「なるほどの。家族への連絡か」 一度、それぞれ下の道場に集まっての作戦会議。今後の予定を考えるためにも、相談しておかなきゃいけないことは山のようにあった。これも、そのひとつ。 「そうだよね、そういえばお母さんたちには何も言わないでここまで来ちゃったんだ」 「なあ、このあたりに電話って通じているのか?」 「……電話?」 ああ、やっぱりないか。 首都のあたりでも電話を使うようになったのは、せいぜいここ数年の話。自動車と違って電話は設備を作るのが大変だから、首都の外に出るともう使えない。やはりと言うべきか当然と言うべきか、ともかくミズキは電話についてさえ知らないようだった。 「となるとやっぱ手紙か」 「じゃが、手紙では時間がかかるじゃろう」 「この際、仕方ないだろ。何の連絡もしないわけにゃいかない」 不本意ながら、オレも連中への連絡がある。何の連絡もなしでは、そのうちオレを斬り捨てるなんて話にもなりかねない。命を狙われるのは別に構わないけど、それにクルルを巻き込むのだけは嫌だった。 「その、届け先というのはわかっておるのかの?」 「あー? まあ、およそは」 「なら、わしが使っている術式を使うか」 クレタスの提案に、オレは首を傾げてみせた。 「なに、たいしたものじゃない。わしは基本的に塔から出ない生活をしておるからの、外との連絡は独自の魔法で行っておるんじゃ」 「よーするに引きこもりが使う魔法ってなわけだ」 「なんじゃ。お主は使いたくないと申すか」 微妙に眉根を寄せながらも、クレタスはやる気になっているらしかった。 「後で手紙と、届け先を教えてくれるかの。そうしたらわしが届けておく」 「ん、じゃあそっちはそれでいいとして。後は生活費だな」 一応、それなりの金額は持ち合わせているものの、特別に大金があるわけじゃない。この先、しばらくは身を潜めつつの生活ともなれば、少しばかり心もとない金額だ。 「あの、お金ならば別に……」 「そういうわけにはいかないさ。こういうことはケジメってのがある。それに、あんただって門下生がいるわけじゃないんだ、別に楽でもないだろう?」 「はぁ、ですが、師匠の遺産もありますから」 「ほほう? キリュウの奴、金も持っておったのか」 「ええ、多少は」 多少でオレたちまで賄えるのかい。言いたかったが、やめておいた。 「ともかく、何かしらの収入源は欲しいところだな。つっても堂々と仕事するわけにもいかねえ」 「そちらもわしがなんとかする。お主らを半ば護衛のようにしているのはわしの都合じゃからの、賃金の代わりになるかはわからんが、生活費くらいは用立てておこう」 「――それもご自慢の引きこもり魔法でどうにかなるのか?」 「それ以外もあるんじゃが、まあそのようなものじゃな。お主らは何も心配せず、ただ強くなるといい」 見ると、クルルはすでにやる気に満ちているようだった。修行を言い出したのもクルルだし、こいつの中でも何かが変わってきているのかもしれない。 当然、オレも。 「すまんな。じゃ、細々したところはクレタスに任す。オレたちは、オレたちにできることをやろう」 「そう、若者はそうでなくてはの」 笑ったクレタスは、ガキにしか見えなかった。 翌日から、オレとクルルの修行が始まった。 「あなたの格闘術は我流ですね。それでそこまで熟達したのは経験によるものでしょうが、型が荒いために無駄が多すぎます。まずは綺麗な型を覚えるべきです」 ミズキの言葉には、なるほどと思った。確かにオレの格闘技術というのは仕事をする上で自然と覚えたもので、別に誰かに教わったわけじゃない。それでも今まで死なずに済んだのは、単に魔法の威力が一般人のそれとは桁違いだったから、というそれだけの理由だ。 こんなんじゃ、グレンやノエルに通じないのは当然だろう。グレンの魔法はオレ並みで、そのくせ格闘もきちんとした型を持っていた。ノエルはノエルで、オレの荒削りの踏み込みや魔法のタイミングをきっちり見抜いていやがった。 あいつらを越える。それがオレの目標なら、まずは格闘をある程度まで仕上げなければいげない。 一方のクルルは魔法の修行。魔法の威力は練習次第でどうとでもなる。今まではクルルもいまひとつ身が入ってなかった。が、今は明確な目標があり、やらなければいけないという使命感もある。覚えは格段に早まり、威力だけならばほんの数日で遅れを取り戻してみせた。 ある日の夕食の席で、ミズキはオレたちを褒め称えた。 