馬に乗ったのは久しぶりだった。
「カズマ君、馬、上手いね!」
「口は閉じてろ。舌を噛むぜ」
 馬は速いけど、乗り心地は最悪に近い乗り物だ。上下にゃ揺れるし、走らせちまえば座り込むこともできない。
 オレたちはミズキがどこからか借りてきた馬に乗って、一路、リリーバレイを目指していた。
 捨てられた町。その名を冠するリリーバレイは、その名前の通り住んでいる人間はいない。何十年も前に捨てられ、今は朽ちるに任せられているらしい。
 そこに、ミズキの師匠にしてクレタスの友人、キリュウを殺した男が潜伏しているかもしれないという。
 オレたちの少し前をミズキとクレタスを乗せた馬が走っていた。斜め後ろからでは正確な表情を読めないが、それでも空気が硬いのがわかる。
 あのふたりからすれば、セロとの戦いは弔い合戦。緊張もするだろう。
「あ、カズマ君」
 言われるまでもなく、オレの目にもそれは見えていた。
 崩れた塔。あれが、リリーバレイが誇っていたという鐘突塔だろう。昔はもっと立派だったんだろうが、今は遠めにもみすぼらしい。
「……あそこ、に」
 セロ=テスラ。師匠殺しの大罪人。あそこに、そんな男がいるんだろうか。
「いないと、いいね」
「ああ」
 クルルの言葉に短く返す。
 ミズキはセロを見つけたいのだろう。だけど、オレやクルルは、どちらかと言えば見つけて欲しくなかった。
 会えば必ず殺し合いになる。それは、どちらか一方が死ぬまで終わらない戦いになる可能性が高い。
 ミズキと過ごした日々はそう長くないが、それでもあいつの人のよさはあちこちで垣間見てきた。オレたちに宿を貸し、修行をつけてくれていること。町に出れば、色々な人に愛されているその人格。
 ミズキは、およそ復讐者なんて言葉は似合わない人間だ。それを、オレたちは肌で感じていた。
 セロさえいなければ。あそこにセロがいなければ、ほんの時間稼ぎに過ぎないにしろ、ミズキが血みどろの戦いを演じなくて済む。
「祈り、か」
 それは届くのだろうか。

「荒れていますね」
 町に入ってからの、ミズキの第一声はそれだった。
 実際、リリーバレイは荒れていた。
 そこらに点在する建物は、あるいは半壊に、あるいは全壊状態になっていた。道は古いせいか狭く、整備もされていないものだから、あちらこちらに雑草が生えている。
 死んだ町。人が捨てたものというのは、こうも寂しいもんなんだろうか。
 クレタスは軽く周囲を見回しながら、
「この町も狭くないじゃろう。探すとなれば、手分けした方がよさそうじゃな」
「ですが、セロはそう弱くはありません」
 それは言外に、出会えば即戦闘になると語っていた。
 実際、相手は人を殺して逃亡している身だ。出会ってただで済むとは思えない。
 オレは軽く肩をすくめ、
「ちょっと持ちこたえるだけなら、オレだけでも大丈夫だ。その間にミズキが助けに来てくれりゃどうにかなるんじゃないか?」
 ミズキは少し迷っているようだったが、いてもたってもいられないのか、その提案を呑んだ。
「わかりました。ではわたしは向こうを探します」
「わしが一緒に行こう」
「じゃ、オレとクルルはこっちだな」
 ミズキと正反対の方向を指す。どちらの通りにも、大きな差異があるようには見えなかった。
「では、一時間後にここで落ち合いましょう。また、何かあったら目印を打ちあげて下さい。すぐさま助けに向かいます」
「ああ、頼む」
 頷き合い、オレたちは互いに背を向けた。
 ふと、オレは空を見上げた。どんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。
「何もなきゃ、いいけどな」
 なんとなく。
 本当になんとなく、嵐は避けられないような。そんな気がしていた。

 クルルとふたり、町を歩く。
 当時はなかなか発展した町だったんだろう。この大通りにも様々な商店らしき建物が並んでいる。もしこれらが全て営業していたら、さぞかし賑やかな通りになっていただろう。
「ねえ、なんでこんなに大きな町が捨てられちゃったのかな?」
「なんでも病気が流行ったって話だ。それで人が激減して、残った人も町を捨てちまったらしい」
 その病気も、もう何十年も前に治療法が確立され、今では完全に治る病気の一種として数えられる。
 けど、当時はそんな技術も知識もなくて、不治の病として知られていた。人間、どれほど強いことを言ったって、病気に打ち勝つのは難しい。まして未知の病気ともなれば、それは軽いパニックを引き起こすだろう。
「じゃ、じゃあさ、もしかしてあたしたちも感染、とか……?」
「そりゃない。ここで病気が流行したって言っても大昔の話だ。今じゃそこらの町よりよっぽど綺麗な空気しているだろうさ」
 ちょっと顔色が青いクルルを安心させるように、オレはその頭に手を置いた。
「そ、そうだよね! 当たり前だよね!」
 口ではそう言いながらも顔が青い。怖がりにも程がある。
「つっても、人っ子ひとり住んじゃいないはずだからな。もしかすると猫さえいないんじゃないか?」
「本当に、生物は誰もいないんだ」
「死に絶えた町ってわけだな」
 人間は新たに生きる場所を見つけ、その度に、こうして捨てられる町が出てくる。
 仕方ないとは言っても、もったいない気がした。
「あれ?」
「ん、どうした?」
 足を止めたクルルに習い、オレも立ち止まった。視線もクルルに合わせる。細い路地が続いていた。
「カズマ、君。ここ、誰も住んでいないんだよ、ね? 猫さんさえ住んでないような場所なんだよね?」
「そのはずだけどさ?」
「じゃ、じゃあ、今そこで動いたの……何!?」
 瞬間、オレはクルルを後ろに押しやり、前に出ていた。
「『とかげのほうこう』!」
 遠慮なしの炎が建物と建物の間に入り込み、
「『かえるのうた』!」
 ジュバっと音を立て、白い煙となった。
「かえる、だと?」
 セロはとんびの使い手だ。かえるでのガードはおかしい。となれば、そこにいるのは別人?
「誰だ! そこで何をしている!」
 声を張り上げると、返ってきたのは戸惑いに満ちた声だった。
「その、声は……、もしかして、カズマ君、かい?」
「――!?」
 オレの名前を知っている!?
 暗がりに目を凝らす。そこで、確かな人影が揺れていた。だが、顔まで見て取ることはできない。
「お前、本当に誰だ?」
「いや、久しぶりだね。仲間に会えてよかった。敵だったらどうしようと思っていたところだよ」
「ね、ねえ、カズマ君。この声って、もしかして……?」
 オレも、この声の主を思い出していた。
 だけど、同時にそれはありえないと頭の別の場所が叫びだす。
 そう。あいつは、死んだはずだった。
「会えて嬉しいよ。カズマ君」
 暗がりから姿を現わしたのは、予想通りの男。同時に、ここにいることは絶対にありえない男。
「グレン、さん!」
 グレン=パイク。
 ノエルに殺されたはずの男が、そこに立っていた。