ためらうな。
「どうした。来ないのか」
 あいつは敵だ。
「まさかもう戦えないのか?」
 だから。
「死ね」
 オレの中で、スイッチが入った。
 爆発と共に飛び出す。グレン目掛け、拳を振るう。
 ひょい、と相手がかわしたところに膝。受けられれば肘。弾かれると蹴り。
 止まることのない、流れるような連撃。とにかく攻める、攻めろ、攻め続けろ!
「ふむ」
 右のフェイント、続いて左!
 かわされりゃさらに肘!
 受けられたら続いて右蹴り!
 オレとグレンの間のレベル差は一朝一夕で埋まるものじゃない。埋められないなら何か策を使うしかない。
 とはいえ、今のオレに切り札はひとつっきり。そいつを使っちまえば勝ち目はなくなる。おいそれとは使えない。
 相手が油断している、今の間に! チャンスを作る!
「前より動きは鋭さが増したな。そこそこできる師匠でも得たのか?」
 回し蹴りをかわされたところで、オレは顔面狙いのストレートを繰り出す。それを、グレンは片手で受け止めてみせた。
「質問くらい答えてくれてもいいだろう。知らない仲じゃないんだから」
「これが答えだよ。『とかげのいかり』!」
 爆風に乗って後ろへ。さらに魔法!
「『とかげのほう――』!」
 巻き起こった煙を貫いた拳が目の前にあった。
 殴られた。そう思ったら体が浮き上がっていた。
「甘い」
 反射的に顔の前に腕を持っていく。途端、体が吹き飛んだ。
 何か音がした気がする。すでに痛みは全身にあって、どこをやられたのかさえわからなかった。ただ、腕がびりびりと痺れている。
 薄っすらと目を開くと、割れた木片が目の前にあった。視線だけを周囲に走らせ、どうやらどっかの家の壁をぶち抜いたらしいとわかった。
「カズマ君!」
 すごく近くでクルルの声が聞こえた。見ると、いつの間にかオレの隣にしゃがみこんでいる。
「バカ……、なんで、来た。さっさと、逃げろよ……」
「やだよ! 絶対にやだ! カズマ君だけ置いて逃げるなんて、死んだってやらないから!」
 クルルの頬が濡れているのは、雨のせい、だろうか。
 そう、雨だ。段々と雨脚が激しくなってきている。
 ざーざーと降りしきる雨が、視界を悪くする。
「どうした、カズマ君。もう終わりなのか」
 暗い、夜のような世界の奥から、グレンの声が届く。自然、オレは起き上がろうとして――、けれど、体が言うことを聞いてくれなかった。
「カズマ君……」
 クルルはぐしぐしと目元を拭うと、すっくと立ち上がった。
 まるで、その小さな体でオレを守るように。
「バカ、お前がどうにか、できる、相手じゃ、ねえ……」
「そんなの関係ないよ。カズマ君を殺すなんて、そんなの絶対にさせない。あたしが、カズマ君を守ってみせる!」
 クルルの手が、胸元のペンダントに向かう。
「それは!」
 そう。それは、クルルだけの魔法。
 ノエルが、グレンが、あれだけの強さを持つ連中が欲しがった、古代の力。
 もしかしたら、奇跡も、起こせるかもしれない力。
「お願い! あたしを助けて!」
 グレンが、初めて防御の構えを取った。何が起きるかわからない古代魔法。けれども、封印されるほどには危険な魔法。その効果は、決して無防備な体で味わいたいものではない。
「『なみだのしずく』!!」
 キン、と澄んだ音色が響いた。
 そして、静寂が落ちる。雨音だけが耳を打つ。
 オレは動けなかった。クルルは動かなかった。そして、グレンは。
「な、んだ?」
 そろそろと、防御の構えを解いた。
「何も、起きないではないか」
 オレの目にも、何かが起きたようには見えなかった。
 もしかして、失敗した――?
 魔法を発動させるには練習が必要だ。クルルは今まで『なみだのしずく』を扱う練習はしていない。
 そのせいで、失敗したのか!?