「おふたりとも素晴らしいですね。これは、わたしもうかうかしていられません」 「何を言ってんだ。あんたの格闘術、立派なもんだぜ。それも剣術には及ばないんだろう?」 「とは言っても、わたしの技術は所詮、道場剣術であり、道場拳法に過ぎません。実戦でいかほどの結果が出せるかはわかりませんよ」 「そこらは度胸の問題じゃな」 ミズキの作った料理を食べながら、クレタスは言う。 「戦いなど躊躇せんかった者の勝ちじゃ。ためらわずに殴る、斬る、かわす、守る、そういった基本的な動作をできる者こそが強者じゃろう」 「まあ、それはそうだけどよ。お前は実戦経験とかあるのか」 「ない。じゃからわしはできんよ」 「……」 実戦経験がない奴の言葉が正しいと妙にムカつくのは何故だろう。 「そういやクレタス、お前、昼間は部屋でセコセコと何してるんだ?」 「金稼ぎじゃよ?」 「いや、だから、具体的に何をしているんだって聞いたんだが」 聞くと、クレタスの目がきらりと光った。 「聞きたいか?」 「え、あ、いや、そんな、話したくないなら別に」 「聞きたいんじゃな! そうかそうか、ようやっと興味を示しおったか!」 「つまり話したいんだな?」 言うと、クレタスはふふんと胸を張り、 「何を隠そう、わしがしていたこととは、物書きじゃ!」 「物書きって、小説とかを書いているってこと?」 「その通り! 『峠のマルク』を書いたカノン=ヒルベルトとはわしのことじゃ!」 沈黙。オレはクルルとミズキを見て、 「知ってる?」 「わたしは本をあまり読まないものですから……」 「あたしも」 「そして、オレもだ」 三人の視線が集中。その中でクレタスはなんとなく沈んでいるように見えた。 「なんじゃ、最近の若者は本を読まなくなったのかのぉ……。わしは悲しい」 「いや、まあ、オレたちがちょっと特殊なだけじゃないか?」 「そ、そうですね! わたしは特別に学がない方ですから!」 「そうなの? あたしの友達で本を読む子っていなかったよ」 「バッ……!」 慌ててクレタスを見ると、わかりやすく沈んでいた。 「活字離れといったところかのぉ……。若者は小説など読んでいる暇はないんじゃなぁ……」 「えーと、そ、そんなことない、よな? ク、クルルも読んでみたいよな!」 「うーん。クレタス君が書いたっていうのなら、ちょっと読んでみたいかも。でもあたし、本とか読んだことないから、きちんと読めるかわかんないな」 なぜお前はそこまで素直になれるんだ。 「ふう……。わしの小説はいいとして。 お主らの修行が順調なのはようわかった。じゃが、それでノエルに立ち向かえるほどになるのかの?」 「そりゃ無理だと思うぜ」 オレとノエルの間にある差は付け焼刃の修行で埋められる程度じゃない。クルルもそれなりにはなってきたが、まだ戦いのサポートができるほどのレベルにもなっていない。こんな状態で戦っても、おそらくはグレンの二の舞だろう。 「なら、何のための修行なんじゃ?」 「まずは死なないため、だな」 とりあえずは、逃げ切るほどの強さが欲しい。その上で、圧倒的にこちらが優位な状況を作り、倒す。それがオレの当面の予定だ。 それがいつになるかはわからない。けど、あいつにとって不利な状況を作るというのは、そう難しくないように思えた。 「そのための魔法も少しずつ考えているぜ」 「ほう? 新しい術式を組んでおるのかの」 「いや。既存の魔法の応用だ。どうにかしてあいつに不意打ちをかませないかと思ってな」 「あの」 ミズキはオレとクレタスを等分に眺め、 「わたしはよく知らないのですが、そのノエルという人はそんなにも強いのですか?」 「強いよ。オレの魔法は完封していた。刀で守りの戦いした奴は初めて見たよ」 「相手も刀を使うのですか」 「ああ。だからそのうち、ミズキにも刀に拳で戦う方法の訓練をしてもらわなきゃいけないかもな」 「それは構いませんが。それよりも、それほどに熟達した刀の使い手というのは珍しいですね」 「そうなのか?」 「ええ。わたしは五年ほど前まではロッドガルドに住んでいましたが、向こうでも刀を扱う者は減ってきています。魔法に刀で対抗できるとなると、そうはいないかと」 「そういうもんか」 となると、あのノエルって女は――やはり、相当の修練を積んでいるんだろう。何のために? 魔法を、手に入れるため? オレはクルルを見た。その胸元でペンダントが揺れている。 あれには、それほどの価値があるんだろうか。 |