迫る剣をしゃがむようにしてかわし、そのまま突っ込む。
「ふっ!」
 息を吐きながら腹に拳を突き刺す。よろめいたところで、もう片方の手に握るナイフを相手の足に突き刺した。
「悪いね!」
「ぐあっ!?」
 バン、と肉が爆ぜる。
 欠けた足を抱え込むように男は倒れこんだ。立ち止まる暇はなく、ミスティアは後ろに跳ぶ。
「ッ!」
 直後を、炎が過ぎた。それを水で相殺し、突撃。もうひとりの兵士と切り結ぶ。
「剣にナイフで立ち向かうつもりか!」
「んなわきゃないだろ、バカかい?」
 ナイフのルーンが輝き、風を生み出す。渦巻く突風はお互いをよろめかせる。
 だが、兵士の背後には、ナイフが突き刺さっていた。
「そいつは時限式だよ」
 振り向く暇もあればこそ。
 弾けた壁の建材が男の背中を叩く。うつむきかけるその顔をめがけ、ミスティアの蹴りが突き刺さった。
 倒れる兵士。それを見下ろし、すぐさまミスティアは駆け出す。
「参ったねぇ、グレイスとはぐれちまったよ」
 あちこちの曲がり角やら廊下やらで出会う兵士を倒し、逃げ、かわし続ける間に、グレイスとはぐれてしまった。ひとり、ミスティアは当てもなく駆け抜ける。
「白い魔族ってのと戦ってなきゃいいんだけど、ね」
 見つけた階段を飛ぶように降りながら、ぽつりと呟いた。

 ウィルの振るう巨大な斧を下がってかわし、生まれた隙を見逃さぬよう、ソフィは細身の剣レイピア片手に飛び込む。
 極端な接近戦に、ウィルはうまく斧を取り回すことができていない。軽い身のこなしと小柄な体を利用し、なんとかソフィの攻撃をさばく程度だ。
「あなたの武器は巨大な斧。ルーンの力で肉体の能力を補佐しているようですが、逆に近接格闘インファイトには弱い、という欠点があります」
「たいしたもんだ。オイラのこの武器を見て、そこまで懐に飛び込む勇気なんてふつーはないぞ」
「今さら怪我することを恐れてはいませんので。あなたも混沌の守護騎士。無傷で勝てるとも思っていません」
 それは、強い覚悟。傷を負ってでも相手を倒すという強い意志があるからこその攻撃手段。大きなメリットの裏に、大きなリスクが存在している。
「いいな。そういうの、オイラは大好きだ」
「そうですか。わたくしも、あなたの覚悟はひとりの戦士として立派なものだと思います」
「けど、助けに行けるのは、どっちかだ」
「ええ。ですからさっさと死んでくださいませんか」
「悪いけど、オイラは殺されるつもりはないぞ」
「ならば、その覚悟もろとも殺すだけのことです」
「させ、ないぞ!」
 強く飛び跳ね、後ろに下がるウィル。と、ソフィの顔に微かな笑みが浮かんだ。
「逃がしません!」
 ソフィの姿が揺らぎ、消える。同時にウィルは斧を後ろに向かって振り回した。
「残念、こちらです」
 後ろから、すぐさま前へ。
 ウィルの目の前まで空間を渡ったソフィは、レイピアを突き出す。
 紙一重、ウィルは身をひねって必殺の一撃をかわした。
「やりますね。まるで動物と戦っているかのようです」
「間違いじゃないな!」
 力任せの振り下ろす一撃を、ソフィは瞬間移動でかわす。
「それがお前の魔法か!」
「ええ。我がレポーティア家に伝わる独自術式です。諦める気になりましたか?」
「……いや。やる気が出た」
「残念ですね」
 ソフィが再び姿を消す。その瞬間、ウィルは斧から手を離した。
 巨大な斧が地面に落ちるよりも早く、思い切り跳ねる。高い天井にぶつかる勢いで飛び跳ねたその直後を、鉄色が過ぎる。
「――ッ!」
「ソフィ、それは無駄だ。お前の魔法は、消えてから攻撃するまで間がある。オイラなら、その間に動いてかわすことができる。
 消えている間のオイラの動きをお前は見えていない。だから、正確に狙うこともできない。そんな剣じゃオイラは倒せない」
 天井の建材につかまりながら、ウィルは敵を見下ろす。ソフィもまた、剣を手に敵を見上げる。
「ですが、あなたの攻撃をかわすくらいの余裕はあります。わたくしもまた、あなたの攻撃なんて当たりません」
