目を開いたら廃墟が見えた。 「お。ようやく起きたのか?」 「まったく。私よりも外傷は少ないというのに、どれだけ眠れば気が済むんだ。君という男は」 「……そのぶん、ダンナはずいぶんと寝ていたようじゃない?」 「何の話かな」 「寝ぼけているのか、リット。誤魔化し方が下手になっているぞ」 どこか聞きなれた掛け合い。遠い昔のようで、実はそれほど前の出来事でもない。 「なんだか、騒がしいなん? 死んだってゆっくりさせてくれないとは、ろくでもない仲間たちっすねぇ?」 体を起こし、ディックは調子を確かめる。手、足、首、そして剣。何一つ、欠けているものはなかった。 それならば、十分だった。 「ここは魔王城から少し離れたところにある食料倉庫です。戦いが終わるまではおそらく大丈夫でしょう」 気がつけば、なぜか魔族の女性兵士までもがかたわらにいる。状況がどう変わったのかまでは知らなかったが、どうせグレイスあたりが何かをしたのだろう。 その確信が、ディックにはある。グレイスはそういう人間だ。だから全てを託した。 そういえば、周囲には穀物が入っているらしい袋なども見える。ただ、食べようという気にはならない。 「それじゃ、行くかなん?」 「ちょっとあなた。わたくしの話を聞いていましたか。もう戦う必要はないと言ったんですけど? 後はアイザード様が全て良い形に収めてくださいます」 「そうかそうか、そりゃよかったなん。んで、サイモン、何は召喚できる?」 「本当に聞いているんですか!? むしろ聞きなさい! ここにいろと言っているんです!」 「すでに外で待機しているよ。君が起きてくるのを待っていたんだから」 「サイモン・エルファニアス! あなたまで何を言っているんですか!?」 叫ぶ魔族の兵士に、ディックは刃を向ける。 「ピーチクパーチクと鳴いていいのは小鳥だけだなん。女の子はじっと黙って楚々とするか、真っ先に戦いに行くかのどっちかでないといけないにゃー? 叫ぶだけで何もしないなんてダメダメっす」 「何もって、じゃあ、あなたたちは何をするつもりなんですか! あなたは知らないでしょうけど、ラジールは本物の魔王候補です! わたくしよりもはるかに強い、いえ、戦闘力だけでは比べ物になりません。そんな相手に、たかだか四人で何をすると!?」 「わかっていないな、君も」 さらりと金髪をかき上げ、眼帯をした騎士が立ち上がる。 「魔王を打ち滅ぼすのは勇者の剣。すなわち、アイザードを倒せるのはグレイスだけだ。だが、ラジール・ホワイティアはただの魔王候補だろう?」 「魔王でないのなら、誰にでも倒せる。もちろん、僕でも、だ。彼には借りもあることだしな」 「オイラ、約束は守ったぞ。ちゃんと逃げた。その後までどうするかは関係ないよな? な?」 「そういうことっす。それに、俺たちはちょっと変わっていてね」 銀髪を揺らし、巨大な剣を手に握り、暗黒の騎士は代表するように扉を押し開ける。 「全員、あの男みたいな女にイカれちまってんのさ」 「いや。私は違うぞ」 「僕も認めた覚えはない」 「イカれるってどういうことだ?」 「……本当に、楽しい仲間たちっすねー」 賑やかに、和やかに倉庫を出て行く四人。思わずそれを見送ってしまったソフィは、呆れた声を漏らす。 「なんなの、彼らは……」 「ああいう奴らなんだよ」 見ると、ミスティアは倉庫の隅に佇んでいた。 「あなたは行かないのですか?」 「アタイはもう力を使いきっちまったからね。これ以上の連戦は無理さ」 肩をすくめ、ミスティアは騎士たちが出て行った扉に目を向ける。 「変わった連中だろ? けど、あいつらみたいのが正真正銘の騎士ってものなんだろうね」 「真の騎士だと?」 「そうそう。あいつらにとって、命は二の次なんだよ。本当に大切なのは信念。そのために殉ずるバカみたいな連中だ。盗賊のアタイにゃ理解できないね」 「命だけならば、我ら軍人もいといません」 「それは勝利のため、だろ? 個じゃない、全のためだ。けど、あいつらは完全な自己中心。自分が満足するために他の全てを捨てられる覚悟があるんだよ」 ラジールが人間を魔族の敵に据えた理由がわかった気がした。 彼らの個々の力は魔族にも劣るが、その心はあらゆる種に負けない強さがある。 そんなものに、勝てるはずもない。 心の底で、彼女は感じていた。 「でりゃあああああああああ!」 暗黒の波動が光の塊を押しのける。対してラジールは、ようやくコツを掴んだのか、無数の光条で応戦する。 「グレイス、ちっとは休め! さっきから無茶しっぱなしだろ!?」 カバーするのはアイザード。だが、その彼も先の戦いで消耗している分、動きがにぶい。いつもの切れるような鋭さがない。 「押しどころだ! 休んだら殺されるぞ!」 グレイスは、それを肌で感じていた。 今は、こちらが押している。一方的に、圧倒的に。 けれどそれは、彼女が攻撃を続けているからこそ。魔力の塊となったラジールを甘く見るつもりは欠片もない。実際、彼はそれほどまでに強い。 