「……どうやら手詰まりのようだな。もう一度だけ言おう。おとなしく投降しろ。悪いようにはしない。
 断れば、カズマ君には死んでもらう。邪魔だからな」
「ふざ、けないでっ!」
 クルルの強い声に、グレンだけでなくオレまでもが肩を震わせた。
「ふざけないで! 殺すとか、死ねとか! そんなの簡単に言わないで!
 人の命をなんだと思ってるの!? あたしたちをなんだと思ってるの! あたしは道具じゃない! カズマ君の命はゴミじゃない!
 あたしたちは、おもちゃでも人形でもないんだからあッ!」
 杖を向け、クルルは叫ぶ。
「『かえるのした』!」
 それは、以前のものと比べれば格段の威力を誇っていた。グレンのそれとは比べるべくもないが、あのクルルが使った魔法とは思えないほどの速度があった。
 そしてそれは、グレンの意表を突く。
「!」
 芸も何もない直線の一撃。それだけに最速。防御の構えを解いていたグレンは、何のガードもなしに正面から喰らった。よろめき、倒れる。
「だったらあたしが戦うんだから! 『かえるのうた』!」
 杖から生まれた水流が視界を覆い、グレンに襲いかかる。グレンは慌てて手のひらを合わせ、
「『かえるのうた』!」
 まったく同じ魔法。が、威力は明らかにグレンが上。ただ、無茶な姿勢で適当に発動させたものだから、当たり所が悪い!
 グレンの魔法はクルルの一撃を完全には相殺できず、弾けた水が雨と共にバラバラと降り注いだ。
「『かえるのうたぁ』!!」
 さらなるクルルの攻撃――まずい!
「逃げ、ろ!」
 ほんの一瞬だ。もしもあの間にクルルがきちんと集中し、さっきのよりずっと威力の高い魔法を使っていたら、多少なりともグレンの邪魔ができた。そうすれば、オレも不意打ちできた。
 けど、クルルが放ったのは同じ魔法。威力が低く、必殺の能力はない。
 考えてみれば、クルルは、上位の魔法は知らないんだ!
「『かえるのうた』!」
 今度こそ完璧なグレンの魔法がクルルの攻撃を完全に相殺し、逆に押し返す。弾かれた水はクルルの足元をすくった。
「きゃっ……!」
 どたっと転んだクルルを、水流が縛る。
「ちょ、何これ!?」
「悪いが、クルル、君は少し黙っていてもらおう。私はカズマ君と交渉をしている。君は戦力外どころの話ではない」
 あいつの、言う通りだった。
 クルルは弱い。グレンはおろか、オレよりも弱い。
 それでも。それでも、あいつはいつだってオレを信じて、戦おうとしてくれているじゃないか!
 あんなに弱いクルルでも戦える。
 それなら。オレに戦えないはずがない! 戦うなら、グレンを倒すなら今しかないんだ!
 オレは全身を奮い立たせた。あちこちが悲鳴をあげている。それでも構わず、立ち上がる。どこからか、血が流れ出した。
 汚れたって、今は雨が洗い流してくれる。
「グレン」
 声は、案外とはっきりと出てきた。
「お前、勘違いしてないか」
「何をだ?」
「オレとクルルを」
 震える拳で構えを取る。なりふりなんて構っちゃいられない。
「オレも、クルルも、頑固なんだぜ」
 かっこ悪くて構わない。
 クルル守れなきゃ、なんだって同じだ!
「負けなんて、ぜってーに認めねえよ!」
 踏み出し、低く飛び込む。
「バカがッ!」
 グレンの蹴り。体を横に倒してかわし、さらに飛び込んでグレンの後ろにまわった。
「舐めるな! 『かえるのだいがっしょう』!」
 全方位攻撃型の水魔法。溢れる水流に、オレは自ら手を突っ込んだ。
「『くろとかげのいたずら』!!」
「なっ……!?」
 水が、凍った。
 左腕の先は出ている。十分だ!
「『とかげのいかり』!!」
 目を閉じ、呪文に全ての力と意識を込めた。
 物凄い衝撃。全身に走る痛み。
 ごろごろと地面の上を転がり、オレはそのまま倒れた。