「つまりは、どっちも決め手に欠けるってわけだな」
「そういうことになりますね」
 そこまで言って、ウィルはにやりと笑った。
「なら、オイラの勝ちだ!」
「ほう? それはどういう意味ですか」
「そのまま、だぞ!」
 ぐっと、建材を握る手に力をこめる。
「な、まさか……? や、やめなさい!」
 笑顔そのまま、ウィルは端的に答える。
「嫌だ」
 建材が、砕けた。
 ほとんど同時に柱を蹴り抜き、打ち崩す。天井がぐらりと揺れた。
「なんてことを!」
 天井が崩れ落ちる前に、ソフィは魔法でその場から逃げた。揺らぐ空間から現われたソフィは、息も荒いままに廊下を見据える。
「なんていう、強引なことを……。城を崩すつもりですか!」
「いいや。あんなので崩れるわけないだろー?」
 ソフィの目の前に立つウィルは、彼女の両手をつかんだ。女性魔族であるソフィの力では、ウィルを強引にねじ伏せることはできない。
「ようやくつかまえた。もう逃がさないぞ」
「そう、思いますか?」
「空間を渡って逃げられるとか言うつもりなら、さすがのオイラもそんな嘘には騙されないぞ」
「……ッ!」
 いたずらを見抜いた子供は、嬉しそうに敵を見上げる。
「お前は剣や服は一緒に渡ってる。けど、それを細かく決められるんなら、別にオイラと切り結ぶ必要なんかないだろ? オイラに触れながら、腕でも足でも持っていっちゃえばいいんだ。そうされたら、オイラには何もできない」
 ソフィは黙り込む。その真意は言わずとも伝わる。
「つまり、お前の魔法は『触れているものも一緒に連れて行く』能力なんだ。だから、オイラに触れることはできない。そうしたら一緒に連れて行っちゃうから」
 今、ウィルはソフィの両手を直接、触っている。仮にウィルが正しければ、これでは逃げようがない。
「それが正しいと、本当に思いますか?」
「思うぞ。違うなら、逃げてみろ」
 沈黙。やがて、ソフィは深くため息をついた。
「あなたも、意外と考えて戦うタイプだったんですね。想定外でした」
「いつもはしないぞ。今日は特別だ」
「ほう? それは何故ですか」
 問われ、ウィルは素直に返す。
「だって、オイラがディックの代わりだからな。ディックは色々と考えてた。だから、オイラもそのまねっこだ」
「――そんなもの、一朝一夕で可能なことではありませんよ」
 戦いの中で、相手の小さな挙動、そのひとつひとつの意味を考える。それは、多くの経験と勘がなせる高位の業だ。
 本物の獣に等しい少年を見ながら、ふと、ソフィは呟く。
「だから、わたくしたちは負けるのかもしれない」
「え?」
「なんでもありません。それより。あなたはこれから、グレイスの助太刀に?」
「おう。グレイスを守るのはオイラの役目だ」
 何の迷いもためらいもなく。
 少年は、思ったままを口にする。それは、彼にとってはしごく当然のことで。
「……」
 それが、彼女の心に響く。
「あなた、名前は」
「ウィル。ウィル・ヴァイスティアだ」
「では、ウィル。あなたに見せたいものがあります。わたくしを信じて、ついて来ますか?」
 きょとん、とソフィを見上げたウィルは、しばしそのまま硬直した。
 長いような短いような時間の後、ウィルは小さく頷く。
「わかった。案内してくれ」
「聞いておいてなんですが、信用していいのですか? 罠の可能性は?」
「目を見てれば、なんとなくわかる。お前、いいやつだ」
 今度はソフィが呆ける番だった。やがて、口元に微笑を浮かべる。
「あなたたちの強さは、わたくしたちとは別個のものなのですね」
「そうか? オイラ、お前はオイラたちと似ている気がするぞ」
「あるいは、そうなのかもしれません」
 ウィルは手を離す。そうして、敵と敵は肩を並べた。
「これが正しいことなのか、間違ったことなのかはわかりません。
 ですが……、わたくしは、アイザード様をお守りするためなら、どんな作戦も選ぶつもりです」
 敵地の中を進む両者。
 互いがその中に何を見出したのかは、知れない。