修行は順調に、かつ着実に進んでいった。
 オレは型を覚え、同時に魔法を応用させる。クルルやミズキには、オレとクレタスが魔法を教えた。
 なかなかどうして、クレタスも魔法に関しては詳しかった。応用の仕方も、戦い向きではないにしろ面白い。
 オレの魔法研究も、とりあえず実用段階までは来ていた。まだまだクリアしなければならない問題は多いけど、クルルの手助けもあれば、実戦でもなんとか使えるのではないだろうかというレベルに達してきている。
 ……まあ、クルルが戦えるほど強かないんだけど。
 そうして日を重ねていく。そんな最中、道場に珍客が来た。
「おーい。ミズキちゃんいるかい?」
 挨拶もなく道場の戸を開いたのは、顔中に髭が生えているようなオヤジだった。
「誰だ、あんた」
 オレは型の練習を中断し、侵入者に目を向けた。オヤジはオレの視線にも全く臆することはなく、
「ん、行商やってるキスケってもんだ。あんたは門下生か何かかい?」
「まあ、そんなところだけどよ」
「じゃ、ミズキちゃんはいるか?」
「……ミズキなら裏にいるよ」
「そうかい。邪魔したな」
 商人という仕事をしているせいだろうか。全体的に遠慮がなく、態度がやけにずうずうしい。オレはなんとなく気になって、キスケの後を追って道場の裏に回った。
 道場の裏には庭があり、クルルとミズキはそこで魔法の練習をしている。クルルはいつもの水系魔法『かえる』を。ミズキは得意だという地系魔法『もぐら』を。
「よーう、ミズキちゃん。久しぶりだなぁ」
「あ、キスケのおじ様。お久しぶりです」
 ひょこんと裏庭を覗くと、ミズキはキスケに笑顔を向けていた。どうやら、知り合いというのは本当のことらしい。
「いつこちらに戻ってらしたんですか?」
「つい昨日のことだよ。今まで首都の方を巡っていてな、いやはや、儲けるってのは楽じゃないねぇ」
 と、そこでキスケは表情を改めた。
「そんでよ、ミズキちゃん。セロのことなんだが」
 途端、ミズキの表情が、空気が、何もかもが変わった。
「――!?」
 思わず、オレが本能的に戦いの構えをしてしまうほどに。
 その気配は、殺気に満ちていた。
「何か、わかりましたか」
 けれどもそんな空気の中でさえキスケは何も変わることなく、
「ああ、こいつは風の噂なんだが。セロの野郎をリリーバレイで見つけたって話を聞いたんだ」
「リリーバレイ……、あの捨てられた町のことですか」
「そう、今じゃ誰も住んでいないはずの崩れた町だ。だけど、あいつみたいな身分の奴が身を隠すには悪くないかもしれねえ」
「なるほど。ありがとうございます」
「いやいや。キリュウさんにゃ俺も世話になったしな」
 軽く手を振り、
「んじゃ、今日のところはそのくらいだ。また何か入ったら知らせるぜ。ま、無茶はするなよな」
 キスケはそう言い残して、裏庭の垣根を飛び越えて行ってしまった。
 残されたオレはクルルと顔を見合わせ、首を傾げる。
 見ると、ミズキは殺気を収めていた。同時に、冷たく沈んだ顔になっている。
「ミ、ミズキ。今の男は何なんだ?」
「……彼は、キスケと名乗っている商人です。けれど、それが本名かどうかもわかりません。以前、彼がミスをして追われているところを師匠が助けたことがあります。以来、よくここに顔を出すようになっていました」
 どうやら、普通の行商人ではないらしい。
「彼は売れるものならば何でも売ります。武器、食料、美術品、書物、そして、情報まで」
「情報?」
「ええ。彼は行商という商売柄、色々な土地を巡ります。そうして見てきたもの、仕入れた知識を売り、金銭を稼いでいるのです。もっとも、わたしには昔なじみということもあって、情報で代金を取ることはしないつもりのようですが」
「それで、兄弟弟子のことを?」
 こくん、とミズキは頷いた。
 ミズキの師匠でありクレタスの友人でもあったキリュウという男を殺した、ミズキの兄弟弟子。名は、セロ=テスラ。
