荒れ果てた大地に、無表情の兵士たちが展開している。彼らは全員、こちらを無感情に見つめていた。
「割と守備がいるな」
 遠目に見ながら、クルートは首の骨を鳴らす。
「イシュキール、パリティ。ど真ん中を抜く。お前らは左右に展開しろ」
『大丈夫なのね?』
 風に乗ってパリティの声が届く。近距離専用の通信術と聞くが、獣の力なので、具体的なことはクルートにはわからない。
「大丈夫かどうか、じゃないだろーがよぉ。ったく、こんな面倒なことに巻き込みやがって。しっかり報酬は払えよ」
『木の実くらいならあげるわ』
「いらんわ、ボケ」
 ナイフを抜き、クルートはいっぱいまで空気を吸い込んだ。
「行くぞぉ! 全軍、突撃!」
 ルオオオオオオオォォォォォォ――!
 竜の、獣の咆哮が空に轟く。
 ナイフに小さな炎を走らせながら、クルートは小声で独り言を呟いた。
「姉御、ご無事で」
 彼の乗る竜が大きく羽ばたき、敵陣めがけ、飛び込んだ。

 城の中央にある尖塔の上に降り立ち、グレイスは振り返る。
「すまねぇ、ありがとう」
 グル、と飛竜は小さくうなり、自身も戦線に加わるべく飛び立つ。
 それを見送る暇も惜しむように、グレイスは下を見下ろした。
 屋根の上にいる以上、おそろしく高く感じる。実際、転げ落ちれば死ぬ高さだろう。城の中から何人かの魔族兵が出ていくのが見えた。
「んで、こっからどうやって侵入するんだい、グレイス」
「どうせオレがアイザードに会いに行くことはバレてんだ、こっそり行ったってしょうがねえ。思い切り派手に行こうぜ」
 言って、グレイスはウィルに目配せした。ウィルもまた頷き、背負う斧を手に握ると、ぎりぎりまで振りかぶる。
「せーの!」
 ブン、と振り下ろされた斧が、石で作られた屋根をぶち抜いた。ゴン、というものすごい音が響き、もうもうと煙が立ち上る。
「……アタイもさ、他人の家に盗みに入ったことはあるけど、屋根をぶっ壊したのは初めてだよ」
「いろいろな経験ができてよかったじゃねーか」
 平然と言い放ち、グレイスとウィルは屋根に空いた穴に飛び込んだ。
 はあ、とため息をつき、ミスティアも後に続く。
 入ったところは石造りの長い廊下だった。何を考慮したのか、やけに広い。ここで戦うことさえできるだろう。
 この城のどこかに、アイザードがいる。
「で、どっちに行けばいいのかわかるのかい、グレイス」
「ああ、こっちだ」
 グレイスは廊下の一方向を指し、さっさと駆け出した。その先を追い越すようにウィルが、後ろをミスティアが続く。
「どうしてわかるんだい。来たこともないのに」
「感じないんだよ、あいつの気配」
「感じないんじゃダメだろ?」
「いや。感じないのが変なんだ」
 ふと気がつけば、グレイスの周囲をあの濃密な気配が覆っている。混沌の持つ、あらゆる力の根源である気配だ。
「こんだけ近くにいれば、アイザードの気配が伝わるはずなんだ。感じ取り方もパリティに習った。なのに、まったく感じない。いや、感じ取れない場所がある」
「なるほどね。つまりは魔力を遮る壁か何かを用意して、その向こう側にいるってわけか」
「ああ。そっちに行けば、絶対にあいつに会える」
「そういうわけにはいきませんね」
 ぴたり、と三人の足が止まる。
 彼らの前には、ひとりの女性魔族が立っていた。ライトメイルに身を包み、手には細身の剣を持った、鋭い眼光の参謀が。
「ソフィ・レポーティアです。あなたがたの流儀に従うと、名乗らねばいけないのでしたね?」
「ウィル。ウィル・ヴァイスティアだ」
 ずい、とグレイスとソフィの間に割り込んだのは、ウィルだった。小さな体と、比すれば大きすぎるほどの斧が強い威圧感を放つ。
「お前の相手は、オイラだ」
「そういうわけにも参りません。あなたがたをアイザード様のところまで通すわけにはいきませんので」
「こっちは、そういうわけにもいかないんだ」
 正面を向いたまま、ウィルは意識を後ろに向ける。
「グレイス! 先に行ってくれ」
「オッケー、任せた」
 ふ、と口元を緩めながら、ウィルは斧を構える。
「せえい!」
 先ほどと全く同じ。
 床板を全力で叩くウィルの一撃は、石壁など容易に吹き飛ばし、大穴を開ける。
「んじゃあ、また後でな!」
 その穴にグレイスとミスティアが消えたのを確認し、ウィルはソフィに向き直った。
「あなただけでわたくしと止められるとお思いですか」
「止められるかどうかじゃない。止めなきゃいけないんだ」
 小さな騎士は、明らかな格上を前に、しかし一歩も引いていない。
「じいちゃが言ってた。騎士なら、一人前の騎士なら、本当に好きなものを守るために力を使えって。オイラ、グレイスが好きだ。グレイスを守りたい。だから、オイラの命で、お前を引き留める」
「――なるほど。覚悟の量ではわたくしに引けを取らないようですね」
 頷き、ソフィもレイピアを構える。
「ならば、早々に終わらせましょう。勝者が愛する者の手助けに行く。簡単なルールでしょう?」
「ああ。そのくらいわかりやすい方がいいな!」
 ダン、と足を鳴らし。
 両者は激突する。

