見つけた曲がり角を右に。そのまま、まっすぐ。
 ひたすらに走り続けた先に、その扉があった。
「……ここだ」
 大きな扉だ。見上げるほどに大きな木製の扉は、丁寧な彫り物がなされている。頂点に王の姿。その下には多くの民と兵士が、王の姿を見上げている。
「それじゃあ、ダメなんだよ」
 苦しげに眉を下げ、グレイスは両手で扉に手をかけた。
 ぐっと、両手に力をこめる。
 ゆっくりと、軋みながら扉が開き――王座が姿を見せた。
 広い王の間はガランとしている。あるいは、あまりに大きなこの空間に、たったひとりの男しかいないせいかもしれない。
「よう。久しぶりだな、グレイス」
 待ち構えていた男は、椅子からゆっくりと立ち上がった。
 双剣を腰に差し、魔王は待ち構えていた。
「アイザード……」
「いやあ、たいしたもんだぜ、お前。結構、あちこちに兵士が配備されていたと思うんだけどな?」
 ふるふると首を横に振り、グレイスは魔王を見つめる。
「オレさ、お前に会ったら言いたかった事、たくさんあったんだ。けど、なんでだろうな。お前の顔を見ちまったら、忘れちまったよ」
「そうかい。実は、オレもそうだ」
 アイザードの顔には優しい笑みが浮かんでいる。それは、外での戦いが幻だと思わせるような、暖かいものだった。
 あるいは、それが彼の願いなのかもしれない。
「遠いところまで、来ちまったな」
「んで、それが宿命だ」
「そうかもな」
 まったく同時に、お互いに剣を引き抜いた。金属のすれる無機質な音が響く。外の音は厚い壁のせいか、あまり聞こえなかった。
 その空間は、まさに異質な空間だった。そこだけが、別世界と思えるほどに。
「さて、と。そろそろ、終わりにしようぜ。グレイス」
「ああ。そんで、これが始まりだ」
 互いに、剣を構える。
「グレイス・フェイリアー。混沌騎士カオス・ナイト
「アイザード・フレイワー。魔王だ」
 しん、と一瞬だけ部屋を静寂が覆った。
「終わらせて、笑おうぜ」
「一方だけだが、な!」
 吐き出す気合と共に、アイザードの刃から魔力が解き放たれる。鋭利な魔力を、グレイスは軽く横にかわした。
「お前は力を手に入れた! そいつを、見せてみろ!」
 両手の剣を交差させ、アイザードは吼える。
「闇魔の共演だ!」
 両の刃を振りぬく。
 ななめに交錯した魔力と暗黒の刃が、床を削りながら迫る。
 グレイスはかすかに笑みを浮かべ――剣を突き出す。
 ふたつの形なき刃が交錯する地点に、グレイスの剣が刺さる。
「……!」
 その瞬間、刃は共に消えた。まるで、剣に吸い込まれるように。
「リット・ホーリビス」
 グレイスの口が、仲間の名前を紡ぐ。
「神聖の力」
 お返しとばかりに、今度はグレイスが刃を振るう。
 ゴッ、と空気が弾かれ、アイザードの放った魔力刃を重ねた巨大な刃が生み出された。それが、同じように床板を砕きながら迫る。
「ちッ!」
 横に跳んでかわしたアイザードのいた場所を、巨大な刃が駆け抜けた。椅子が粉砕し、壁さえ消し飛ぶ。ドン、と部屋が揺れた。
「ウィル・ヴァイスティア」
「うッ――!」
 その眼前に、すでにグレイスは追いついていた。
「狂獣の力」
 振り下ろす剣を、アイザードは両剣で受け止める。力では劣っていなかったはずだが、それも徐々に押し込まれた。
「な、めんなぁ!」
 至近距離。そこから、アイザードは魔力波を解き放った。
 パン、と小さな爆発が弾ける。互い、距離を置いた。
「サイモン・エルファニアス」
 グレイスは滑るように下がりながら、剣を回す。
「召喚の力」
 剣の軌跡が陣を描き、そこから光が生まれた。
 光はジグザグに、でたらめな動きでアイザードに迫る。
 アイザードはすぐさま暗黒剣を床に刺し、前方を意識しながら力を放った。
 黒い魔力が、アイザードの前に壁のように展開する。闇と光が激突した瞬間、両者が弾けて消えた。
