沈黙。オレやクレタスは言葉を発することができなかった。
 確かに、修行をしに来た。ノエルに近づくほど、せめて抵抗できるほどには強くなりたかった。
 だけど、それはオレやクレタスの話であって、クルルの話ではなかったはずだ。そのクルルが率先して、しかもキリュウとかいうクレタスの知り合いよりは落ちるであろうレベルの相手に師になって欲しいと言う。
 何一つ、わけがわからなかった。
 混乱するオレを見て、クルルはわずかに微笑む。
「あたしたちは、強くならないといけないんです。少しじゃなくて、たくさん。そのためには、誰かに教えてもらわなきゃいけません。でも、クレタス君、他に当てはないんでしょ?」
「……そうじゃな。わしの知っている者で戦いを他者に教えられるような奴はキリュウくらいなものじゃ」
「じゃ、いいよね」
「よ、よかないだろ。だいたい相手の都合だって聞いてないし、それに修行するのはお前じゃなくて――」
「あたしもする」
 オレの言葉を遮り、クルルははっきりと言ってのけた。
「炎の洞窟で。塔の前で。あたしは、守られてばかりだった。カズマ君たちの、足手まといだった」
 ふるふると首を振り、
「最初はそれでもいいかなって思ってた。カズマ君が守ってくれるならって。でも、それじゃダメなんだよね。守られているだけじゃ、本当の危機は乗り越えられない。あたしは、カズマ君と一緒に乗り越えたい。カズマ君と一緒に戦えるようになりたい」
 だから。クルルは頭を床に着くほど下げて、
「お願いします」
 そのまま、微動だにしなくなった。
 オレはミズキを見た。ミズキは相変わらずの無表情に、どこか、驚愕の欠片を浮かべていた。

「わたしは、あなたがたの事情をよく知りません」
 はきはきと、聞き取りやすい声が響く。
「ですので、これはわたしからの提案に過ぎません。結論はあなたがたで相談して決めて欲しいのですが……」
 すっと、三つ指をついたミズキは丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 オレは意想外の言葉に、ただ呆然とミズキを見ていた。
 クルルがお願いし、ミズキが受けた。ああ、うん、それは正しいよな。
 あるいは、初めて知った事実に混乱しているのかもしれない。クルルが、そこまでの感情を内に秘めていたなんて、気づきもしなかった。
 オレにとってのクルルは女の子で、守ってやらなきゃいけないようなか弱い存在で、とても頼りなくて――。
 ともかく、こんな強さを持っているなんて、知らなかった。
「カズマ。お主もここで修練するんじゃ」
 見れば、クレタスもまた、微笑を浮かべていた。
「クルルの想いは本物じゃ。それに確かに他に修練する当てがあるわけでもないしの。キリュウの直弟子なら多少はやるじゃろう。お主は魔法はともかく体術は特別には優れておらんからの、少し稽古で直してもらえ」
「クレタスまで……」
 ふと気がつくと、ミズキもクルルもオレを見ていた。
 オレはがしがしと頭をかき、
「わかった、わかったよ」
 すっと居ずまいを直し、頭を下げる。
「こっちこそ、よろしく頼む」
 そうだ。過程なんか、どうでもいい。
 オレは、強くならなきゃいけない。それだけが、ここにある事実なのだから。

 キリュウの道場は二階建てだった。上の階には畳敷きの修練場と、個室が四つ。門下生が寝泊りできるように作ったらしい。個々の部屋は狭いが、贅沢を言うつもりはない。これでも寮の部屋よりは広く感じるくらいだ。
 クレタスはキリュウの部屋を。そしてオレは、キリュウを殺したという兄弟弟子の部屋を使うことになった。
「殺風景な部屋だな」
「彼はあまり物を持ち合わせていませんでしたから。それはわたしも同じですが」
 オレはミズキに案内され、部屋の中に踏み込んだ。同じく畳を敷いた部屋は、冷たい空気が漂っていた。
「……なあ、ミズキ。キリュウってのは、そんなに強かったのか」
