――最初から、わかってた。
 カズマ君の中で力が高まっていくのがあたしにも見えた。燃えるように逆立つ髪がますます鋭さを増している。
 ――カズマ君は、こうするんだろうなって。
 あたしが声をかければカズマ君はやめてくれるかもしれない。頭のどこかで思っても、それは振り払う。わがままは言っちゃいけない。
 ――そんな彼だから、好きになったんだろうなって。
「行くぜぇ! ルイーズッ!」
「来なさいよ! カズマァ!」
 カズマ君が飛び出していく。ルイーズ先生が口の中で何かを唱える。
「死になさいよォ!」
 突き出したパンチが届くか、という直前、カズマ君の背中から石のとげが生えた。
 血が、あたしのところにまで飛んできた。
「カズマ君ッ!」
 いけない、って思うのに、それに反して足が動く。飛び出し、よろめくカズマ君の体を受け止めた。
 手が、服が、真っ赤な血に濡れていく。
「カズマ、君……」
 小さな声は、彼に届いただろうか。
 カズマ君の目には、もう生気がなかった。
「バカだなぁ、ルイーズ」
 声が、弱々しい。
 ぎゅっと抱きしめる。今、あたしの腕の中で、彼の命が消えようとしているんだ。
 彼が死ぬ。だというのに、死に逝こうとしているのに、カズマ君はほほ笑んでいた。心の底から嬉しそうに。
 こんなカズマ君を、あたしはあまり見たことがない。いつだって仏頂面か苦笑いか。あたしのドジを見て思わず口元を緩めるような、そんな笑い方ばっかりしてたから。
 カズマ君は、満足しているんだ。自分の役割を終えて。
「オレの勝ちだよ」
 カズマ君は、そっと目を閉じた。
 ふっと全身から力が抜ける。
「カズマ、君?」
 自分でも声が震えているのがわかった。
 こうなるって、わかってた。カズマ君は、命を捨てる。そうなるってわかっていた。でも、止められなかった。
 あんなカズマ君を見たら……、止められるわけがない。