光雷の化身ウィル・オ・ウィスプか! んなもん、どこで知り合ったんだぁ!?」
「聞くまでもねーだろ」
「……はは、そりゃそうか! お前は竜と獣を連れて来たんだもんな!」
「そういうこった。ついでに、最後の力も喰らっとけ」
 顔の横で剣を構え、グレイスは強い笑みを浮かべた。
「ディック・ハーション」
 刃に、黒いルーンが浮かび上がる。
「暗黒の力!」
 力が、放たれる。
 グレイスの放つ黒刃。それは、アイザードが放つものとは比べ物にならない大きさだった。刃の先端は天井を削り、末端は床板を削る。
「いっけぇ!」
 巨大な刃が、アイザードに正面から迫った。
 受けるわけにはいかない、圧倒的なまでの衝撃。考え、アイザードが横に飛び出した瞬間、
「!」
 黒刃を追うようにして駆けていたグレイスと目が合った。
 再び、グレイスの剣とアイザードの剣が交差する。
「受けるな、かわせ。オレが教わった言葉だ」
 刃が黒いルーンを描く。後ろに下がろうとするアイザードだが、させまいとグレイスも前に出る。
「足を止めたら、その場所ごとぶっ飛ばされるからな」
 至近距離で、巨大な爆発が部屋をえぐった。

 走り続けていたミスティアは、ふと足を止めた。
「……なんだい、ここ」
 いつの間にか、窓もない薄暗い廊下に入ってしまっている。先ほどまでは魔族兵の姿もあったが、ここには敵の姿がまったくなかった。気配さえない。
「外に出たの、か」
 可能性を口にしつつ、慎重に歩みを進める。敵の本拠地そのものである以上、トラップがあるとは考えにくいが、それでも安全とは限らない。
 なおも奥に進むと、扉と、曲がり角があった。
「行き止まり……?」
 廊下を曲がった方向には何の変哲もない石壁があるだけだ。ミスティアは扉の前で、ふむ、と考えてみる。
 と、何を思ったのか、行き止まりの方に足を進めた。そのまま、壁を調べだす。
「――大当たり」
 壁の一角に手をやったところで、ミスティアはにやりと笑った。
 そこを、押し込む。と、目の前の石壁がせりあがり、奥に黒い道がぽっかりと穴を開けた。
「隠し通路とはね。そこまでして隠すもんって、なんだろうねぇ?」
 くすりと笑って、ミスティアは暗い部屋に足を踏み入れた。
 周囲にあるたいまつに火をつけ、部屋を照らす。ざっと見回すと、そこは研究室のような趣だった。
 さして広くもない部屋には机が所狭しと並べてあり、その上には何かの薬品がこれまた落ちそうなほどに乗せてある。何の薬であるのかわからない以上、うかつに触れることもできない。
「こんなところを、どうして隠すんだろうね?」
 部屋の中をぐるりと回ったところで、ミスティアは気づいた。
「奥に、まだ部屋があるのかい?」
 薄暗いせいで見落としそうになってしまうが、部屋の片隅に小さな扉があった。腰をかがめなければ入れないであろうその扉を足でつついてみると、何の抵抗もなく開いた。こちらには鍵のようなものはかかっていないらしい。
「なら、好都合だよ」
 隠し部屋の奥の部屋。そこに入ったミスティアは、同じように炎を放ち、そして――立ち並ぶ光景に驚いた。
「これ、は……」
 倉庫のような広い空間。そこに立ち並ぶのは、
 白い、白い繭。
 蝶とも蛾とも取れる白い繭がずらりと立ち並ぶ。それは、今までの光景とはあまりに違う、奇妙な景色だった。
「こいつは、一体?」
 繭に近づき、触れてみる。暖かな感触が伝わってくる以外は何もわからない。
 不思議に思ってさらに調べようとしたミスティアの足が、止まった。
「教えて欲しいかな。それが何か」
 ミスティアは、ゆっくりと振り返る。
 部屋の入り口。小さな、狭い扉の前に、その男は立っていた。
 揺らめくたいまつの炎が、白い影を照らし出す。
「君を歓迎しよう。侵入者」
 ラジール・ホワイティア。
 白い、魔族。