「ええ。とても。ですが、わたしが師匠について行こうと決めたのは、そういう理由ではありませんよ」
 見ると、ミズキはほんの少しだけ表情を和らげていた。
「ちょっと待っていて下さいね」
 言い残して部屋を出たミズキは、程なくして手に刀を持って戻ってきた。
「これは、師匠が打った刀です」
「キリュウの刀?」
 手渡されたそれを鞘から引き抜いてみる。そして、その異様さに気がついた。
「なんだこれ。刃がない?」
 黒々と光る鉄は、刃と呼べる部分がなかった。刃のない刀。それは、ただの鉄の塊と同じではないだろうか。
「ええ。師匠は血を何より嫌いました。そのためその刀は刃を持っていません。わたしのために師匠が作ってくれた、特別な一振りです」
 返されたそれを握り、ミズキは構えてみせた。
 それだけで、空気が変わる。ほんの一瞬前まであった穏やかな空気が消し去り、まさに全身が抜き身の刀となったような、一種独特の気迫があった。
「――満天きらめけ。我が愛刀、『金色夜叉』」
 まるで、呼び声に応えるように。
 刀が、輝いた。
 その輝きは陽の光を思わせる金色。輝く光の中で、その刀は鋭利な刃をきらめかせていた。
「そ、れは?」
「これは、特別な魔法を用いた特殊な製法で作られた刀。主の心と呼び声に応じ、刀そのものが戦いの意思を見せます」
 ふっと構えを解くと、刀も光を失った。同時、刃も煙のように消えてしまう。
「わたしは、昔から刃物が好きでした。その鋭さ、凛とした佇まいには打ち震えるほどの感動を覚えた。そんなわたしが出会ったのが、師匠の作った刀です。
 呼べば応える刀。そんな、常識外れの存在に、わたしは魅了されました。そして、弟子入りを申し込んだのです」
 刀を音もなく鞘に収め、ミズキは部屋を見回した。
「ですからわたしは、彼を許せません。師匠の作った刀を人殺しに使った彼を。けれども彼の魔法を交えた剣術には、わたしでは手も足も出ない。わたしもまた、強くなる必要をずっと感じていました。そして、そこにあなたがたが来た」
 オレを見返すミズキの目。真剣そのものの目は、強い意思を感じさせた。
「わたしは、あなたがたにわたしの知る術をお教えします。代わり、わたしが強くなるための手助けを、あなたがたにお願いしたいのです。なにせわたしは魔法が不得手で。見たところ、あなたも魔法に関しては相当の実力をお持ちなのでしょう?」
「ああ、まあ、それなりには」
 こくんと頷き、ミズキは手を伸ばした。
「わたしはあなたに体術を。あなたはわたしに魔術を。お互い、教えあえることは多いと思います」
 柔らかな笑みを浮かべたミズキは、素直に好ましいと、そう思えた。
「ああ。こっちこそよろしく頼むぜ」
 その手を握り返す。
 なんてことはない。お互いが、利用しあう。それだけのことだ。
「そういえば。彼女はあなたの恋人か何かですか?」
「彼女って、クルルのことか?」
「そうです。違いましたか?」
 はは、とオレは笑い返し、
「違う違う。ただの友達だよ。成り行きでこんなとこ来て、強くならなきゃいけなくなっただけ」
「そういえば、どこからいらしたのです?」
「首都だけど」
「首都!? それはまた、随分と遠くから……」
「あー、そのあたりが成り行きでね。ここまで来るつもりはなかったんだけど」
 じっとオレを見ていたミズキは、ふと首を傾げた。
「それなら、ご家族に連絡しなくてもいいのですか?」
「あ?」
「いえ、ですから、予定外に遠くまで来てしまったのでしょう? ご家族も心配されているのでは?」
 そう、いえば。予定よりも遠くに来てしまったし、簡単に帰ることもできやしない。というか、普通に帰って普通に過ごす、というわけにもいかない。
 オレも不本意ながら連中には連絡しないといけないだろうし、クルルも家族に連絡する必要があるだろう。
「そうだな、後でクレタスに相談してみるよ」
 家族、か。
 遠い響きだ。