「がっ――!」 地面に叩きつけられ、肺の中の空気が全て外に吐き出された。痛みが背中から全身に伝わっていく。 しかし、止まるわけにはいかない。オレはごろごろと転がりながら立ち上がり、空を見上げた。 「なかなか優秀な戦士だね、君たちは。特にそっちのかえる使い。魔法の威力、スピード、どれも申し分ない。まあボクには届かないけど」 ほぼ零距離だった。しかもあいつはグレンの魔法に縛られ、動けないはずだった。なのにこいつは、オレの爆炎を苦もなくさばきやがった。 水と風がない交ぜになって同時に解き放たれた壁は、オレの炎を消し去り、爆風の向きを強引に変えてしまった。結果、ダメージを受けたのはオレだけ。あいつは何のダメージも受けずに受け流してしまった。 攻撃が強いわけじゃない。ただ、回避もさばき方も、確かに一流だ……! 「カズマ君!」 グレンの鋭い呼び声。牽制しつつオレと肩を並べると、早口に指示を飛ばす。 「カズマ君、クルルちゃんを連れて逃げろ。賢者様をお守りするんだ」 「……あいつは強いですよ」 「だからこそだ。ペンダントを手に入れた後、あいつは賢者様を狙う。それは絶対にさせちゃいけない。それに、賢者様ならあの程度の相手を倒す方法くらいは知っているかもしれないだろう?」 この状況。グレンを置いて行くのは決して得策とは言えない。 だけど、グレンもまた強い。その強さはオレも実際に目の当たりにした。本気のグレンなら、勝利できるかどうかはともかく、時間稼ぎするくらいはできるだろう。 時間さえ稼いでもらえれば、オレもクルルを賢者のところに置いてこれる。そうすれば、今以上に無茶な――オレの本質に近い戦い方ができるようになる。 確かに、その提案は、ひどく魅力的だ。 「わかった。乗る」 魅力的な提案。乗る以外には考えられない。 けど、何故だろう。胸騒ぎがする。 オレの選択が間違いであるような、そんな感覚。こういう感覚がする時は、だいたいヤバイ。 「クルル!」 迷いを吹き払うように叫び、オレは下がった。一方、グレンは前に出る。 「行くぞ! 『かえるのうた』!」 グレンが魔法を唱えた瞬間、オレはクルルを抱きかかえた。 「え? ちょ、カズマ君!?」 「悪いがクルル、ちょっちじっとしていてくれな!」 足裏で小さな爆発を起こし、オレは思い切り飛び出す。グレンの脇を抜け、ノエルの下をくぐり、塔の扉を蹴破るようにして飛び込んだ。 「カ、カズマ君! グレンさんは!?」 「ノエルをひきつけてくれてる。その間に賢者のとこ行くぞ!」 見回すと、右の方に階段が見えた。それ以外は見事に何もないただの石部屋だ。 オレはクルルの手を引きながら、階段を駆け上がる。視界を埋めるのは石とロウソクの明かりのみ。薄暗い道は、どこまでも続いているような錯覚さえ感じてしまう。 段々と息が切れてくる。それでも足は止めない。グレンも戦っている以上、立ち止まるのはあいつに失礼だ。 「はぁ、はぁ、カズマ、君!」 クルルの声に我に返ったオレは足を止め、振り返った。 「ちょ、ちょっと、待って……!」 荒い息を吐き、今にも倒れそうなクルルがそこにいた。クルルはオレよりも体力がない。オレだって相当にキツイのに、さすがに女の子のクルルが上まで持つわけがなかった。ここまで、よく持った方だ。 「だ、大丈夫、か」 オレも息が荒かった。吸っても吸っても息を吸えていないような感覚。まるで自分の周囲だけ空気が薄くなっているような気分だ。 胸が痛い。心臓が異常なほどに鳴っている。それでも、ここで足を止めちゃいけないんだ。 「クルル、オレに乗れ」 「え?」 「オレが背負っていく」 オレはクルルが乗りやすいようにかがんだ。後ろでごそごそとためらう気配が感じ取れる。 「いいから、早く乗れ。グレンのおっさんをいつまでも待たせられないだろ」 「う、うん」 クルルは遠慮がちにオレに体を預けてきた。布地を通り越して、クルルの暖かさを感じる。今は少し暑いくらいだ。 「よし、それじゃ、行くぞ」 「でも、重くない?」 「大丈夫だよ」 予想通りと言うべきか、やっぱり荷物を抱えると足は余計に重くなった。 それでも、歩みは止めない。ぐっと階段を踏みしめ、上に上にと進んでいく。 外で、グレンはどんな戦いを繰り広げているのだろう。できることなら助けてやりたいし、そうでなくても見ていたい。あのふたりの戦いともなれば、それは最上級の戦いだ。きっとオレにも参考にできる部分がいくらでもあるだろう。 だけど、それは望めない。あいつの戦いを見る時は、オレがグレンを助けに行く時だけだ。 