剣と剣がぶつかる音。人が倒れる音。誰かの断末魔の悲鳴。気合を解き放つ叫び。
 そこは、まさしく戦場だった。ほんの一瞬前までは平和とも言えるただの街道が、今では血が乾く暇もない戦いの場と化している。
 すでに、この世界に安全な場所などないのかもしれない。
 その中心地。そこで対峙しているのは、ひとりの白い魔族と、五人の騎士たち。
 白い魔族が両手をかざすと、それに伴って周囲に光の球が現われた。その数は十を軽く越えている。
「さあ、どうする、騎士?」
 光球が、破裂した。
 それぞれの球を中心に、触手のような光線が飛び出す。その動きは直線的ではなく、うねうねとまるで生き物のように自在に向きを変えている。
「任せろ!」
 飛び出したのはリット。盾に刻まれたルーンが白い光を放つ。
「はッ!」
 リットの盾に触れた途端、触手たちは霧散した。その間隙に、サイモンとウィルが飛び出す。
「うおっしゃあ!」
 ウィルの放つ斬撃。巨大な斧が、真っ直ぐに白い魔族に振り下ろされる。
「そら」
 軽く身をひねりつつ、魔族は指先をウィルに向けた。そこから、先ほどの光が飛び出す。
「甘いぜ!」
 その攻撃を、グレイスが切り払う。そして、その時には、すでにサイモンの間合いに魔族が入っていた。
「フッ!」
 息を吐きながら、槍を突き出す。かわした体勢の魔族は、その一撃を避けられない。
「ふむ」
 しかし、彼は冷静だった。手のひらに光を生むと、槍を正面から受け止める。槍は光に阻まれ、途中で勢いを失った。
「十分だなん、サイモン!」
 声は上空から。
 ウィルの背中を踏み台にしたディックが、大きな剣を振りかざしている。そして、落下する勢いそのままに、その重量物を思い切り振り下ろした。
「ちッ!」
 白い魔族は槍を弾くと、両手に光を生み出した。そして、ディックの一撃を受け止める。バチン、と何かが弾けた。
「それで防いだつもりじゃないっすよね!」
 刃に刻まれたルーンが漆黒の輝きを増す。
「爆発しろ!}
 刃が、猛烈な力の渦を巻き起こす。周囲の炎が風になぎ倒された。
「ぬ、ああああ!」
 爆風と舞い上がる煙を弾き飛ばすように、魔族の叫びがこだまする。ディックを投げ飛ばし、白い魔族は数歩も下がった。その両腕からは、血が流れ出している。
 近くに味方がいるので制御はしているものの、それでもダークナイトの放つ強烈な一撃だ。直撃を受ければ、無事で済むことはありえない。
「どうした、魔族。その程度か!」
 盾を構えながらリットは駆ける。その背後から、サイモンとウィルも迫っていた。
「調子に乗るな……!」
 魔族の周囲に、再び光の球が現われる。今度は先ほどなど比にならない数。圧倒的なまでの数量が、空間を埋め尽くす。
「神聖騎士! 貴様の力、どこまで通じる!」
 バン、と一気に光が破裂した。
 攻め入る光の触手は、まさに四方八方から襲い来る。全方位からの攻撃は、盾だけでは防ぎきることができない。
「息を合わせろ!」
 一息にウィルとリットの位置が入れ替わる。後ろから来る触手は盾が防ぎ、前から襲ってきた触手は斧の一撃がなぎ払った。
「させねえ!」
「当然!」
 上下左右、さらなる攻撃は、グレイスたちが対処する。斬り飛ばし、打ち払い、暗黒のルーンが全てを無に変える。
 それでも、数が多すぎた。逃げ道がない。
「ッめるなぁ!」
 先頭を切って駆けたのは、サイモン。頬に腕に、細かな傷を作りながらも突撃する。
 槍が円を描きながら、ぶんぶんと迫った。
「そら!」
 回転の動きをそのままに、槍の一撃が白い魔族を狙う。しかし、それもまた魔族は光で受け止めた。
「甘いぞ! サラマンドラ!」
 そして。それは、サイモンにとっては予期された動きだった。
 描いていた円の軌跡が光り輝き、不思議な紋様を描き出す。
「ラーマ、焼き尽くせ!」
 円から現われたのは、炎のトカゲ、サラマンドラ。飛び出した途端、叫ぶ暇もないとばかりに炎の息吹を魔族に吹きかける。
 炎が、魔族を覆い尽くす。
「サイモン! 止まるな!」
 リットの叫びがなければ、サイモンは勝利を確信して動きを緩めていた。仲間の言葉があったからこそ、彼は横に跳んだ。その直後を、光線が走り抜ける。
「こいつ!」
 槍の一撃を手で受けて逆に握り返し、さらに炎を吹き飛ばし。白い魔族は、サイモンを引き寄せる。
「邪魔だ、死ね」
 ぐいと引き寄せたサイモンの頭に手をかざし、そこに光が収束し――。
