ミズキは黙ってあたしを見ていた。悲しげだけど、同情するような雰囲気はない。ミズキはあたしの想いも覚悟も知っているから、簡単に同情するのはよくないって思っているのかな。
 セロはわかりやすいくらいに沈痛な表情だった。あたしの覚悟とか知らないだろうし、仮に知っていてもそういう表情をするんじゃないかと思う。なんだかんだで、セロはあたしに近い気がした。嘘をつくのが下手なタイプ。
 そして、クレタス君は、何の表情もなかった。不思議なほどに。
 そのまま歩み寄り、屈みこむ。カズマ君の顔を覗き込み、
「無茶をしたの。そんなに死に急ぐようなタイプだとは知らんかったぞい」
「ずっと、そうだったんだと思うよ」
 クレタス君は顔を上げた。あたしの口から淡々と声が漏れる。
「カズマ君はずっと死に急いでいるようなとこがあったもん。たぶん、あたしには言えないような悪いことをずっとしていたせいだと思う。誰かを傷つけたり、苦しめたり。そういうことを経験して、それがカズマ君の重荷になっていたんじゃないかな」
 あたしは、そんなの気にしないのに。
 でも、カズマ君は悩んでいた。
「あたしも人の命が大切ってことくらいはわかるよ。でも、それはカズマ君の命だって同じだもん。もしも百人の命を奪ったら、その人の命は価値がなくなるのかな」
 そんなわけない。その人が今、そこで生きているという事実は何も変わっていないんだから。
「殺したりするのはもちろんいけない。でも、殺したから死ななきゃいけないわけじゃないと思うの。あたしは、生きるべきだったと思うんだ。誰かを殺して生きてきたなら、その命の分だけ」
「……じゃが、命の価値は等しく同じじゃ。命を奪ったのなら、どれほどのものを払おうとも、どれほどのものを得ようとも、対価にはなりえないのではないかの?」
「でも、死んでも払えないと思うよ。死んだらマイナスとマイナスじゃない。それじゃ支払うどころか、持ち逃げだよ」
 ふむ、とクレタス君はうなる。
「とにかく、あたしはカズマ君に生きて欲しかったな。カズマ君が何かの罪を背負っているっていうなら、あたしにも話して欲しかった。知りたかった。生きて、一緒に償っていきたかったなぁ……」
 沈黙が落ちる。あたしはカズマ君の頬をそっとなでていた。
「うむ」
 静かな空気を破ったのは、クレタス君のやけに明るい声だった。
「そうじゃな、今さらじゃ。わしらは十分に生きた。後は若い者の時代じゃの」
「クレタス、君?」
「ああ、安心せい。わしゃ死なん」
 クレタス君はカズマ君の胸に手を当てた。そのまま目を閉じる。
「ちょっと、クレタス君? 何をするつもりなの?」
「ん? なに、簡単なことじゃよ」
 そのままクレタス君は低い声で呟き始めた。
 聞いたことのない言葉だった。ううん、どっかで聞いたことがある――?
 それはまるで獣のうなり声。古代語、なのかな。早く低い声はあたしには聞き取れなかった。
 すぐにクレタス君は額に玉のような汗を浮かべる。それでも呪文の詠唱は止まらない。どころか、ますます激しくなっているような気さえした。
「こいつ……」
「セロ、何か知ってるの?」
 ミズキの質問にセロはちらりと見やり、
「確証、ないけど。おれ、なんとなくだけど、これを知っている気がするよ」
「どういう魔法なの?」
「あー、魔力の源を転換し、移動させる魔法。あれは古代魔法の中でも特殊で、めっちゃくちゃに難しい詠唱と集中が必要だったはずだ」
 魔力の源を、転換。
 って、どういうことだろう。
 源ってことは、魔力が生まれるとこ? それは体の、えっと、どこなんだろう。
 うー、難しいことはよくわからない。
「ま、見てろよ。こいつも師匠と同じなんだろ? なら、間違いはしないだろうから」
 セロを見ていて、ふと思った。
 そういえば、どうしてキリュウさんはセロに殺されちゃったんだろう。
 道場で殺されていた、って聞いた。道場で戦ったなら、セロはきっと魔法をあまり使えなかったはずだと思う。
 セロの剣術はあたしなんかの目で見れば十分にすごいけど、それでもミズキには勝てなかった。お師匠様なんだから、キリュウさんはもっと強いんだと思う。
 そのキリュウさんが、たとえば不意打ちとかでも、そう簡単に殺されたりするのかなぁ?
