「君ひとりでボクの相手? 馬鹿にしてるのかな。それとも舐められてる? どっちでも大差ないね」
 ゆらゆらと刀を揺らすノエル。私にはそれが隙だらけなのか、それとも隙など全くないのか、判断がつかなかった。そもそもにして、戦いの経験など遠い昔の話だ。
「それにしてもさっきの女の子、放置しちゃっていいの? 自慢じゃないけど、あれはボクの最高傑作だよ。その弟子だかなんだか知らないけど、そんなのがあれに勝てるとは思わないなー。なにせ本物の魔獣を使ってるんだからね! レベルが違うよ、レベルが」
 くふふ、と笑う。私が何も言わずにいると、ノエルはちょっとばかり不機嫌そうな顔を作った。
「まったくもー、何かしゃべったらどう? 沈黙しきりじゃ面白くないじゃないの」
「お主、よう話すの」
 ノエルの片眉が跳ねあがる。
 本当に、面白いほど感情図の見えやすい子供だ。
 そう、まだ子供。自分の感情をもてあましている、小さな子供だ。
「ボクは君と違って生まれながらに明るい性格なんだよ。根暗じゃ人生が面白くないでしょ?」
「長すぎてどうでもよくなったわい」
「ふうん。そういえば君も魔獣だったね。となると、古代魔法を生で見たわけか」
 いいよねぇ、とノエルは夢見るような口調で言う。
「ボクも見てみたかったよ、古代魔法による戦争。あったんでしょ? どうせ。人間の業みたいなものだからね。『つるぎ』だけであれだけの威力があるんだもの、他の魔法も飛び交う中じゃ、さぞかし壮観な光景が繰り広げられたんだろうねぇ? ぜひとも見たかったよ、そんな光景は」
「そうじゃな、凄惨な光景じゃったよ」
 人間が人間を喰らう。言葉だけでなく、本当にそれが行われるとは。
 あれほど気分の悪くなる光景は、ついぞ見たことがない。
「ボクさー、生まれてくる時代を間違えたんじゃないかと思うんだよね。ボクのような天才は戦乱の世にこそ必要だった。こんな、平和ボケした現代じゃ退屈で退屈で。本当に嫌になっちゃうよ。こうして遊んでないとどーにもね、やる気がなくなっちゃう」
「天才? お主が?」
 例によって眉が跳ねる。予想通りで面白みにも欠ける。
「そだよ。わからない? 剣の扱いでも、魔法の扱いでも、新しい術式の構築でも! このボクを超える人間なんて存在しないからね!」
 くす、と思わず笑みが漏れた。
 それが、ノエルの逆鱗に触れる。
「ちょっと。何か言いたいのならハッキリと言ったら?」
「いやいや、お主の言っていることがあまりに滑稽でな」
「だから! 言いたいことはハッキリと言えって言ってるんだよ!」
 ふむ、と私は頭の中で言葉を整理する。
「たとえばじゃな、剣の扱い。こんなものは論外じゃ。そもそも刀は守りに使うものじゃないからの。それなら盾を使えばいいんじゃ。お主の刀がそれだけの攻撃に耐えうるのは、それが特別な刀だからじゃろう」
 キリュウの作。それは見ただけでわかる。他の武器とは輝きが違う。
 おそらくは、キリュウが誰かのために作った渾身の一作ではない、ある程度は誰にでも扱えるようにしたタイプの刀だろう。だが、だからこそ強度は通常の刀とは比べ物にならないほど高めてあるはず。
 誰でも使えるものを使って得意げになる。それは滑稽でなければなんであろうか。
「魔法じゃが、風の魔法は確かになかなか扱いがうまいの。じゃが、セロと比べるとどうじゃろうか。カズマと比べては?
 剣技にはなかなか合っておるが、天才とまでは言えん。まあ、熟達といったところじゃなあ。少し練習すれば誰でも辿り着く領域じゃ」
「――ッ!」
 自覚はあったのだろう。一瞬、ノエルの顔がゆがんだ。
 この子の扱う技術はどれも一流だ。だが、それは一側面でしかない。
 それぞれの、特定の使い方をマスターするだけなら、実はさほど難しいものでもない。そう詳しいわけでもないが、それぞれ一年も時間を費やせば、十分に事足りるだろうと思う。
 その程度。どれも卓越しているわけではなく、どれもがそれなりである、というだけの話。
 確かに、ここまで色々な技術をこれだけ学んでいるのはなかなかだと思う。一年とは言っても、それは基礎ができている上での一年。これだけ多様なことができるのは、やはり相応の努力があったのだろうし、閃きも重要だろう。
「お主の持っている技術はの、どれもそこそこは強い、じゃが、飛び抜けているわけではないのじゃ。剣だけならばミズキの方がよほど強い。魔法だけならばセロの方がよほど強い。どれも半端で、とても天才とは呼びがたいものじゃ。器用貧乏と言った方がよいのではないかの」
「そ、れはっ……、いや! 『からす』はボクのオリジナルだ! 新しい術式の創作! それこそ天才の証だろう!」
「はっは、これはまた面白いことを言うの」
 死者を操る術式をもって独創とは、笑わせてくれる。
「古代魔法には色々とあってのぉ。封印する直前に大半を置いたままにして出たからの、ここにはそれに関する書物も残されておったはずじゃ。お主が着想を得たのは『きゅうけつ』あたりかの?」
「うっ……!」