もし、少しでも気を抜けば。ラッシュの手を休めれば。 その瞬間、無数の光が襲い掛かり、内の何本かは確実に自分の体を貫くだろう。 「だから、休むんじゃねえ。感覚を掴み取るまで、ひたすらに攻撃を続けるんだよ」 「できなかったらどうするんだ」 「その時は死ぬだけだ」 死はいつも隣り合わせ。 戦いに身を置く以上、そんなものを恐れてはいられない。死ぬことはいつだって付いて回る。 そして、同時に絶対に死を恐れなければいけない。 甘んじて死を受け入れるようなバカは、真っ先に死んでいく。自殺志願者は戦いに向かない。 「殺して、殺して、殺し続けるんだ! 相手の殺しを殺し! こっちの殺しは殺させない! それが戦いってもんだぜ、アイザード!」 この、ギリギリの瀬戸際で。 しかし、彼女は笑っていた。 「なんでだろうな! こんなギリギリで、こんなに苦しくて、なのに楽しいんだぜ!? ミスティとやった時より、ディックとやった時より、アルビスとやった時より、ずっとずっと楽しいんだ!」 勝機は見えない。見えないからこそ、楽しい。 こんな苦境を跳ね返す自分を想像する、信じることで、どこまでも高揚していく! 「今ならオレは誰にだって負けない! そうだろ、アイザード!」 「その通りだな、グレイス・フェイリアー」 反射的に、グレイスはアイザードの手を引きつつ横に跳んでいた。その直後を、暗黒の刃が駆け抜けていく。光がまたいくつか、粉になって消えた。 「バカ。逃げてろって言っただろうが」 「我々がそれを守ると思ったのかね、グレイス」 「……ああ、オレがバカだったよ」 ふわりと、グレイスたちを挟むようにグリフォンとコカトリスが空中に停止する。 「それで、どうするつもりなんだ、グレイス。私もこの状況で策も何もないぞ」 「自慢げに言ってどうする。なくても考え出すものじゃないのか?」 「オイラ、考えるの苦手だ」 「そうそう。そういうのは魔王様の方が得意なんじゃないかなん?」 四人とも、決して元気とは言えない姿だった。 リットはどこか顔が青い。血が足りていないかのようだ。 サイモンは汗を浮かべている。それも尋常ではない量だ。発熱しているのかもしれない。 ウィルはまさに満身創痍。全身は傷だらけで、腕に結んだ布には血がにじんでいる。 ディックはすでに息が荒い。暗黒の力を使えるようなコンディションではないのだろう。 それでも、四人が周囲を囲んでいることで、グレイスの笑みは深くなる。 「ディック、急曲以上のことがしてーんだ。何か知らないか」 「今のところ、歴代の暗黒騎士が到達できたのは急曲までだ。そこから先は、ないとは言わないが、手に入れた奴はいない」 「方法は」 「だからわからないっすー。ま、俺たちを信じてればいいんじゃないのかなん?」 背中合わせのふたりを守るように、獣も展開する。 「――そかそか。なるほどな、そりゃいい」 そして、ラジールと正面から視線を合わせるグレイスは、強く頷く。 「じゃ、それでいくか。 リット! 全方向、攻撃を抑えろ! サイモン! 攻撃は全てかわせ! ウィル! 危険な一撃は遠慮せずぶちのめせ! ディック! オレを送り届けろ!」 即席で役割を言い渡し、グレイスは剣を顔の横で構えた。 「お、おいグレイス! 無茶だぜ、それは! 何をする気だ!?」 「細かいことは気にすんな、アイザード。お前もオレを信じてろ。んでもって、背中は任せる」 すでに仲間たちは動き出していた。 リットは剣を収め、盾に全ての意識を集中させる。反撃を捨てた神聖騎士は誰より堅固な要塞と化す。 サイモンは槍を握りながら、視線を素早く左右に走らせていた。幻獣たちの死角を埋めるように。 ウィルは刃こぼれのひどい斧を構え、いつでも振り抜ける体勢。コカトリスの背中の上でも安定しているのは小柄なおかげか。 そして、ディックはグレイスに切先を向ける。 「チャンスは一度っす。俺らも限界なんでね。それで決められるのか?」 「ディック。しばらく会わない間に寝ぼけたのか。られるかどうかじゃねえ、決めるんだよ」 剣に輝く暗黒のルーン。その紋様が変化していく。 グレイスの全身を狂獣のルーンが彩り、ラジールに負けまいとするように光で包み込む。 「ラジール。お前が何かに縛られてるってなら、そいつを殺してやる」 凶悪な笑みを貼り付けた少女は、とても天使には見えない。それは、そう、まるで正反対の存在であるかのようで。 「撃て!」 声と同時、全方位から光が押し寄せる。 「壁よ!」 リットが叫び、仲間たちを球状に押し囲む薄い膜が現われる。 その膜を打ち破った攻撃を、サイモンは素早く指示してかわさせる。 それでもかわしきれない攻撃を、ウィルとアイザードが手際よく撃ち落とす。 後ろを任せ、グレイスは全力で飛ぶ。 迫る光は、隙を見たアイザードとディックが綺麗に弾いてくれる。守りに意識をまわす必要がない以上、今まで以上に集中できる。 「行くぜ、これが! 混沌の力なんだよ!」 刃に走る黒文字が、白く縁取りされて。 巨大な爆発が巻き起こった。 |