 あるいは、殺されたんじゃ、ない?
「……受け入れた」
 死を。
 カズマ君のように。
 キリュウさんは、殺されたんじゃなく、殺してもらったんだとしたら。
 魔獣はずっと長いこと生きているらしい。クレタス君にしろ、キリュウさんにしろ、古代魔法が現役の時代から生きている。
 それだけ生きたら、苦しいこともたくさんあると思う。もう生きたくなくなるくらいに。
 キリュウさんが、それだったとしたら? そのために、あえてセロの刀を受け止めたんだとしたら?
 そして、もしもクレタス君が、同じことをしようとしているんだとしたら?
「ダメっ……!」
 立ち上がろうとして、肩を押さえ込まれた。
「は、放してっ!?」
「放すわけにゃいかないよ」
 セロだった。
 あたしの肩を押さえるセロの手は、震えていた。
「男の覚悟だ。邪魔すんな」
「そんなの知らないよ! 自分で死のうとするなんて絶対にダメ!」
「それでも!」
 セロの声に、背筋が震える。
「それでも、やんなきゃいけないことが、あるんだ」
 呪文は続く。クレタス君の手が光り始めていた。
 ――本当に、任せていいのかな。
 クレタス君は、きっと命をかけている。カズマ君を救う、そのために。
 もしかしたらクレタス君も生きることに疲れてしまったのかもしれない。だから、そんな無茶をするのかも。
 ……でも。
 あたしは手を伸ばした。セロが止めかけるのを目線で制し、そのままクレタス君の手に重ねる。
 クレタス君がようやく目を開いた。
「何のつもりじゃ」
「よくわからないけど、その魔法って命みたいのを使うんでしょ? あたしのも使ってくれないかな? それとも、そういうことってできない?」
「……可能、じゃよ。じゃが、お主らの命はわしと比べればごく短命じゃ。こんなところで浪費せずともよかろう」
「それが何、って感じかな。あのね、クレタス君。人間を甘く見ちゃいけないよ」
 確かにあたしはクレタス君のように何百年も何千年も生きることはできない。普通の人間でしかないあたしは、何十年か後には死んじゃう。
「ごく短い命でも、ううん、だからこそ、あたしたちは輝くの。一瞬しかきらめけないなら、それがほんの少し短くなったって、より輝ける生き方がいいの」
 ただ、一瞬のために。
 長く生きるクレタス君には理解できないかもしれない。それでも私は、そういう生き方をしたい。
 カズマ君と生きたい。
 そのために何かができるなら、あたしは喜んでやる。たとえそれがあたしの寿命を削る結果になったって。
 じっとクレタス君を見ていると、手の重みが増した。
「わたしも、その一瞬に乗っていいかしら」
「ま、お前らにゃ借りあるもんな」
「ミズキ……。それに、セロまで?」
 ふたりもまた、あたしと同じようにクレタス君の手に自分の手を重ねていた。
 四人分の手がカズマ君の胸に乗っている。クレタス君はそれを眺め、ぽつりと呟くように言った。
「本当に。バカじゃなぁ」
 目の端にしずくが浮かんでいる。なのに、口元は綻んでいた。
 深呼吸し、クレタス君はハッキリと告げる。
「よいか。何も考えんでいい。強いて言うのならカズマのことだけを考えるのじゃ。後はわしが全てなんとかする!」
 あたしは目をつむった。言われずとも、思い浮かぶのはカズマ君のことだけだ。
 笑っているカズマ君。
 泣いているカズマ君。
 怒っているカズマ君。
 喜んでいるカズマ君。
 呆れているカズマ君。
 あたしに、好きだって言ってくれたカズマ君。
 パチン、と手を合わせる音に、あたしは目を開いた。
 一見すると、何も変わらないように見えた。
 ただ、違う点がひとつだけ。
「胸が……」
 胸が、上下していた。
 息をしていた。
 それは、生きているということ。
「カズマ君ッ!」
「んっ……あ?」
 声が聞こえる。
 体温を感じる。
 それが、こんなにも幸せなんて。
「――さらばじゃ、朋友よ」
「協力しといてあれだけど、本当にやりやがった……」
「本当に、よかった……」
 皆の声が聞こえるのに、中身がちっとも頭に入らない。
 カズマ君、カズマ君カズマ君カズマ君!
 カズマ君が、生きている!
「えっと、クルル。これどーゆーことだ」
 あたしは深く深く息を吸い、ゆっくりと言葉を吐きだした。
「うん。全部、全部を、説明するね。だって、もう、終わったんだから」