「……なんじゃ。なぜ何も言わぬ」
 沈黙に耐えかねたのか、クレタスは不満げに言った。
「いや、だって、魔獣って言われてもな」
 オレはクレタスを頭のてっぺんから足先まで見つめ、
「どう見ても人間の子供じゃないか」
「見た目で判断するでない。よいか、わしら魔獣において見た目など意味をなさぬ。生まれた時から死ぬ時までこの姿じゃからな。衰退もしなければ、成長もない」
 とは言っても、そんなの信じる気にはなれない。
 脳裏に思い浮かぶのは、炎の魔獣の姿。あの化物然とした姿こそがオレのイメージする魔獣であり、目の前の子供は、どう見ても人間だ。
「その目。信じておらぬな」
 はあ、とクレタスはため息をつき、
「まあ疑り深いお主が素直に信じるとも思わぬ。じゃから、この後の話はそういう前提で聞いてくれるかの」
「そのくらいなら」
 こいつが悪い奴じゃないのは、出会って間もないオレにでもわかった。なら、その程度は信用してやってもいいだろう。元より、こいつがオレたちを殺す気なら、いつでもできたのだから。
「長くならぬよう、手短に話そうかの。その昔、魔法は今のように誰にでも使えるものではなかったんじゃ。ごく一部の、知識層だけの独占した技術だったんじゃよ。当時は紋章なぞいくらでもあってな、それぞれが独特の効果を編み出していた」
 クレタスの目は遠く、過去を見つめているように見えた。
「わしの使う『けもの』の術は、そういう古代魔法の一種じゃ。そして、そこの娘、お主が持つペンダント」
 クレタスはクルルの胸元を指し、
「それは『なみだ』という紋章じゃ。『なみだ』系統の魔法はたったのひとつしかない。効果も汎用性に欠ける、魔法らしい魔法じゃよ」
「そいつは?」
「『なみだのしずく』という」
 聞いたことのない魔法だ。そもそも、オレは『なみだ』なんていう術式を聞いたことがない。
「それに限らず、古代魔法というのはとかく汎用性なんてものはなかった。じゃから仕方なく、数多くの紋章をその場その場に合わせて作ったんじゃ。じゃが、そんな時代も終わりを告げる。現代魔法――『とかげ』『とんび』『もぐら』『かえる』の誕生によっての」
 それならオレも使っている魔法だ。ということは、これ以前にもっとたくさんの魔法があったってことか?
「この四種はひとつの紋章でいくつもの効果を編み出せる。おまけに誰にでも使えた。すぐに現代魔法は広まり、逆に古代魔法は衰退し、消えていった。お主らが持ってる紋章は、そんな過去の遺産じゃ」
「じゃあ、これが炎の洞窟に封印されていたのは?」
 その質問に。
 クレタスは、わずかばかり沈黙した。
「ただの古代魔法なら、遺跡から発掘されたとかはともかく、封印処理なんて施されないはずだ。それもわざわざ洞窟を掘って、魔獣まで番人のように設置して」
「……なかなかよいところに目をつけるの」
 はあ、とクレタスはため息をついた。
「実はの。現代魔法の台頭をよしとせぬ者もおったのじゃ」
「知識層、か」
「その通りじゃ」
 だいたい想像はつく。自分たちにしか使えない、特権的な技術。それはそいつらの地位を安定させる。けど、その技術が誰にでも使えちまったら、途端に価値は暴落だ。
「生まれた現代魔法に対して戦争を引き起こす。なんとも馬鹿げた発想じゃが、実際に起こされてはたまったものではない。その時の首謀者が三人。鎮圧後、それぞれが持っていた紋章は没収され、封印された」
「そしてそれぞれを魔獣に見張らせた」
 うむ、と頷き、クレタスはクルルを見た。
「……、話についてきてるかの?」
 はっと気がつき目を向けると、クルルは目を回していた。
「あー、うん、なんとか?」
「嘘つけ。さっぱりだろ」
「そ、そんなことないよ!」
 ちょっとばかり顔を赤くし、
「よ、要するに、これは古い魔法! で、とっても危ないもの! そういうことなんでしょ?」
「その通りじゃな。特にお主の魔法は危険じゃぞ。直接的な破壊ではないぶん、非常に厄介じゃ」
「破壊じゃないのに危険?」
 クレタスはちらとオレを見て、
「その紋章はの、心に影響を与える魔法じゃ。己がその時に感じている思いをそのまま他人に共有させる。悲しみなら悲しみ、苦しみなら苦しみじゃ。それがどういうことかわかるかの?」
