じり、とオレは迫る。一方のノエルは動きをみせない。余裕ということか。
 いや、実際に余裕なんだ。あいつは。
 さっきの攻防で十分にわかる。あいつはオレの魔法を全て弾き、流すことができるだろう。攻撃に転じることはなかったが、守備に関しては一流の腕を持っている。おそらくはオレより少しばかり上だろう。
 オレにチャンスがあるとするなら、それはあいつが攻撃をしてきた時。その時には絶対に隙が生まれる。そのタイミングでしかオレの攻撃が通じるタイミングはないだろう。
「やるか、やられるか。よく言ったもんだ」
「その言葉はこの状況には合わないよ。やられるかやられるか、が正しい」
「選択の余地はなさそうだな」
 そう。やらなきゃ、やられる。なら、やれる可能性がどれだけ低かろうとも、やるしかないんだ!
「いくぜ! 『とかげの――』」
「待て!」
 飛び出しかけたオレを制するように大声が響く。構わず、オレは拳に意識を集中させた。
「『ほうこう』!」
 制御された炎が本をよけるコースでノエルに向かう。ノエルは刀を顔の前で構え、
「断」
 軽く振るって断ち切った。その間に、オレは防御無視でとにかく突っ込む。
 相手が攻めてこさせたいなら、こっちだって防御なんかしてられねえ!
 前だけを向く。その視界が、ブレる。
「……いっ!?」
 ズン、と重い衝撃が横腹を抜けた。
 ノエル、じゃない。視線は攻撃の方向、すなわち。
 賢者を名乗る、黒髪の少年が、オレたちの方に向けて銃を構えていた。
「ノエルと言ったの。お主、ここはわしのテリトリーじゃ。勝手は許さぬ。そっちのクソガキ、お前もじゃ」
「ボクは一向に構わないけどね。素直に知識とアイテムを渡してくれるなら、戦う必要もないし」
「ほほう? 知識とな」
 ふたりの会話が続く。その隙にと、クルルがオレに寄ってきた。
「カズマ君、大丈夫……!?」
「軽いよ、こんなもの」
 実際、衝撃は重かったが、ダメージはそれほどでもなかった。手加減、したのだろうか? 不思議な銃弾だ。少なくても普通の銃じゃないらしい。
「して、知って何をするつもりじゃ。あんなもの、もはや時代遅れ以外の何物でもないぞ」
「それを決めるのはあなたじゃないよ。ボクだ」
「自分勝手じゃの」
「勝手になれなきゃ人は殺さない」
「……どうやら無駄らしいの」
 クレタスは銃を構え、ノエルを見据えた。
「そこのガキふたり。こっちゃ来い」
 オレはクルルを目を合わせ、じりじりと後退した。
 あいつは強い。飛び道具なんか通じるとは思わないけど、刀と素手で接近戦するよりはよほどマシだ。
 そう思い、拳に意識を集める。いかな刀と言えども、三人分の魔法をまとめて叩き込めば、少しは隙が生じるかもしれない。
「逃げるぞ」
 クレタスの小声の指示は、確かにオレの耳に届いた。
「どうやって」
 口はあまり動かさず、問い返す。仕事をしている間に自然と身についた技術だ。
「この奥に緊急の避難口がある。そこから逃げるんじゃ。あやつ、強いんじゃろ?」
 その通りだ。オレも本気で殺しにいって、おそらくは負けるだろう。そのくらいに強い。
「まずは生きる。他のことは、その後に知ればよい」
 撃った。
 今度はこの目でしっかりと捉えた。けど、何が起きたのかは、やっぱりわからなかった。
 オレに見えたものは、吹き飛んだ数冊の本。それだけ。しかしノエルには何かを感じ取れたのか、ほぼ瞬間的に刃を前にしつつ後ろに飛んでいた。
「今じゃ!」
 クレタスが叫ぶと同時、オレはクルルの首根っこをひっつかんで下がっていた。幕布の向こう側は、石壁が露出しただけのせまっ苦しい空間しかなかった。
「おい! これのどこが!」
「いいから!」
 続けて入ってきたクレタスは、素早く床に手をつける。
「『けもののたび』」
「は?」
 問い返す暇はなかった。
 床が光に包まれ、やがてそれは視界の全てを埋め尽くす。オレは思わず目を閉じた。まぶたを通してなお光はオレの目を焼き、しばらくすると、それさえ収まった。それでも、オレは目を開くことができなかった。
「もうよいぞ」
 クレタスの声に、オレはそっと目を開いた。
 目の前には黒いカーテン。光は完全に収まっており、ただの石壁がオレを包み込んでいた。
 見回す。近くにクレタスが立ってオレを見上げていた。そっと視線を降ろすと、クルルがオレの腰にしがみついでいる。
「ノエル、は?」
「奴は置いてきた」
「置いてきた?」
 言ってから、ふと気づく。そういやカーテンって、黒かったか……?
 クレタスは臆することもなく、無造作にカーテンを引きあけた。その先には、さっきまでと変わらない、うずたかく積まれた本の山。
 ――いや。微妙に違う。本の並びも、よくよく見れば積んである本も。さっきまでは辞典のような分厚い本が多かったけど、こっちは薄い、大衆文学のような本がメインだ。
「ここはわしの趣味の部屋じゃ。安心してよいぞ」
「趣味の、部屋?」
 オレはこの現象に対する答えを思いついていた。けど、にわかには信じがたい。
「まさ、か、転移術?」
 クレタスは、初めて快活な笑顔を見せた。
「正解じゃ」
「ほ、本物の転移術ッ!?」
「カズマ君……!」
 見れば、クルルは耳を押さえていた。この至近距離で大声はちょっと耳に痛かったかもしれない。
「ああ、悪い」
「転移術って、そんなにすごいの?」
「あったりまえだろうがっ!」
 こんな時、クルルの成績の悪さを痛感する。少し魔法を理解しているなら、あるいは常識を持っているなら、そんなの自明の理なのに。
「転移術が簡単にできるなら誰も車や馬車なんか使わねえ! あちこちの学術院でずっと研究は行われていた! 結果として、移動に優れたとんびの術式だって転移は不可能って理論が出たはずだぞ!?」
「そうじゃな、とんびでは無理じゃろう。あれは主に風を利用する形式が多いからの。純粋な空間移動には向かん」
「じゃあ、どうやって!?」
「この塔だけの特別な術式じゃよ。わしが組み上げたわけではないからの、わしに言われても困る」
 すたすたとクレタスは歩き、適当なところから椅子を引っ張り出した。それに腰掛け、手を広げる。
「そこらへんに適当に座っていいぞ。話、聞きたいんじゃろう」
 オレとクルルは顔を見合わせながらも、結局はクレタスの言う通りにした。実際、オレたちは知らなさ過ぎる。
 クルルの持つ紋章。塔の転移術。明らかに、オレたちの知らないことを、この男は知っている。
「さて。話すとなると、ふむ、どこから話したものかの」
 あごに手をやり、クレタスはなにやら考え込む姿勢。オレは待っていられず、自ら問いかける。
「この塔だけの術式ってどういうことだ?」
「言葉通りじゃよ。この塔に刻まれた魔法陣を利用して、各地の塔の間を転移できる術式じゃ」
「あんた、変な呪文も唱えていたな」
「ああ、『けもののたび』のことか。あれはわしらの魔法じゃ」
「わしら、の?」
 うむ、と頷き、クレタスは誇らしげに胸を張った。
「聞いて驚け。わしはただの人間なんぞではない。なんと、数百年の時を生きる魔獣なのじゃ!」
 沈黙が、部屋を支配した。