剣を構え対峙したグレイスは、驚愕に目を見開いた。
「こりゃ、すげえ……」
 三対の光の翼。肉体そのものさえ光に変え、今まさに、ラジールは正しく光となっていた。
「アイザード。あれ、なんだかわかるか」
「――ああ」
 どこから現われたか、少女の隣に浮かぶ魔王。その表情は苦々しげで。
「魔力の暴走、ってヤツだ。オレたち魔族は生まれながらに魔力を持っている。言っちまえば、オレたちにとって肉体は魔力の器だ。ありゃ、器を自分でぶっ壊したんだよ」
「じゃあ、あいつはもう?」
「ああ。戻れない。今のあいつは魔力の塊。オレたちが魔法を使うたびに練り上げて制御している魔力をそのまま放出してるんだ」
「弱点とかは?」
「ない。力で正面突破、それしかないな」
 アイザードはちらりと自分の剣を見やり、
「まあ、まずはオレがやってやるよ。見てな」
「どうせなら一緒にやろうぜ?」
「そういうわけにもいかねーっての。突破するための攻撃は重ね合わせじゃない、お前がひとりでひねり出す必要がある。お前はそれをぶつけるタイミングを見計らってろ」
 すっと前に出たアイザードは、背中で語る。
「いいか、グレイス。隙を見つけたらオレごとでいい、やれ。でないと、マジでこの島にいる全てが吹き飛びかねないぜ」
「……考えといてやる」
「考える暇、ないぜ」
 返事は待たず、魔王は飛び出した。
 光となったラジールは、特に武器も持たぬまま、同じように飛び出す。
「はッ!」
 魔力を伝わらせた剣を横薙ぎに振るう。対してラジールは、軽く左腕でガード。
 ガツン、というにぶい衝撃が、刃を通してアイザードに伝わった。
「ちっ、そらよぉ!」
 続き、暗黒の剣を肩に振り下ろす。それもまた、何もしていないのに、ガツンと衝撃しか伝えられなかった。
「だったらこいつで、どうだァ!」
 零距離魔力放出。
 建物なら軽く消し飛ばす一撃を受け、しかし光は無傷。
 瞬間、アイザードは剣を前にしつつ引いた。そんな彼に、一対の翼が襲い掛かる。
 閉じた翼をただ開く、それだけの攻撃。その直撃を受けたアイザードは、飛びのく勢い以上に吹き飛ばされた。
「おっと!」
 殺しきれない勢いをグレイスが代わりに受け止める。キャッチしてもらい、アイザードは苦笑。
「ああ、ワリィ」
「なんだよ、あいつ。どうして何もしてないのにあれだけの攻撃や防御ができるんだ」
「あれが魔力の塊ってことなんだよ、グレイス」
 魔力を練り、組み上げ、魔法として打ち出す。それらは全て、魔力を効率的に、正確に打ち出すための技術でしかない。
 高い魔力を持つ者は、ただ打ち出すだけで強い武器ともなりうる。まして、魔力そのものとなったラジールは、全身がすなわち至高の防具であり、武器でもあった。
「わかったろ、魔力解放がどんだけデタラメな強さか」
「ああ、少しだけな」
 ずい、と前に出たのはグレイス。
「後はもういい、オレに任せろ」
「……オレの話、本当に聞いてたか?」
「聞いたぜ? だからオレがやるんだろうが」
「だーから! お前が体力を無駄使いしてどうするんだよ! あいつは全身が防具なんだ! お前の全力の暗黒でさえ突破できるかわかんねーんだぜ!?」
「それこそバカだろ、お前。別に突破する必要なんてないだろ」
 は、とアイザードの眼が点になった。構わず、グレイスは続ける。……あるいは気付かず。
「器をぶっ壊したからあんな風になってるんだろ? なら、器に入れてやりゃいいんじゃねーか。それで万事解決だ」
「な、ちょ、無理だぞそれは! 器ったってものの例え、実際は本物の肉体だ! それをあいつが吸収しちまった今、代わりなんざ用意できるわけないだろ!? 死体じゃ駄目だ、本物の体が必要なんだぞ!」
「たとえばよ。あいつの魔力を、それ以上の力で包んでやったらどうなる」
「は……?」
 だからよ、とグレイスは続ける。ラジールの隙をうかがいながら。
「オレの暗黒であいつを包む。そうすりゃなんとかなる、ような気がする」
「気がするって、お前な」
「いいから、オレに任せとけって。今ならなんだってできる気がするんだ」
 黒いルーンが輝く刃を握り締め、グレイスは不敵に笑う。
 あるいは、本当に敵などいないのかもしれない。
「行くぜ、ラジール。壊すだけじゃない力ってのを、見せてやるよ!」

 静寂。それは一瞬の出来事。
 グレイスは爆発したかと思うほどの勢いで飛び出し、そのまま剣を振り下ろす。策も何もあったものではない、でたらめなまでのただの斬撃。
