空を駆ける一頭の半馬。その背中には、四人の騎士の姿がある。 「サイモン。そろそろ限界です」 ヒッポグリフは冷静な口調で、それでも息荒く言った。 「そうか。すまないな。どこか近くに休める場所があればいいんだが……」 「サイモン、あっち」 ウィルの指す方向。森の中に、切れ間があった。よくよく目を凝らしてみれば、家のようなものが見える。 「森の中に村――? 怪しいな」 「ま、普通の村は森ん中には作らないだろうなん。周囲に道らしきもんもないし。けど、迷う暇もなさそうだけどなん?」 「……仕方ない、か。ラウル、頼む」 頷き、ヒッポグリフは、体を森中の村へと向けた。 そこからある程度の距離を置いた、草原の中心。周囲の草木は燃え尽きて、荒野にも似た雰囲気をかもし出していた。 そこに、白い影が立っている。腕を組み、遠くの空を見つめていた。 「ご報告します」 その背後に、気配の薄い影が立つ。白い魔族は背中を向けたまま、言葉を促した。 「姫とその仲間の姿は周囲にはありません。現在、捜索の輪を広げています」 「そうか。ふむ。不本意だが、アルビスとソフィにも連絡しろ。特にソフィの部隊ならば、我々よりは手早く捜索できるはずだ」 「はっ! 了解しました」 部下が去ったところで、白い魔族は口もとを歪めた。 「さて、また追いかけっこの始まりだな、グレイス・フェイリアー。いいぞ、どんどん逃げてみろ」 遠く、鋼の音が響いていた。 ふわりと降り立ったその場所は、廃村の只中だった。 「なるほどにゃん。そりゃ誰も住んでいないんなら、森の中だろーが山の中だろーが関係ないっすね」 「使えそうな家を探そう。ラウルと、それにグレイスも休ませる必要がある」 ヒッポグリフの背中に目をやり、サイモンは言った。 そこでは、グレイスが眠っている。ときどき、嫌な夢でも見ているのか、小さくうめき声をあげていた。 「こっちー! この家なら使えそうだー!」 ウィルが見つけた家に向かう。それは、この廃村の中では最も立派で、それだけに造りもきちんとした建物だった。 三人はラウルと共に中に入る。そのまま奥に進むと、暖炉のある部屋に入った。ソファなども、そのまま置いてある。 その上にグレイスを寝かせると、三人は深々と息を吐いた。 「リット、大丈夫かな」 「厳しいだろうなん」 返答するディックを、サイモンはにらむ。 「ディック。言わなくてもいいだろう」 「サイモン。甘い言葉は優しいもんだにゃん。だからこそ、甘えちゃいけない。現実は現実として受け止めるべきだし、あの状況、リットが無事な可能性は低いっす。まあ、相手に捕虜として捕まってるってのが最も安全な可能性かなん? 抵抗して、死んでいてもおかしくはない」 「――!」 考えたくはない。けれど、避けようもない事実。それが、彼らの前に轟然と立ちはだかっている。 「オイラ、外に行ってくる。誰か来ないか、見張りだ」 重苦しい空気を破り、ウィルは言った。そしてそのまま、部屋を出て行く。ラウルはちらりとサイモンの様子をうかがい、 「頼む」 その一言で、同じように部屋を出て行った。 サイモンはソファに座ると、隣で眠るグレイスを見やった。その目元では、光が反射していた。 「リット……」 小さく口が動き、その名前を紡ぐ。サイモンとディックは、揃ってそんなグレイスを見守っていた。 いつもの、口の悪い女騎士の姿はそこになかった。年相応の、小さな女の子でしかなかった。 「グレイスも、無理をしているんだな」 「そりゃそうだろん。まだ自覚がないとはいえ、茜色の姫君なんて訳のわからないものに祭り上げられて、あんな風に目の前で仲間を見捨てなきゃならなかったとなりゃあ、悲しくもなるよの」 ふと、ディックは視線をサイモンに移した。 「サイモン。お前はグレイスのこと、どう思ってるんだにゃん?」 「どう、とは?」 「言葉通りだけどねぃ? 好きなのか、嫌いなのか。そろそろはっきりしたらどうかなん?」 ディックを見上げ、サイモンは低い声を漏らす。 「僕とグレイスは、ただの友人関係だ。それ以上もそれ以下もない」 「それは現状の関係を客観的に述べたってところかにゃー? 俺が聞いているのは、お前の感情だぜィ?」 「感情、とは」 「聞かなくても、わかってるだろん?」 サイモンは、何かを言おうとして、何も言葉を搾り出せずに口を閉じた。そんな彼を見下ろし、ディックはハッキリと言う。 「俺は、グレイスが好きだよ」 サイモンは目を見開き、銀髪の騎士を見上げた。 「暗黒騎士にここまで関わり、ためらいなく突っ込み。