 その光景をイメージする。答えは、考えないでも出てきた。
「攻撃が、できない」
「正解じゃ。苦しみを共有してしまう、それは、攻撃して痛みを感じさせれば、それをこちらも共有してしまうということじゃ。もちろん血を失うわけでも肉がそげるわけでもない。じゃが、痛みは集中力を消し去り、魔法の威力を減退させる」
「その隙に他の敵に攻撃されたらひとたまりもない」
 だから、最も危険。
「なら大丈夫だな」
「な、なんで?」
「お前は、そんな危険な人間じゃない」
 ぽん、とクルルの頭に手を乗せてやった。クルルはちょっと赤くなりながらも、手を払ったりはしなかった。
「こいつは見ての通りの女の子だよ。だから、この魔法も危険なことには使わない」
「じゃから見逃せと言いたいのかの」
「話が早くて助かる」
 こいつがわざわざそんな話をした。そして、こいつは自称・古代から生きる魔獣。
 となれば、今ここで、再び魔法を封印するなんて言い出してもおかしくはない。
 クレタスはひらひらと手を振り、
「お主はともかく、そっちの女の子まで危険だなんて思っておらぬよ。じゃからその紋章を持つこと、それ自体は特に何もない」
 さて、とクレタスは前かがみになり、
「それではわしの方も話を聞かせてもらおうかの。ノエルといったな、あの娘は何じゃ?」
 オレは内心よく女だとわかったなと感心しつつ、
「オレもよく知らない。塔の前でオレたちを待ち構えていたんだよ。紋章をよこせってな」
「紋章狙いか」
 クレタスの視線に鋭さが増す。
「じゃが、魔法のことまで詳しいようには見えんかったの」
「実際、知らないんだと思うぜ。ただ重要で効果的な紋章がある。その事実を知っているだけなんだろうと思う」
 あるいは多少の効能くらいは知っているのかもしれないけど、少なくても魔法の名前は知らないはずだ。でなきゃ、賢者に会うなんて言うはずがない。
「もうひとつ、聞いておかねばならんことがあるの」
 すっと指を立て、
「仲間が、おったそうじゃな」
「……ああ」
 思い出すと、自然と心が沈む。
「グレンっていってな。オレより強い男だった。賢者が危ないから、オレとクルルに先に行けって。自分が時間稼ぎするからって、そう言って下に残った」
「そうか」
 案外と軽い調子で頷き、クレタスは椅子に深く腰掛けた。
「それほどの相手だと、このままではまずいということじゃな」
「ああ。いつかまた、狙ってくる」
 ふと思い出し、オレは周囲を見た。
「で、ここはどのあたりなんだ」
「首都の南方、馬車でも二十日はゆうにかかるほどに離れた場所じゃ。じゃから、あやつもすぐには来れぬじゃろう。そもそもわしらがどこに行ったかさえ知らぬはずじゃからな。最悪、ここにこもっていれば見つからんかもしれん」
「それは、できない」
 グレンのかたき討ち、というわけではないけど。
 あの女は、野放しにしていい存在じゃない。
「うむ。まあ、そう言うじゃろうと思っておったわ。じゃが、今のお主では何もできまい」
 それも、事実だ。
 冷静に考えて。オレは、あいつに劣る。クルルは戦力外どころか足手まとい。クレタスも戦いは苦手と言う。
 こんな状況じゃ、再戦したところで結果は明らか。
 誰か他の人に頼むなんてのは論外。あいつはそこらの傭兵程度でどうにかできる奴じゃないし、それに……、あいつとの決着は、オレたちがつけなきゃいけない。そんな気がする。
「ふん。若いの」
 すっと立ち上がったクレタスは、オレたちに立つように促した。
「行くぞい」
「行くって、どこにだ」
「わしの知り合いがこの近くの町に住んでおる。あやつは優秀な剣術師での、弟子もいるくらいじゃ。そやつに戦いを教えてもらえ。そうすれば、お主でも少しは対抗できるようになるじゃろう」
「協力して、くれるのか?」
 振り返った少年の口元には、笑みが浮かんでいた。
「当然じゃろう。わしも命を狙われる立場になったんじゃから。お主がわしを守れ」
「なんか理不尽な気がするのは気のせいか」
「その代わり、欲しい知識は授けてやる。それでいいじゃろう」
 オレはクルルを見た。クルルは、目を丸くしながらも、笑顔だった。
 ……だよなぁ。こいつ、友達が増えた、くらいの感覚だろうし。
「はぁ……」
 また、厄介な荷物を背負い込んだ気がするよ。