、何だ?」
 勢いに負けそうになりながらも、聞き返す。対するグレイスは、アルビスに隙を見せないようにしながら、じりじりと迫っていた。
「これからオレの指示通りに動いてくれ。変な頼みだろうけど、オレにも勝算があるんだ。オレを、信じてくれ」
 グレイスの背中を見つめるサイモン、その頬に、かすかな朱が増した。
「グレイス。“オレ”はやめろといつも言っているだろう」
「ああ、忘れてた。次から直す」
「まったく……。君の次からは、信じていいんだろうかね」
 すっと切先がアルビスの顔を指した。きらめく剣は、グレイスの緊張を含んだ笑みを映している。
「アルビス。ワリィけど、お前にゃ負けてもらうぜ」
「随分な自信だな」
 グレイスの持つ自信の根拠がわからず、アルビスは眉をひそめた。それが、ますますグレイスに自信を与えていく。
「さあ、こっからの流れはずっとオレたちのもんだ!」