 その名を聞いたのは、オレも最近のことだ。それまでミズキは、オレたちを巻き込みたくはないと考えていたのか、名前は教えてくれなかったから。
「リリーバレイ、って言ってたよね。それってここから遠いの?」
「いえ。馬で行けば半日ほどです。まさか、それほどまでに近くに潜んでいようとは……」
 ギリ、と奥歯を噛み締めるミズキ。こいつのこんな表情は、初めて見た。
「だ、だけどさミズキ、その噂が本物とは限らないだろ? もしかしたらもっと遠くにいて、たまたま似たような奴を見間違えただけかもしれないじゃねーか」
「それはほぼありえないと言えるでしょう。仮にもキスケは情報を売って商売にしている男です。彼が言う風の噂というのは、公式の情報より正確性があるものです」
 正確な情報。
 それで、ピンと来た。あいつが言った無茶をするな、というのは――。
「行くつもりなんだな。リリーバレイに」
「もちろんです。明日にでも向かおうと思っています。本当ならば、今すぐにでも行きたいところです」
 オレはミズキに歩み寄ると、その肩に手を置いた。
「ミズキ。オレも行く」
 言うと、ミズキは初めて戸惑いの色を見せた。
「しかし、彼の件はわたしの問題です」
「クレタスの友達でもあるんだろ、キリュウってのは。それに、今さら関係ねーなんて言わせないぜ」
「そうだよ! あたしも行くからね! 駄目って言っても付いてくよ!」
 クルルもまた、真剣な表情で言う。オレは苦笑を浮かべ、
「クルルは頑固だぜぇ? 言い出したら絶対に人の話は聞かない。それでオレがどんだけ苦労したことか」
「あ、何よそれー。カズマ君だって頑固じゃない!」
「オレよりお前の方が頑固だろ」
「そんなことないもん!」
「そういうところが頑固だって言ってるんだよ」
「むー!」
 ふふ、という笑い声を耳にした。
 視線だけそちらに向けると、ミズキが笑っていた。
「ふふ、おふたりとも仲が良いんですね」
「今のを見てそういう結論になるのか?」
「ええ。こんなにも仲が良い人たちを見るのは久しぶりですよ。最近は、段々と人の心がくすんでいるような気がしてなりませんでしたから」
 ふう、と息を吐き、ミズキは真っ直ぐにオレたちを見た。
「わかりました。おふたりは止めても来るでしょうから、いっそ一緒に来てください。ただし、絶対に無理はしないで下さい。セロは、ともすればあなた方の想像以上に強い相手です」
「大丈夫だって。やばくなったら逃げるから」
 相手の強さというのは、実際にやってみるまでわからない。
 あるいはミズキが相性的に悪いだけでオレなら簡単に倒せるのかもしれないし、もしかしたら相手が体調を崩していて万全ではないという可能性もある。
 常に相手の最強最高の状態を知る必要はない。大事なのは相手の現在の力を、状態を、正確に見極めること。それが今の自分の状態と照らし合わせて、勝ち目が薄ければ逃げればいいし、絶対に勝てるのなら勝負すればいい。
 戦いの結果は水物だ。実際にやってみて、しかも決着するまではどう転ぶのか予想できないところがある。
 そんなものを戦う前から過度に心配したって、ただ気疲れするだけだ。
「要するに、死ななきゃいいんだ。生きている間は再戦できる。それに……」
 オレはクルルを見て、そして、ちょっと笑みを浮かべてみせた。
「ノエル倒すまでは、そうそう死ねないしな」
 ノエル=リーチェ。グレンを殺した女。
 別にオレたちとグレンはそこまで親しかったわけじゃない。ほんの数日の付き合い。友人とさえ呼べるかどうか怪しい仲だった。
 けど、グレンはオレたちを逃がし、そして死んだ。それだけは、事実だった。
 その事実がある以上、少なくてもオレは、ノエルを野放しにするわけにゃいかない。
 今まで殺人を何度となく犯してきたオレだからこそ。他人を殺すことによって生きてきたオレだからこそ。
 グレンの弔いもまた、絶対にやらなきゃいけないんだ。
「ミズキ。よろしく頼むぜ」
「こちらこそ」
 こつん、と拳を突き合わせる。
 滅びた町『リリーバレイ』。
 そこに待っているのは、鬼だろうか。悪魔だろうか。