「ッ!」
 槍を手放したサイモンは、首を思い切りひねる。その直後を、光線が走った。
「逃がさない」
 ぐにゃりと曲がった光は、まるで生き物のように、サイモンを縛っていく。
「さあ、これで人質の完成だ。歓声で出迎えてくれるかな?」
「残念ながら、騎士に人質などというものは通じない」
 その時にはすでに、リットは間合いに入っていた。サイモンが捕まると感じた時点で、彼は踏み込んでいたらしい。
 盾を構え、体当たりするようにサイモンにぶつかっていく。光の縄が切れ、召喚騎士の体が吹き飛んだ。
 そして、リットは剣を、白い魔族は光の刃を、互いに突きつける。
「……ディック。撤退だ。ラブフランジェの私の部屋に行け」
 リットは、静かに告げる。短い攻防で、彼は見抜いていた。
 白い魔族の腕。さっきディックが暗黒によって傷つけたはずの腕は、すでに出血していなかった。傷が、回復していた。
 相手は、全力ではない。遊んでいる。四対一なのに、遊ぶだけの余裕がある。その事実に、リットは、気づいていた。
「後悔は?」
 同じく気づいていたディックは、端的に問う。回答もまた、明確。
「もちろん、するはずもない」
「――そうか」
 ディックは注意深く剣を構えたまま、サイモンたちを自分の近くに招き寄せた。その指示にウィルとサイモンは素直に従ったが、
「何を言ってんだ! 最高のチャンスだろうが!」
「バカ!」
 動けない魔族に肉薄するグレイス。その体を衝撃が突き抜け、ゆっくりと、崩れ落ちていった。
「なかなか勘がいいな」
「お褒めに預かり光栄だねん?」
 倒れるグレイスの体が地面に落ちる前に、ディックはそっと抱きかかえる。そんなふたりの方に、白い魔族の片腕が向いていた。
 もし、あのままグレイスが突撃すれば、無数の光球によって迎撃されていただろう。彼女らしくないミスだった。
「……なんだかんだで、ちょっと慌てていたみたいだなん?」
 腕の中のグレイスに微笑みかけ、ディックは仲間たちの間合いに跳び退すさる。
「素直に逃がすと思うか?」
「そっちこそ。素直に捕まえられると思ったのかにゃ?」
 ディックが目配せすると、サイモンは頷き、槍で円を描いた。
 現われたのは、半鳥半馬の幻獣・ヒッポグリフ。
「四人。乗せて飛べるか?」
「高速飛行でなければ」
「できる限り早く頼むよ」
 その背中に、サイモン、ウィル、そして気絶したグレイスを抱えたディックが乗った。白い魔族が指を鳴らすと、周囲で戦っていた人形のような兵士たちがこちらを向く。
「ラーマ!」
 サラマンドラの息吹が、飛び立つヒッポグリフの邪魔をしかけた敵兵たちをなぎ倒す。灼熱の中、幻獣は舞う。
「サイモン、ディック、リットは置いていくのか?」
「……この状況、グレイスを最優先にする以上は、彼を置いて行くしかない。それに、あの魔族の魔法に対抗できるのも、たぶんリットだけだからな、ん」
 ディックの声も、さすがに硬かった。サイモンなど、ギリ、と歯を強く噛み締め、ヒッポグリフに進むよう指示する。地上の敵兵たちでは、追うことができない。
 飛んでいく仲間たちを見送り、残ったリットは、剣を引いて大きく距離を開いた。
 そんな彼の周囲を、大勢の敵兵たちが取り囲む。いかに彼が強かろうとも、絶対に相手にはできない数だった。
「リット・ホーリビスだったか。愚かだな。ここでお前が残って彼女を逃がしたところで意味があると思うか?」
「もちろんだ。彼女は我々の希望だ。どれほどの絶望にも押し潰させるわけにはいかない。そのためなら、この命など、安いものだ」
 くすりと笑い、白い騎士は、白い魔族に勝負を仕掛ける。体位を低く突撃し、剣を伸ばし。
「――愚かしい」
 その体が、何か見えない壁にでもぶつかったように、止まる。
「ふっ!」
 パリン、と見えない壁が割れた。横に跳ぶと、光が通り過ぎる。そんなことを繰り返しながら、リットは少しずつ前に進んでいった。
「ほほう。さすが、神聖騎士。魔力に関する何もかもを無効化するとはね。厄介なこと、この上ない」
「だろうな! なにせ私は、エリートだ!」
 盾を前に、突き刺す一撃を放つリット。一方の白い魔族は、欠片も慌てる事なく、一撃を光で弾く。
 次の瞬間。リットの体が宙を舞った。
「だから、死んでくれ」
 白い魔族の放つ銀光が、リットの鎧を貫いた。
 鮮血が、雨のように降り注ぐ中。炎は、徐々に勢いを増していた。