光が収束していく。
 空を埋め尽くすようにうごめいていた触手たちはすっかり姿を消し去り、崩れた建物ばかりが目に写る。
「何が、起きた……?」
 間近で見ていたはずのアイザードにさえ、その様子はよくわかっていなかった。
 グレイスが剣を振りかざし、それをラジールに突き刺した途端、周囲の光が消え去った。ラジールもろとも。
 見える限りは何もない。なのに、ラジールの魔力はしっかりと感じ取る事ができる。
「どうやら終わったようだね」
「オイラ、もう限界だ……」
「ん、ウィルはよく頑張ったなん。俺との約束もきちんと守ってくれたみたいだしにゃー?」
「私は久しぶりに休みたい気分だよ」
「――おい、お前ら。何が起きたのかわかってるのか?」
 声をかけると、四人の騎士はお互いに顔を見合わせ、
「さあな?」
 ディックが代表するように答えた。
「さあなって、いいのかそれで? ラジールの気配はまだ残ってんだぜ?」
「ああ、大丈夫だろうぜぃ」
 特に根拠があるようには見えないのに、ディックはやけに強気だった。他の仲間も同様に見える。
「なんで、そこまで平然としていられんだ?」
「なぜって、そりゃあ我らの姫君があんな調子じゃあ、な」
 くい、と首だけで指すディック。アイザードがそちらに視線を向けると、剣を握るグレイスは、呆然と俯いていた。
 否。その目は何も見ていない。そもそも開いてもいない。
「寝て、るのか?」
 呆れたことに、少女は剣を持ったままで眠っているらしい。あどけないその表情は、とても先ほどまで世界を一変させるような力を放っていた人間には見えない。
 アイザードが寄ると、ふっと背中の翼が消えた。慌てて抱きかかえても、グレイスは眠りから醒める様子がない。それほどまでに力を使っていたということだろう。
「けど、じゃあ、ラジールはどこに……?」
 グレイスを抱えながら周囲を探るアイザード。その目が、ふとグレイスの握る剣に向かう。
「おいおい、嘘だろ?」
『……私も嘘だと思いたいところだがね』
 その声は、どこから響いているかもわからなかった。ただ、刀身が微妙に震えているようにも見える。
「まさ、か、おい、グレイスの剣に宿ったのか!?」
 理論的には、ありえない話ではない。魔力は武器に伝わらせることもできる。魔力の塊となったラジールは、そのまま剣に封入されてもおかしくはない。
 が、そんな話、アイザードは聞いたこともなかった。
 ラジールはどこかため息をつくような調子で、
『私もこんなことをされるとは想定外だった。恥だよ。敵の手によって生き残ってしまったばかりか、よりにもよって敵の剣に封印されてしまうとは』
 自嘲めいた台詞を残し、ラジールは黙り込む。仕方なしに、アイザードはグレイスの手から剣を引きはがし、それをディックに向かって投げた。
 空中で軽々と受け取り、ディックは剣を舐めるように眺める。
「ふふん。これがグレイスの力ってわけかなん?」
 ディックは、剣をさらにリットにまで渡す。リットも軽く刃を眺め、
「……神聖の力と暗黒の力を強引に練り上げたな。どちらも本来は拒絶の力だが、方向性がまったく違う。互いが反発しあって、結果までは想像しがたいものがあるが、それがこれ、というわけか」
「まさに新しい必殺技だなん? 相手の死さえ否定する。それは人の領域じゃない。神様のやることだぜぃ」
「まさしく、新たな女神といったところだろう。見ろ、あれを」
 リットは指先を海岸の方向に向ける。先ほどまで竜族が暴れる姿が見えたその場所に、今はその影がない。
「あれがラジール・ホワイティアの率いる魔王軍だろう? それが、指揮官たる彼の魔力供給が途絶えたことで動きを止めた。その結果、戦いも本当に終焉を迎えたというわけだ」
「ああ、なるほどな。ラジールの部隊はあいつの魔力で動かしてたからな……」
 抵抗する者も消えた今、進んで戦う者はない。
 アイザードはコキリと首を鳴らし、剣を左右の鞘に収めた。
「おい、お前ら。グレイスを頼むぜ」
 すとん、と正体のないグレイスの体を渡し、アイザードは大きく飛び立つために足を曲げる。
「どこに行くんだ」
「決まってるだろ。オレは王だぜ? 指揮官が昼寝してるわけにもいかないだろ。それとも」
 笑顔で、魔王は問う。
「オレを止めるか」
「我々にその力はない。グレイスが力を使いきった今、お前が我々を殺すと言っても引き止めることはできないだろうさ。もっとも、そんなことをすれば全力で抵抗させて頂くがね?」
 冗談のように言い、本当に剣を引き抜く騎士たち。
 明らかに敵わないと知っているのに、まるで関係ないと言わんばかりに。
「勝てないわけだな」
「当然だ」
 降参、と両手を挙げ、魔王はそのまま空を駆け抜けていった。
「……我々も帰るか」
 家に。
 無言の肯定が仲間たちから返ってきた。

