消失したノエルの姿を素早く探し、オレは空中に刃のきらめきを見つけた。 「……っ! とんびか!」 とんびの魔法。主に風を操り、不規則な動きを得意とするサポート向きの魔法だ。こいつ、かえるだけじゃないのか! 「遅いね、遅い遅い。ふたりがかりでその程度? ボクを舐めてるの?」 空の上から、ノエルはオレたちをあざ笑う。実際、それだけの余裕があいつにはあった。 「そういえばまだ目的を言ってなかったね。ボクの目的はそっちの女の子。といっても別に同性愛とか、そういう意味じゃないよ」 すっと、剣先がクルルを指す。 「君、炎の洞窟からお土産を持って帰ってきたんだってね? それ、ボクにも見せて欲しいなー」 びくりとクルルの肩が震えた。オレはクルルとノエルの間に割って入り、 「なんでお前がそんなことを知っているんだ。オレたちは誰にも話してないぞ。尾行でもしてやがったのか?」 「情報なんてものはね、いつの間にか漏れているものなんだよ。人の口に戸は立てられない。真実を最後まで隠し通せるなんて思う方が間違っているんだ」 酷薄な笑みを浮かべ、ノエルは言う。 「もっとも、ボクもそれの使い道はまだ知らない。ま、すぐ近くに知っている人がいるみたいだし? そっちは困らないけどね」 ノエルはちらりと後ろを見た。そこには賢者が住むという塔がある。ノエルはオレたちからペンダントを奪ったら、賢者を襲うつもりなんだろうか。 はっきり言って、答えになっちゃいない。だが、詮索するのも後回しでいい。 今は、どうやってこいつと戦うか。それだけ知っていればいい。 ただ逃げるなんてのは論外。オレたちの中にとんびを使える人間はいないし、とんびの術式が本気になったら、短距離において最強だ。車でも逃げ切れるとは思えない。車に飛び乗って、その場で両断されれば逃げ場さえない。 つまり。逃げるにしろ倒すにしろ、こいつにある程度までダメージを与えられなきゃ論外ってことだ。 「……ちっ」 とは言え。オレの炎さえ簡単に断ち切ってしまう刃と、相殺とまではいかなくとも邪魔することはできるレベルのかえるの魔法、そして空を飛べるほどのレベルがあるとんびの魔法。厄介どころの話じゃない。 「この印だけあったって何もできないぜ。たかがペンダントのために命懸けで戦う理由があるのか?」 「君、それが本当にただのペンダントだと思ってるの?」 思うわけがない。言外の言葉が聞こえた気がした。 「魔獣が配置されていた洞窟に何もないわけがない。となれば、そのペンダントもまた、相応の価値がある。 魔獣を殺すよりは君たちを殺すほうがずっと楽。だから君たちを狙う。 ここにいたのは、どうせ君たちじゃ使い道がわからないだろうから、トルティアの賢者に聞きに来ると思って。 他に質問は?」 「負けを認めて撤退する気持ちは?」 「皆無」 「十分っ!」 相手が引いてくれないなら、引かせるまで! 「『とかげのひとみ』!」 全力の五本! それぞれは必殺の威力があるわけじゃないけど、生身で受ければ十分に痛い! くるん、とまわり、空中でかわすノエル。空にいる以上、左右のステップ回避の他に上下運動でも回避できる。一方、向こうからすれば攻撃する時は下に向けて放つだけ。圧倒的に優位だ。 「『かえるのした』!」 続けざま、グレンの魔法がランダムな動きを加えてノエルに向かう。その間、オレはひたすらにノエルの動きを目で捉えようとしていた。 「ぬるい」 ひゅん、と刃が閃く。水が断ち切られ、水滴が降りかかる。 「『とかげのあそび』!」 ダン、と強く地面を踏み抜く。全身を弾丸のように、ノエルの懐へ! 「刀と素手で戦うつもりかい!」 