廃屋の外に出たグレイスは、まぶしさに思わず目を細めた。 「――ッ」 陽光は変わらず降り注ぎ、まるで何事もなかったかのようだ。しかし現実として、今もどこかで戦いは続き、血は流れている。 「んで、どこに行くんだ」 振り返ったグレイスの質問に、銀髪の騎士が答える。 「とりあえずはラブフランジェに戻るべき、だろうなん。先回りされている可能性もあるけど、協力が得られる可能性がある場所もあそこだけだかしにゃあ」 「他の騎士団の協力は得られないもんなのか? 今なら、どこだって魔族と敵対してるだろ」 「それは間違いないっすね。けど、俺たちは魔族側からすれば、最高級のターゲットなんだぜぃ? その俺らを引き入れれば、確実に魔族の攻撃は増す。そんな爆弾みたいなもん、どこが受け入れたがるかにゃ?」 「けれど、それを誰もが知っているわけではないと思うが」 ディックは口を挟んだサイモンに視線を移し、 「騎士団の情報網を甘く見ない方がいいぜぃ? それを差し引いても、たぶんリットが連絡しているだろうしなん」 「なんでだよ?」 「理由はいくつか。まず、それで俺らは強制的にリットの協力しか得られなくなる。あいつにしてみりゃ、俺たちが監視下にある方がやりやすいだろうからなん。 それに、他への被害をある程度まで食い止める事も可能だろん? 理由は不明だが狙われている人間がいる、となれば、そいつらを避ければ済む話だからなん」 「あいつ、そこまで性格ワリィか?」 「わからんっすね。俺は神聖騎士は信用していないからなん。常に最悪の可能性を考えるのが癖になってるんだ」 「……あたしは、リットを信じる」 「根拠は?」 「んなもんない」 きっぱりと言い切ったグレイスを見つめ、ディックは口元を緩めた。 「んー。グレイスがそう言うなら、そうしよう。けど、やっぱりラブフランジェに行くべきっすね。なにせ、ここから最も近い都市はラブフランジェなんだから。俺たちは、一刻も早く誰かと合流する必要があるっす。どうせあいつらとの戦いは避けられないなら、どこに行っても同じだしなん」 「なら、決まりだな」 「決まったのかー?」 たたた、と走ってきたのはウィル。その背後の地面には、紋様が描かれている。 「ウィル。魔法陣は?」 「言われた通りに引いたぞ?」 「すまない、ありがとう。これで、一気に召喚できる」 サイモンは背中の槍を引き抜くと、それを地面に突き刺した。 「盟約に従い、出でよ! サラマンドラ! コカトリス!」 途端、村中を光が走り抜ける。ウィルがサイモンの指示通りに描いた魔法陣が、力を発揮する。 そして、一行の目の前に、三体の幻獣が姿を現した。 「ラーマ、ダイン、手を借りるぞ」 「おう、相変わらずトカゲ使いの荒い奴だよな」 答えたサラマンドラ、全身に細かな傷が走っている。召喚された生物は一定時間が過ぎて戻った時、体の傷はある程度まで癒される。仮に命を失うような怪我をしても、元の場所に戻るだけだ。そんな召喚幻獣であるはずのサラマンドラが、これだけの傷を未だに残している。 それは、この前の戦いの激しさを、如実に表していた。 「ラーマ。最初にひとつ聞きたい。我々と一緒にいた神聖騎士はどうなった?」 「あの、リットって野郎か? すまねえ、何も見ちゃいないんだ。戦いに必死で、気づいたらあいつの姿が見えなくなっていた」 「……そうか」 サイモンが振り返ると、グレイスもまた、わずかながらに表情を暗くしていた。無理もない話だが。 「それでぇ、サイモン、今度は何をするんだ?」 「うむ、まずは――」 「その必要はない」 答えたのは、人でも獣でもなかった。 全員の視線が、森の中に集中する。その声は、騎士たちにとっては忘れようもない声だった。 木々をかき分け、現われたのは、白い影。 「見つけたぞ、グレイス・フェイリアー」 上級魔族のひとりである、名前も知れない男の姿だった。 「それで、彼はひとりで向かったのですか」 「そのようだな」 重厚な鎧を着込んだ男の隣を、軽鎧で武装した魔族の女が歩いている。その表情は険しい。 「ソフィ、何をそれほどまでに心配しておるのだ。心配せずとも、あやつはそうそうやられる男ではあるまい」 「誰も彼が倒れることなど心配しておりません。いえ、むしろ彼には倒れてくれた方がいいくらいかもしれません」 ソフィの言葉に、アルビスも眉をひそめる。 「言葉が過ぎるぞ」 「事実です。彼はアイザード様に忠誠を誓っているものの、隙があれば必ずや寝首をかくつもりでしょう。彼にとっては味方も敵もありません。あの男は、全てを喰らい尽くす。人も魔も、獣も竜も」 「……警戒し過ぎだ。あやつも魔族。魔王様に逆らうはずがなかろう。それに、あやつの部隊は可能な限り人間を殺していないようだが」 「アルビス、あなたこそ彼を甘く見すぎていませんか。わたくしは、彼を信じることはできません」 ふたりの間に沈黙が落ちた。破ったのは、女性魔族。 「――不本意ではありますが、わたくしも姫の捜索に向かいます。あなたも陸戦部隊を率いて捜索をお願いします。