 目を開いて、最初に見えたのは天井。
 ゆっくりと体を起こすと、見慣れた部屋が見えてきた。なんのことはない、ラブフランジェにある家の自室だ。
「あーと……?」
 ボーッとする頭を振り、グレイスは眠る前の記憶を必死で呼び起こす。とはいえ、よく思い出すことができない。
『ようやく目覚めたのか』
「あん?」
 視線を向けると、壁に剣が立てかけてあった。それを見て、ようやく思い出す。
「そういや、アイザードと戦って、ラジールの邪魔が入って、その後は……なんだっけか?」
『私を倒しておいてその言い草はなんだ。もっと誇り高くいてもらわなければ私はどうなる』
「――そういや、なんで剣がしゃべってんだ?」
「ラジールっすよー、グレイス」
 キイ、と扉が開く。入ってきたのは銀髪の男、ディック・ハーション。
「ディック。ラジールって、こいつが?」
「そういうことっす。俺にもよくわからないんだけどにゃー、どうやらラジールの意思がそのまま剣に封印されちまったみたいなんだなん? ま、何もできないみたいだから放ってあるけどにゃ」
「ふうん。ま、それはいいけどな」
 ベッドから降りると、グレイスはつかつかと歩み寄る。その途中、しっかりとラジールの剣を手に取って。
「グ、グレイス?」
「ディーック、お前さぁ、勝手に出てって勝手にやられたんだよな? あまつさえしっかりと生きてました、だと?」
「ちょっと待とう。少し話をすべきだなん。俺は別に好きでそうしたわけじゃないし、グレイスのことを考えてだね」
「オレのことを考えるんだったらおとなしくして心配かけないようにすべきとかそういう考えは思いつかなかったんだな?」
「いや、その、ごめん」
「謝って済むならそんな楽な話はねえ。ってなわけで、体に刻んでやるよ!」
「うわっと!?」
 本気の斬撃を、これまた本気でかわし、ディックは逃げ去っていく。
「逃がすか!」
 ドタドタと廊下を駆け抜け、そのまま家の外へ。
「何をやってるんだ、騒がしい」
「サイモン! お前も無茶したんだな!? だったら二度とそんなことができないようにバッチリ刻んでやるよ!」
「……グレイス!? 何を考えているんだ、剣なんて振り回すな!
 庭で召喚獣たちの世話をしていたサイモンさえも巻き込んで、元気なグレイスは剣を振り回す。ディックやサイモンは、半ば本気でその攻撃を防いでいく。
「騒がしいな、何事だ」
「グレイス! 起きたんだ!」
 たたた、と駆け出し、飛びつくウィル。邪魔が入り、グレイスは剣を止めた。
「――本当に何をしていたんだ、君たちは」
「俺が教えて欲しいなん……」
 妙に疲れたような息を吐き、ディックは腰を下ろす。
 ウィルの頭をなでくりまわしていたグレイスは視線を上げ、
「リット。どうなってんだ。オレが寝ている間に何があった?」
「魔王軍は各地から撤退。各都市に騎士団が戻り、今は内乱を叩き潰している最中だ。とはいえ、それもすぐに終わるだろうがね。元々、我々がいるという事実だけで怯えて動かなかったような腰抜けだ。相手にもならない」
「それだけ、か?」
「何を言っている。むしろ問題は以前よりも増えているんだぞ」
 肩をすくめ、ため息混じり。
「人と魔族の垣根はますます高くなったな。人間側は魔族の勝手な言い分にまったく理解を示していない。アイザードも努力しているようだが、あれだけの戦争を仕掛けておいてごめんなさいじゃ済まないのは当然だ」
「ついでにアイザードは魔族のシステム、力が強い者が上に立つっていうのをやめるそうだぜぃ。ま、それも表面的なことで、中身まではそうそう変わらないだろうけどなん」
 ぽり、と頭をかき、グレイスは一言。
「結局、何か変わったのか」
「悪い方向には変わっている」
 さらりと返したリットは、だからこそのため息。
「魔族のことは我々が関知する話でもないからまだしも、人魔の垣根に関しては頭が痛いね。こちらから打って出るべきなんていう馬鹿げた提案までなされるくらいだ」
「そりゃ、今後も忙しそうだな」
「まるで他人事だな? 君も関わるんだろう、当然」
 質問に、グレイスは鼻を鳴らす。
「ったりまえだ。オレを誰だと思ってやがる」
 混沌の騎士。
 人の平和を保ち、他種族への被害を食い止める存在。
「ま、それはそれとして、だ」
 ウィルを引きはがし、改めて柄を握りなおす。
 不穏な空気に、リットも少しばかり後ずさる。
「お前らには一度、言っておかなきゃいけねーって思っていたんだ。本当に無茶が過ぎるからな! お前らはッ!」
「それは君が言う台詞か!? 君が一番の無茶を、うおおおっ!? 暗黒まで使うのか!?」
 盾で相殺しつつも、威力を殺しきれないのはさすがの混沌。
「オレが! お前たちを叩き直してやるぜぇ!」
 その笑顔は、今までのいつよりも輝いている。
 が、それを見る余裕がある者はない。