何より、俺のために涙してくれた。本来なら、暗黒は忌み嫌われる。拒絶され、決して認められることはない。なのに、彼女は認めてくれた。だから、俺もまた、彼女という存在を認めた」 「正気か?」 「おかしいか?」 「……いや」 首を振り、サイモンは視線を床に落とした。表情が見えなくなった彼に、ディックは浴びせるように言葉を放つ。 「だから、お前の感情を聞いたんだ。お前の態度によっちゃ、お前は俺のライバルになりかねないわけだからな」 いつもの、冗談の混じったような口調ではない、本気の台詞。だからこそ、サイモンもまた、戸惑いを強くした。 「僕、は」 まとまらない想いを、サイモンはそのまま言葉に乗せていく。 「最初、グレイスはただの騎士に見えた。ミスティアたちに囲まれていて、あのままでは、と割り込んだ。その後でウィルに出会い、リットと出会い、そして捕まった。 一緒に脱獄し、姫君の話を聞き。それでも、僕にとってのグレイスという存在はたいして変わらなかった」 ディックは下手に言葉を挟まず、黙って聞いている。サイモンもまた、返事は望んでいないと言わんばかりに、勝手に言葉を連ねていく。 「その後、日々を共にして。そして、お前との戦いを見て。ああ、こいつはすぐに無茶をするな、ってわかってきた。だから、なんとなく、守らなきゃいけないような気がしていた」 「それだけかなん? グレイスが無茶をしないで、おとなしく誰かの妻にでもなったら、もう守らないのかにゃ?」 「それは、わからない」 素直に首を振り、サイモンは顔を上げた。 「僕は、今まで幻獣と過ごしたことはあっても、女性と過ごしたことはあまりない。だから、この気持ちが恋愛と呼ぶべきものかどうかも判断できないんだ」 「にゃるほどねぇ」 うんうんと頷くディックは、どこか満足げだった。 「要するに、お前もグレイスもまだまだ子供ってことだなん。なら、俺のライバルにはなりえない」 ディックはそっとグレイスを抱きかかえると、自分の胸に寄りかからせた。わずかに身じろぎ、まだグレイスは目覚めない。 「何をしているんだ」 「見てわかんないかなん? これなら、起きた時に俺のイメージが良くなるかもしれないだろん?」 「卑劣だな」 「愛情には卑劣も何も存在しないっすよぉ」 しばし、サイモンとディックは火花を散らした。やがて、サイモンは立ち上がると、グレイスを抱きかかえる。 そして、ソファの端の方に座らせた。 「ディック・ハーション。僕は、君が好きではない」 「結構。そうこなくっちゃ、面白くないぜぃ?」 「――ディック。状況を理解しているか? リットは離脱し、僕らはたったの三人でグレイスを守らなきゃいけないんだぞ?」 「わかってるよ。お前よりわかっているかもしれないな」 急に真剣さを増したディックの態度に、サイモンも眉根を寄せた。 「俺も暗黒騎士として、修羅場なんてものは掃いて捨てるほどに経験してきた。その俺が言う。この状況は最悪だ。本来なら、死を覚悟すべき状況だろうな。 だが。だからこそ、感情に迷いがあっちゃいけない。現状、俺たちに迷う余裕はない。グレイスのために命を捨てるか、それともとっとと逃げ出すか。ふたつにひとつ。お前は、どちらを選ぶんだ。サイモン・エルファニアス」 しばし沈黙したサイモン。目を閉じ、ふー、と長く息を吐いた。 「答えは、『当然』だ」 「後悔しないかなん? 別に、お前はグレイスを守らなきゃいけないっていう義務はない。ここで討ち死にする理由があるわけでもない。なのに、残って死ぬつもりか」 「僕は、騎士だ。騎士たる者が、狙われるとわかっている女性を見過ごすわけにはいかない」 「それが、お前の理由か?」 「その通りだ」 ディックは、じっとサイモンの目に宿る光を見つめた。強く、輝いていた。 「なら、それでいい」 背もたれに体を預け、ディックは軽く背伸びした。 「ウィルとラウルも戻ってきたらしいなん?」 耳をすませると、彼らの話し声が聞こえてきた。声の調子からして、ウィルもまた、元気を取り戻してきたらしい。 「ん……」 「おっと。お姫様もお目覚めだなん」 ソファに座っていたグレイスは体を動かし、バランスを崩して床に倒れこんだ。 「ってぇ。あー、ここは、どこだ」 体を起こしたグレイスはきょろきょろと見渡す。その視線が、サイモンと重なった。 「サイ、モン? えーと、オレ、じゃねえ、あたし何してたんだっけ?」 「今から説明する」 ディックと目配せし、サイモンは重い口を開き始めた。 |