空中で正眼に構えるノエル。最も基本的な構えは、あらゆる攻撃に即座に対応できる万能性を持っている。 「正面からは、な」 刀の特殊性はひとつじゃない。砕くのではなく斬るための武器。その特徴は、その他のあらゆる挙動に影響する。 構えも動きも独自のものになるし、何より、刀は一対一が前提! 「『とかげのほうこう』!」 足場のないところでの炎の奔流。それは、オレのバランスを崩し、落下させるのに十分な勢いがある。 「ッ!」 炎を断ち切り、ノエルが舌打ちするのが見えた。バカ正直に突っ込むわけがない。 瞬間、ノエルはぐるりと回転した。 背後から迫っていたグレンの水流が、一刀の下にねじ伏せられる。 「『とかげのひとみ』!」 構えを崩されることによってバランスが乱れたところを狙い、さらにオレの追撃。熱線がノエルに迫る。 それを、ノエルはのけぞってかわした。紙一重、だけれども、正確に。 「『かえるのうた』!」 最早、避けることも叶わない。チャンスと見て取ったグレンの必殺の魔法がノエルに迫り、 「はッ!」 また、剣士の姿はオレたちの視界から消えた。 「ふー、危ない危ない」 後頭部に降りかかる悪寒。振り向くより早く前へ! 爆発と共に回避。その直後を風が抜ける感覚が走った。 振り向けば、刃を振り下ろしたノエルが意地悪い笑みを浮かべていた。 「あーらら、避けられちゃった」 ひゅん、と空に再び舞い戻り、ノエルは下段に刃を構えた。 やはり、と言うべきか。とんびなしであいつに対抗するのは、相当に骨だ。並の術者なら今の連携を凌ぎきることはできなかったろう。体術も魔法の扱いも、防御的とはいえ一流だ。 一方で、攻撃に関してはお粗末。殺気が丸分かりで、こちらとてかわすのはそう難しくはない。魔法はともかく、刀の届く範囲なんてのはたかが知れている。 さっとグレンがオレの脇に寄ってきた。 「私はとんびは使えない。とかげには多少の心得があるが君よりは下だ。君も同じだったな?」 グレンがノエルには届かないであろう程度の声で呟く。 オレはとかげオンリー。つまり、あいつに対しては絶対的に不利な立ち位置ということになる。 「とんびとの戦いのセオリーはいかに動きを制限するかという点にある。が、あいつは刀を持っている。制限にも限度がある……、一発のチャンスで確実に決めてくれ。次は作れる自信がない」 「了解」 今度は逆の立場だ。グレンがあいつの動きを止め、オレが決める。こと攻撃力に関して、とかげは誰にも負けねえ! 「いくぞっ! ノエル=リーチェ!」 バン、と両手を重ね、グレンが吼える。 「『かえるのちょうやく』!」 水柱をあげる魔法だ。一応オレも見たことがある。が、グレンの場合はやはり桁違いの威力がある。 ドン、と地面さえ吹き上げる勢いで、何本もの水柱が連続的にノエルを襲う。 「狙いが甘いよー?」 それをひゅんひゅんと飛び回りながらかわすノエル。グレンの狙いはここだ。 水柱をかわす。そうすることで、あいつの行動の軌跡を読む! 「そこだっ! 『とかげのほうこう』!」 オレの放った全力の炎は、水柱なんて軽く蹴散らし、ノエルの回避しようとした先にドンピシャで命中する。 「ふっ!」 それを、やはりと言うべきか、刃で断ち切った。ただ魔法をぶつけても当たらないのは予想済み。 その間に、グレンがさらなる準備を済ませる。 ぐるん、とノエルを水流が囲んだ。『かえるのした』。小声で唱えたせいで気づいていないらしかったが、これ以上のチャンスはない! ぐっと地面に引き寄せられるノエル。同時、オレもノエルに向かって跳ねる。 「『とかげのいかり』!」 外しようもない距離。 爆風が、オレを吹き飛ばす。 |