なおも登り続けた先に、ようやくゴールが見えてきた。 階段を上りきった先には、木で作られた古い扉があった。年代物と一目でわかるそれを、オレはノックする。 『どうぞ』 中から声が聞こえたことを確認し、オレはクルルを降ろして扉を開いた。 「わあ……」 中は書庫だった。 壁際を本棚が埋め尽くし、部屋の最も奥には赤いカーテンが引かれている。それ以外にもあちこちに分厚い本や山のように積んであって、足の踏み場に困るほどだった。 「誰じゃ。こんなところまでご苦労なことじゃの」 聞こえてきた声は意外に若々しかった。部屋を見回し、声の主を探す。 「ああ、どこを見ているんじゃ。ここじゃ、ここ」 声を辿って視線を向けると、そこには本の山があった。いや、何か黒いものがちょこっとだけ見えているような? 「ふう」 と、本の山の中から声の主がひょっこりと顔を出した。 本の中から這い出てきたのは、少し長めの黒髪で視線を隠した少年だった。年齢で言えばクルルよりも下だろう。着ている服はどうやら神官のそれと似たものらしいが、それよりもずっと簡素で、それでいて端々に豪華さというか、職人の技術を感じさせるようなものだった。 「どうせわしに用なんじゃろう。ここまで登ってこれたということは、何か面白いものでも持っているのかの?」 「えっと……、オレたち、賢者、様に会いに来たんだけど」 声をかけてみると、黒髪の少年はふん、と鼻を鳴らした。 「またお主らも人を見た目で判断しおって。わしがその賢者じゃ」 「――は?」 「だから! わしが賢者だと言っておるじゃろう! わしはクレタス、この塔の管理者じゃ!」 怒ったように袖を振り回し、自称賢者は言う。けど、いくらなんでも、幼すぎはしないか? 「なんじゃ。信用ならんのか? 信用できんのなら帰ってもらっていいんじゃぞ」 「ちょっと、カズマ君!」 ぐい、とオレを後ろに追いやり、クルルが前に出た。 「ごめんなさい、賢者様。あたしはクルル=コクーン。このペンダントについてお聞きしたくて……」 言って、クルルはペンダントを掲げてみせた。賢者はそれをしげしげと眺め、やがてひょこひょこと近づいてくる。 「ほほう。それを持ち出したのか」 「それをって、知っているのか?」 賢者はオレをにらみ、 「当然じゃ。わしを誰だと思っている。そのペンダントはの、古代の遺産じゃ。大昔、まだ魔法が特別であった頃のな」 「古代の、遺産?」 なんだか急に胡散臭い話になってきた。まるで町の道端で売っている怪しげな商品の売り文句だ。 「なんでお主はそうも疑り深いんじゃ……。たまには人を信用せんといかんぞ」 はあ、と賢者はため息をつき、 「まあ、話はちと長くなる。そのへん、適当に座れ。本を椅子代わりにしていいから」 「ちょ、ちょっと待ってくれ! じっくりゆっくりと話を聞いている暇はないんだ! 今も外で――」 オレの言葉は、半ばで強引に防がれた。 バン、と石壁が吹き飛ぶ。数十冊の本と共に石片が部屋をゴロゴロと転がった。 「な、なんじゃ、今度は!」 オレは黙って賢者とクルルを背中側に隠した。こんなことをする奴は、そう何人もいるわけない。 「よーやーく見つけたっ。まったく、勝手に逃げないで欲しいよねぇ。探すの大変じゃないか」 刀をぶらぶらと揺らし、ノエル=リーチェは、オレを見据える。 「グレンはどうした」 「ああ、彼? 彼なら下で死んでるよ」 平然と。 ノエルは、そう言ってのけた。 背後で息を飲む気配がする。 「お前が殺したのか」 「いや実はいきなり動き出した車に踏み潰されちゃって」 「……そうかいっ! 『とかげのひとみ』!」 オレの放った熱線が、外で宙を舞うノエルに襲いかかる。けれどもノエルは、何事もなかったかのようにそれを空に弾く。 「何? 君らの間に信頼関係なんてないように見えたけど、実はすごく大切な友人だったとか?」 「関係ないね。オレは人殺しが嫌いなだけだ」 「――ふーん」 ノエルは、口の端を吊り上げる。 「それは自分が嫌いですっていう告白? だって、君も人を殺した事、あるでしょ? それも、たくさん」 ドクン。耳鳴りがする。 「ボクに対するあの躊躇のなさ。身のこなし、戦い方、そして何より君からは臭いがするんだよね。同族だけに香る、血の臭いだ」 「うるさいッ! 黙れッ!」 本を踏みしめ、オレはノエルをにらむ。 「図星で怒った?」 「悪いが、オレはそんなにできた人間じゃない」 ぐっと拳を握り、全身に力を蓄える。必殺の一撃に備え。 「お前を殺すぜ。ノエル=リーチェ」 刀を手に、ノエルは喜悦の表情を浮かべてみせた。 |