 当然、そんなものはラジールにとって避けるまでもない。正面から腕で受け止め、軽く弾き返そうとする。
「っせぇ!」
 その直前、タイミングを合わせ、暗黒の力を解き放つ。志向性を持つ初歩的な一撃、序曲。
 アイザードの放った押し潰すような魔力と違い、ただ一方向にしか進まない衝撃はラジールを弾く。そのせいで、彼の反撃は宙を切った。
 仕方ないとばかりに、ラジールは翼を広げる。どこまでも大きくなるそれは、容易くグレイスの周囲を取り囲んだ。
「まだまだぁ!」
 破曲。周囲を吹き飛ばす力の奔流は、閉じかけた翼を強引に押し返す。
「そこだぁ!」
 全ての翼が動きを止めた刹那、グレイスは渾身の力を刃に伝わらせる。
 理論は知らない。ただ、感覚だけでより強い一撃を望み、実際にそれを起こす。
 急曲。暗黒騎士の中でそこまで至れた者がどれだけいただろうか。それを彼女は、何の理屈もなく実現させてしまう。
 目には見えない、けれど全身で感じ取れる衝撃がラジールの体を引きちぎらんと迫る。一方で、ラジールもまた力の塊。
 両手を前に、全身を震わせるようにして魔力を放出する。体勢によってベクトルを得た力は、グレイスが放った暗黒の究極と正面から激突した。
 ゴッ、と空気が爆ぜる。まるで竜の息吹でも吹き荒れたかのように、暴風が空を凪いでいく。
「――!」
 嘘だろ、という言葉さえ風に飲まれた。
「あー、やっぱ強いな、あいつ」
 あれだけの力を使い、さすがのグレイスも息が荒くなっている。だが、逆に言えばそれだけとも言えた。
 対するラジールに至っては、息さえ乱していない。もっとも、息をしているのかどうかは疑わしい。
「化物かよ……」
 大半の魔族をしてそう言わしめる魔王さえもが、ふたりの戦いに驚愕していた。
 これは、次元が違いすぎた。
 本来なら、急曲を使えた時点でグレイスは常識外と言える。いかに才能があろうとも、どうすればいいかをまるで知らないで力を使っているようにしか見えない。なのに、力そのものは正しく発動している。
 これでは、真面目に努力をする者たちは何だと言うのか。
「……なるほどね。確かにこりゃ力を制限されるわけだよ」
 混沌の力とは、これほどのもの。
 ルールも努力もあったものではない。ただ、道を外れた者を削除するためだけの力。ゆえにこそ、誰にも負けない強さがある。それは、生まれながらに強いとかそういった話ではない。
 生まれながらにして、敵がいない・・・・・のだから。
 その点、アイザードはまだまだ。混沌の力を理解はしているが、使いこなすには至っていない。あるいは、それが分相応といったところなのかもしれないが。
 頭を振って考えを追い出し、アイザードは耳打ちする。
「んで、グレイス。方法は見つかったのかよ」
「いや、さっぱり」
「ってあんだけやっといてそれかよ!?」
「いやー、なんかこう、もうちょっとって気がするんだよ。もうちょっとで、掴めると思うんだ。何かこう、暗黒の力ってこういうもんじゃない気がするんだよ」
 それはそうだろう、と言いたくなる。理論無視なのだから。
「……暗黒の力ってのは、敵を、世界を、自分を否定するもんだ。溺れるなよ」
「自分を、うん、自分を否定か。そりゃ、自分がなきゃ世界もクソもねーわな」
 今までの暗黒は、そこで止まった。それ以上は見出せなかった。それもそのはず、自分まで否定してしまえば何も残らない。
「残らない? 本当にそうなのか?」
 グレイスは、考える。
 敵。確かに戦う相手、その思想は理解できない。だからそれを潰したい。
 世界。人々の住む世界は好んでいても、争いの起こる世界は好きではない。そんなものがあるならそれを潰したい。
 自分。無力な自分など論外だ。そうなる可能性は全て潰したい。
 そして、その先。
「力のある自分で、バカみたいな考えのヤツをぶん殴って、争いをなくして……」
 その、先とは。
「そう、なくすだけじゃ駄目なんだよな。その後に作らねーと。それはオレだけの仕事じゃないし、むしろみんなでやることだろうけどさ。でも、なんつーかこう、土台みたいなもんは壊したヤツが作ればいいじゃんか」
「それが、四番目の暗黒だって言うのか?」
「ああ、まあ、そういうことになんのかな。言うなれば」
 それはくしくも、稀代の暗黒騎士が全く関係のない一般人に言われた言葉。
「零の創造者。って、なんかカッコよくねーか」
 与えられた理屈など最初から無視して。
 自分の道は自分の力で切り開く。
 暗黒騎士。零を創造する者。