―――――    ♥    ―――――


「あたしは、カズマ君が好きだよ」
 あの日。あたしは自分の想いを今までにないくらいはっきりと口にした。
 言わなきゃいけない気がした。カズマ君の、今にも死んでしまいそうな儚さを見たら、余計に。
「クルル……」
 カズマ君はまなじりを下げ、困ったような顔をした。
 違う。あたしは彼を困らせたいわけじゃないのに。彼には笑っていて欲しいのに。
 だから、カズマ君の悲しみを背負いたいと。できないのであれば、せめてそんなカズマ君を受け止められるようになりたいと思ったんだ。
 でも、結果的にはあたしの言葉がカズマ君を困らせている。
 それが、無性に悲しくて。でも、泣けなかった。
「オレ、は」
 重そうな口を開き、カズマ君は言葉を吐きだした。
「クルルが、好きだよ」
 一瞬、何を言ったのかわかんなかった。
 カズマ君も、自分が何を言ったのか理解できないような表情をしていた。たぶん、言おうとしていたことと、口をついて出た言葉が違ったんだと思う。
「あ、えっと、そうじゃなくて、その、そりゃクルルは好きだけど……、ってあー! もう! 違ぇ!」
 混乱するカズマ君を見てたら、あたしはほんの少し笑ってしまった。
 立ち上がり、そっとカズマ君を抱きしめる。ちょうど、今のように。
「クル――!」
「カズマ君。あたしは、カズマ君が好き。でも、わかってもいるんだ。きっと、カズマ君はあたしなんかじゃどうにもできないような、大変な問題を抱えているんだろうなって。だから、そんなに難しく考えなくていいよ」
 そのまましばらく抱きしめていた。
 いつからか、背中が暖かくなっていた。
「クルル。オレ、普通の人間じゃない」
「そうなの?」
「ああ。炎の洞窟で魔獣に会ったろ? あれの一部が埋め込まれてるんだと。どこにあるのか、そういやオレも知らないが」
「ふうん、そうなんだ」
「……相変わらずゆるい反応だな」
 そりゃそうだよ、だって。
「前と何か変わったわけじゃないでしょ」
「まったくもってその通り。単にオレが自覚したかしてないか、そんだけの違いだ」
「なら、関係ないよ。あたしが好きなのはカズマ君であって、魔獣とかなんとか、そんな難しいこと関係ないもん」
 古代魔法とか。
 魔獣とか。
 失われた文明とか。
 なんか、クレタス君が書いてた小説にもあったような言葉ばっかり。あたしにはそんなの、正直に言えばどうでもいい。
 どうやって魔法を使っているとか、どうして魔法が使えるとか、古代と近代の仕組みの違いとか。
 あたしが知りたいのはそんなことじゃない。今はただ、どうすればカズマ君の力になれるのか、それだけが知りたい。
「――ありがとな、クルル。やっぱ、お前はお前だわ」
「それってどーゆー意味なのかな?」
「はは、さーな」
 カズマ君は笑って答えなかった。
 でも、あたしはそれで十分に嬉しかった。
「あー、せっかく決めようとしたのに、なぁ。オレ、なんでこうなるんだろ」
「緊張しすぎなんだよ。そんなに気張らなくても大丈夫。ちゃんと、伝わってるよ」
「……そうだな」
 カズマ君はそっとあたしを離した。目を見つめ、優しげな声音で言う。
「グレンと戦ってきたんだ。そんで、あいつに言われた。
 『あいつはひどくお前に似ている。お前ならあいつの苦しみを理解してやれるだろう。あいつを、苦しみから救ってやってくれ』って」
「あいつ?」
「そう。どうやら連中にはボスみたいのがいるらしくてな。グレンは死ぬまでそいつのことを心配していた」
 死ぬまで。
 グレンさんは覚えている。結局は敵になっちゃったけど、すごく包容力があると言うか、大人のような気がした。あの人が最後まで心配する相手……。
 なんとなく。本当になんとなくだけど、グレンさんは、その人を愛していたんじゃないかなって思った。
「グレンがどういうつもりで言ったのか、オレにはわからねえ。ただ、もし相手がオレの想像するような奴なら、そいつは相当に腐った生き様を強いられてきたんだと思う」
 ……それは、カズマ君も苦しい生活をしてきたってこと。
 それが、心に痛む。
「そんな奴を相手に、オレじゃダメなんだ。オレは殺すことでしか終わらせることができない。
 けど、お前は違う。お前は否定しかできないオレとは違い、肯定することができる。受け止めることができるんだ」
「受け止め、る」
「うん。だから、その、無責任かもしれないけど……、最後の戦い、決めるのはお前に任せたいんだ」
 真剣な表情だった。冗談とか、そういうのじゃなかった。カズマ君はそんなに器用じゃない。
「あたし、に?」
「あー、そう。怖い、か?」
「うーん、よくわからないけど、怖いと思うよ」
 カズマ君も、前に本当に死にそうになった。今度はあたしがそうなるかもしれない、考えればすごく怖いことだ。
 だけど。
「でも、それ以上に嬉しいの。カズマ君があたしを頼ってくれているってことが!」
 あたしの言葉に、けれどなぜかカズマ君は顔をゆがめた。
「――すまねえ、クルル」
「なんで謝るの? カズマ君は、ただ言ってくれればいいの。『クルル、後は任せる』って」
 いつものぶっきらぼうな声色で。
 いつものようにそっぽを向きながら。
 いつもと、少しだけ違うこと。
「それだけで、あたしは何百人だって救えると思うから」
「クルル……」
「あたしはカズマ君が好きだよ。世界の誰よりも大好きっ! カズマ君のため。それがあたしの全てだよ」
 そのまま、カズマ君はあたしを抱きしめてくれた。
「クルル。ありがとな。オレも、お前が大好きだ」
「それは、全部が終わった後に聞きたいかな」
 それは、過去の、記憶。

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