 煙を振り払い、ミスティアは涙の浮かんだ瞳をグレイスに向けた。
「グレイス。あんた、無茶って言葉は知ってるかい」
「どっかに忘れてきた。なんだっけそれ」
「……聞いたアタイがバカだったよ」
 上階と同じ造りのやけに広い廊下だ。まっすぐ続く廊下は、途中で右に折れる角がある。
 グレイスは耳を澄まし、
「誰か近づいてきてるな」
「そうだねぇ……、あんだけ大きな音を立てれば衛兵も来るよねぇ……」
「ぐ。悪かったな。ともかく、雑魚なら関係ねえ。斬り抜けるぜ!」
 剣を構えつつ駆け出そうとするグレイスを遮るように、ミスティアが前に立つ。
「バカを言わないでおくれよ。あんたは大将戦専用の切り札なんだ。雑魚の露払いはアタイがしてやるよ」
「お前にそこまでやれんのかよ。相手は本物の軍人だぞ?」
「バカぁ言うなよ。アタイを誰だと思っているんだい。アタイは、神聖の軍人リットのダンナを相手に逃げ回った盗賊だよ?」
 両手にナイフを握り、重ね合わせる。
 右手に炎。左手に水。
「時間もないからね、さっさと煙に巻くよ」
 ルーンが効果を組み合わせ、白い蒸気が廊下を覆いつくす。それは、曲がった角の先まで。
『うおっ!?』
『や、野郎、火でも放ちやがったか!?』
『バカ、ドラゴンが来てるんだ! 火事のひとつやふたつでゴタゴタぬかすな!』
 敵兵の声は、案外と近くから聞こえる。それも、徐々に近づいてきている。
「はん。そいつが煙に見えた時点で、あんたらは論外だよ」
 さらに別のナイフを重ねながら、ミスティアはルーンを解放する。
「アタイの作る霧はね……、電撃を導くのさ」
 バチン、と弾ける音と光が走る。ほぼ同時、三つの悲鳴が重なり合った。
「わかったかい、グレイス。これが盗賊のやり方さ」
「楽で助かるよ、ミスティ」
 ミスティアはパチパチと目をしばたかせ、
「なら、行くよ」
 にやりと笑って、共に駆け出す。
 目指す先は、魔王の待つ間。

 その男は赤絨毯の敷かれた部屋の最奥で、丁寧な彫刻が刻まれた椅子に座っていた。
「……合わねぇ。こういうの」
 鞘に収めたままの剣を床に突き刺すように置きながら、アイザードはイライラとした調子で待っている。
「おい、ラジール。なんでオレが動いちゃいけないんだ。オレならドラゴンの十匹や二十匹、問題なく潰すぞ」
「アイザード様。あなた様は我らの将、最も倒れてはならない最後の砦でございます。なに、雑魚はお任せ下さい。アイザード様は、グレイス・フェイリアーを」
「グレイス、か」
「ええ。あの小娘を倒すことができるのはアイザード様だけですから」
 ラジールの言葉に、アイザードは顔を伏せる。
「なあ……、やっぱ、倒さなきゃいけねーよなぁ」
「当然です。彼女が生きている、それだけでこれだけの争いが起きている。今まで多くの兵も死にました。これ以上、死者を増やすわけにはいきません。
 向こうが攻め込んできたのはむしろ好都合。彼女を殺し、全ての因縁に決着をつけるのです」
 言うだけ言うと、ラジールは背中を向けた。
「どこに行くんだ」
「もちろん、アイザード様の代わりに雑魚を狩ってくるのですよ」
 白い魔族は、王座の前を去る。
 何の迷いも見せることなく。