くれぐれも、彼の動向だけは見落とさないように」 「考慮しておこう」 重々しく頷く男を残し、魔族の女性は足早にその場を立ち去った。 白い魔族が指を鳴らすと、廃村を囲むように、あの人形のような兵士たちが姿を現した。 「すでに囲んだ。今度は逃がさん」 「悪いが、逃げさせてもらう」 グレイスを庇うように、三人の騎士が前に立つ。その中で、特に前に出たのは、サイモンだった。 槍を大きく構えた召喚騎士は、その瞳に覚悟を宿している。 「ディック。ウィル。グレイスを頼む」 仲間にしか聞こえないような小声で、サイモンは早口に話す。 「これから僕が命懸けで君たちを逃がす。神聖都市まで行ければ、どうにかなるだろう?」 「できるのか」 さすがのディックも、口調にいつもの余裕はなかった。 「僕を信じてくれ」 「……わかった」 ディックは力強く頷く。ウィルはサイモンを不安げに見上げ、しかし、何も言わなかった。 「サイモン。オレは、もう仲間を失いたくない」 静かな声。思わずサイモンが振り向くと、グレイスは悲しげに眉を寄せていた。 「大丈夫だ、グレイス。すぐに追いつく」 「本当、なのか」 「ああ」 目を伏せ、すぐさま召喚騎士は顔を上げる。 「僕は、まだ自分の感情に答えを出していない。グレイス。また会う時までには結論を出しておく。その時には、聞いてくれるか」 「――? ああ、いいけどよ」 それだけで、彼には十分だったらしい。口もとに喜びの感情が浮かぶ。 「それと、『オレ』はやめろ」 グレイスは、そっと首を振る。 「悪い、オレ、すぐに忘れちまうんだ。だから、また間違ったら正してくれよ」 「……ああ、いいだろう」 構えた槍を短く持ち直す。それで、彼の準備は整った。 「別れの挨拶は済んだか」 「親切だな」 「なに、こちらも時間稼ぎしたかっただけだ」 パチン、と再び指を鳴らす。途端、空が急激に明るくなった。 見上げれば、そこには光の枠。まるで檻のように、光が空を囲んでいた。 「これで、逃げられない」 「そうかな」 サイモンは槍をくるりと回すと、それで自らの腕を切った。赤々とした血が舞う。 鮮血に染まる槍先を見て、サイモンは薄く笑った。 「始まりだ」 くるんと槍を回転させる。血の軌跡が赤い円を描く。 「我が血を贄に、盟約を願う!」 円は複雑な紋様となり、空を埋め尽くす。それは、血の陣だった。 「頼むぞ、クシュタール!」 血の陣が揺れる。長い長い咆哮が空に轟く。 「なッ――!」 現われたのは、巨大な竜だった。背の翼を大きく広げるその様は、圧倒的とも言えるほどの迫力があった。 「こいつ、は、あの時の竜種!? 貴様、従えていたのか!」 「グレイス! 乗れ!」 ディックとウィルは素早く竜の背中に乗った。グレイスは一瞬のためらいを見せたが、結局、竜の広い背に飛び乗る。 「くそ、逃がすな!」 魔族が叫ぶのと、 「クシュタール! 後は頼む!」 竜の巨体が浮き上がるのは同時。 光の檻を翼の一振りで強引に打ち払うと、竜はそのまま大空に飛び立った。 その姿を横目に見送りながら、サイモンはさらに槍を振り回す。 「出でよ、我が盟友! ラーマ、ラウル、ダイン! 遠慮はいらない、全力でぶちかますぞ!」 彼の叫びに答えるように、鮮血の魔法陣から幻獣たちが姿を現す。 サラマンドラのラーマ。コカトリスのダイン。そして、ヒッポグリフのラウル。彼を守る、彼の友人たち。 「おうおう、んだよ、また修羅場かぁ!? サラマンドラ扱いの悪い野郎だぜ!」 「これは、なかなか」 「とうとうこうなってしまいましたか。いずれは、なると思っていましたが」 サイモンを庇うように、幻獣たちが三方を囲む。その少し離れたところには、すでに人形のような兵士たちが並び立っていた。 そんな、危機の中心にあって、しかしサイモンは敵を見ていなかった。遠く離れてしまった、愛すべき仲間を見つめている。 「……生きろよ、グレイス。僕は僕にできる限りを尽くして、君を守ってみせる」 「ひゅー、カッコいいねぇ。惚れちまいそう!」 「ラーマ。あなた、オスでしょう」 「気にするな。こいつのふざけた態度はいつものことだろう」 「あぁ? ダイン、ひどくね?」 「事実ですね。それより、ほら、皆さんがお待ちのようですよ」 囲む兵士たちは、すでに手に手に武器を構え、今にも襲い掛かりそうな気配だった。じりじりと、包囲網も狭まっている。 「――すまないな、こんな戦いに巻き込んで」 「何をおっしゃるのですか。貴方様をお守りすることこそ我が本懐。命に代えても、一瞬でも長く生きていただきます」 「そうそう、気にすんなって! ケンカと結婚は派手な方がいいんだぜぇ!」 「我々はお前と過ごした時間を誇りに思っている。お前は欠片たりとも気にする必要はない。我々が勝手に戦うのだからな」 自然と、サイモンも苦笑を浮かべていた。本当に、良い仲間を持った。 「まったく、素直じゃない仲間ばかりで困るね」 「へっ! テメエが一番じゃねーか!」 「ふん。さあ、行くぞ。サモンナイトが世界最強であると! 魔族たちの体に刻んでやれ!」 返答は、獣の雄叫びだった。 |