 伝承の化物、吸血鬼になぞらえた古代魔法。その効果は、生きた人を操り兵士化する、というもの。
「何が独自なものか。単に支配するだけなら『きゅうけつ』の方がよほど優れる。お主は独創的な術式を組んだのではない、単に死体をもてあそんだだけじゃ」
「そ、んなことはないッ!」
「……ふむ」
 確かに、死体を操るという一点においては、『からす』の方が『きゅうけつ』よりは優れるだろう。そもそも『きゅうけつ』は死者を操るための術式ではない。
 それに何よりリスクが少ない。古代魔法とは違い、紋章を死者に刻む術式は、起動以外で自分の身を削らずに済むという利点がある。
 こちらは身内を傷つけることはしにくい。あれで複数の死者を操ろうものなら、なかなか有効だろう。
 だが。
「あんなものは外法中の外法じゃ。誰も思いつかなかったのではないの。思いついてもやらなかったんじゃよ。死者を操るなど、戦人としてあるまじき行いじゃ」
「う、うるさいッ! だからどうしたッ! ボク以外の何に価値がある! 死体などゴミのようなものだろう! それを再利用して何が悪い! そうさ、ボクは死体を利用してやったんだ! 感謝こそされ、非難される筋合いなど欠片もありはしないねッ!」
 荒い息を吐きながら私を見つめるノエル。その姿は、おびえる子猫を連想させた。
「何を怖がっているのじゃ、ノエル」
「怖、がって?」
「そう。何をそのように恐れる? 別に天才でなくともよかろう。飛び抜けたものはなくとも、それだけ多彩というのもひとつの誇れる美点じゃろうに。それとも」
 あえて間を取り、相手に思考の時間を与える。
 ノエルならば、ほんの少しで十分だろう。なにせ、自覚しているだろうから。
「それとも、誰かに天才ではないと思われるのが恐ろしいのかのぉ?」
 びくん、と肩が震えた。それは、見ていてわかりやすい恐怖の証だった。
「はて。では、誰に思われたくなかったんじゃろうな?」
「や、めろ」
 小さな声は、徐々に張りを増す。
「やめろ! それ以上は言うな!」
「ふん。天才でなければ必要とされぬ。必要とされなければそばにいることさえできない。じゃから天才と思われ続ける必要がある。そんなところかの。
 じゃが、身の丈以上を望んだところで無理がある。そのために精進を続け、けれど思い知ったのは己の限界……、といったところかの?」
「やめろ! やめろやめろやめろッ!」
 反射的にだろうか、ノエルは突進してきた。その攻撃はあまりにも直線的で、久しく戦いなどしていない私にでさえ簡単に読み、避けることができた。
「どうしたんじゃ。やはり攻撃は苦手か」
「うるさい! それ以上、その口を開くなッ!」
「なんじゃ。話さぬと根暗で話すと口を開くなとは。気難しいの」
 まるで子供のようだった。
 むちゃくちゃに刀を振り回しているだけ。そこには型も何もあったものではない。あのような攻撃では、たとえかすったところで致命傷には程遠いだろう。
 完全に我を忘れた攻撃は、すでに攻撃でさえなかった。
 相手の動きを読んだ上で、中に踏み込む。唐突な反撃に足を止めたところで、利き腕をつかんでやった。
「お主の愛した人間は、『天才のノエル』しか受け入れんような奴だった、というわけじゃな」
「う、るさいよぉ……!」
 目の端に涙を浮かべ、ノエルは声を震わせた。
「だって、仕方ないじゃないか。あの人はずっと好きな人がいて、それしか見えなくて、しかもボクは女で――! どうしろって言うんだよ。どうすればいいって言うんだ! どうしたって、愛してくれなんて言えるわけないじゃないか!」
「……わしは人間ではないからの、正確なことなど何もわからんのじゃが。お主の行いは完全に間違いとも言えまい。幸せを得ることこそが人の生であり、そのために尽力するというのであれば、お主はまさにそれじゃ。もっとも、望みは薄いがの」
 そう、それそのものは何も問題ない。
 同性の人間に恋しようが、その相手のために自分を磨こうが。むしろそれは人の持つ美しさだろう。
「わしが気に入らぬのはの、わしらを起こしたことじゃ」
「そ、れが何だって言うんだ。あの人が欲するんだから、ボクが呼び覚ますのは当たり前じゃないか」
「じゃが、お主にもわかっておったはずじゃ。古代魔法は命を喰らう。愛すると言うのであれば、この魔法だけは絶対に使わせてはならんかった」
 私には、それが許せない。
「昔から人は変わらぬ。愛するがゆえに、などと言いながら命を粗末にする。わしらとは違って有限の、短い命を。
 どうして生きようとしない。愛するがゆえの死などわしは認められぬ。愛するのであれば、頬を叩いても魔法を使わせてはならんのじゃ」
「――ッ!」
 ノエルは私から腕をふりほどくと、一挙に距離を置いた。
「うるさい。魔獣のお前なんかにわかるものか。寿命のないお前たちに! ボクたちの! この苦しみが理解できるものかッ!」
 風が渦巻いていた。
 風が、泣いている。
「ノエル=リーチェ。わしらを起こした代償は、高くつくぞい」
 ――泣き声は、もう飽いた。