この塔に戻ってくるのは、どれくらいぶりだろうか。
 クレタスが案内してくれたのは、武芸の町『アデューカム』から程近い塔だった。ここにはオレたちも使った転移魔法陣がある。
「ここから別の紋章が封印されておる洞窟まで飛べるようになっているんじゃ」
 本だらけの中を突き進み、例の狭い石壁空間に入る。四人で入ると、さすがにかなり狭かった。
「こ、ここから本当に別の場所に行けるのですか?」
「ああ。あんまし動くなよ」
「う、動くとどうなるんです!? まさか途中で体の一部だけ置いていかれたりとか……!」
「あー違う! 暴れるな狭いっ! 心配しなくてもクレタスが責任取ってくれるから大丈夫だよ!」
「いや、体がバラバラになってしもうたらさすがにわしでもどうにもできんのじゃが。そもそも、そんな事態にはなかなかならんぞい」
 んなこたぁわかってるよ。
 口に出しかけたが、やめておいた。これ以上、ややこしくなると本当に面倒だ。つーか狭い。
「では、いくぞい!」
「え!? も、もうですか!? もうちょっと心の準備とかは!?」
「そんなものは必要ない! さっさとやれ、クレタス!」
「ちょ、え!?」
 周囲が光りだす。魔法陣が起動したんだ。
「こ、な、え!? なんですかこれ!」
「キリュウと一緒にいたわりには小心じゃのぉ。大丈夫じゃ、わしに任せておけ」
「そうそう、クレタス君なら大丈夫だよ」
「で、なんでお前はオレにしがみついてるんだ」
 腰に視線を落とすと、クルルがぎゅーっとつかまっていた。狭く感じる理由の大半はこいつにある気がする。
「え? あ、それはー……えへへ」
「笑ってごまかすなよ。怖いんだろ」
「こ、怖いとかじゃないよ! 別に! 全然!」
「そ、そうです! わたしだって恐怖などは全く!」
 そう言うならとりあえずはふたりとも離れて欲しいんだが。
「ちょうどいいからカズマ、そのまま枕になっておれ」
 クレタスは手を重ね合わせ、意識の集中を始めた。光の量が、密度が、徐々に増していく。
「『けもののたび』」
 クレタスが手を床石につけると同時、オレは目を閉じた。
 まぶたを通してさえ感じる強烈な光。それが一瞬で最高潮に達し、徐々に小さくなっていく。
「もうよいぞい」
 クレタスの言葉を合図に目を開くと、黒いカーテンはいつの間にか鮮やかなブルーに変わっていた。
 カーテンを開くと、やはり本があちこちに積んであった。こいつの使っている塔ってのは、どこも書庫になっているんだろうか。
「ここから徒歩でも半日程度で行けるところに滝があるんじゃ。封印の洞窟はその裏じゃよ」
「ちなみにここはアデューカムからはどんくらい離れているんだ?」
「車ならば三日とかからんじゃろうな。地理的には東の方じゃ」
 それなら、あいつらがここに来ている可能性もある、ってわけか。
 オレの治療には十日以上もかかった。これもクレタスが協力してくれたからこの程度で済んだわけで、実際ならもっとかかっただろう。
 それだけの日数があれば、連中とて自由に移動できる。もしもここにあいつらの本拠地があるなら、鉢合わせて戦闘ということにもなりかねない。
「カズマ。いざとなれば逃げの手じゃ。なに、洞窟はわしのほうが熟知しておる。逃げるだけならいくらでも可能じゃ」
「そいつは頼もしいね」
 封印の洞窟を作る際にはクレタスも関わっているそうだ。それなら、魔獣が暴走した時にも逃げられるような何かを仕込んであるだろう。
「そんじゃあ行くか。滝の洞窟ってとこに!」
『おー!』
 今度こそ、連中の尻尾をつかむ。
 いつまでも逃げてばっかじゃないぜ!

 轟々と流れ落ちる滝。
 そんなものを見たのは、生まれて初めてだった。
「こいつはすげーな……」
 滝と聞いてはいたものの、オレが想像していたのはもっと小さいものだった。
 けど、実際はものすごい。幅だけでも何十メートルとあるだろう。近くは肌寒い空気が漂い、小さな声の会話など滝の音にかき消されてしまいそうだ。
 山の方に向かって歩くこと数時間。途中から川沿いに歩き続けて、辿り着いたのがここだった。
 山林のど真ん中にある滝は、人をまったく寄せつけない威風があった。
「こっちじゃ!」
 クレタスを先頭に、オレたちは滝に近づいていく。
 横から滝に接近すると、なるほど、小さな入り口らしきものがあった。
 足元は濡れている。慎重に、転ばないようにと気をつけながら進んでいくと、滝の真裏に入り込めた。
 表から見る滝も壮観だったが、裏から見る滝もなかなか心に響くものがある。
「ここじゃ!」
 前を見ると、ぽっかりと大きな穴が開いていた。そこが洞窟の入り口らしい。
 入り込むと、ひんやりと冷たい空気がオレたちを包み込んだ。
 壁がぼんやりと光を放ち、洞窟全体を見渡せるように照らしている。
「クレタス、これはどうなってんだ?」
「植物の一種じゃ。光を放ち続ける特性を持っておる」
 それで洞窟全体が明るいわけか。
「行くぞい」
 クレタスが先頭。次にオレ、その後ろにクルル、最後尾にミズキと続いて、奥に進んで行った。
 奥に進むにつれて、あちこちに水溜りが見えてきた。さらに進むと、途端に開けた空間に出くわした。
「へえ……、こりゃ驚いた」
 洞窟の中の空間は炎の洞窟なんかよりずっと広い。どうやら、天然の空間を利用しているらしかった。
 まるで橋のように幅広の一本道が続く。右を見れば石壁。そして、左には。
「中にも滝があるんだ!」
 そう。左手に見えるのは、滝だった。外の滝とは比べるべくもない大きさだが、それでも美麗な姿を見せている。
 足元に視線を送ると、湖のようになっていた。
「ここが魔獣が番をしていた空間じゃ」
 クレタスはオレだけに届くような声で言った。
 見回してみる。どこにも魔獣の姿はない。
 妥当、と言えた。グレンが倒してその欠片を自分の中に埋め込んだなら、魔獣がそこらでのんびりしているわけがない。
 おそらくは、殺されている。とっくの昔に。
「洞窟の魔獣ってのは、感情とかないものなのか?」
「いや。わしらと変わらんよ。外見と戦闘力以外は何も、の」
「そう、なのか」
 だったら。
 グレンは、ふたりもの魔獣を殺したことになる。
 ――許せない。
 勝手だとはわかっていた。今まで命を奪ってきておいて、どの口がそれを言うんだという気もする。
 だけど。だけど、やっぱり、許しちゃいけないような気がした。
 命は、命なんだ。いかにオレが許されない存在であろうとも、だからってグレンを許していい理由にはならない。
「あの先が封印の間じゃよ」
 クレタスが指さした瞬間、
「伏せろッ!」
 オレはその小さな背中を突き飛ばした。そのままオレ自身もクルルと共に地面に伏せる。
 直後、背中を冷たい殺気が通り抜けていった。
「おい、面倒だから避けんなよ。長引くほど痛いだけだぜ」
 どこかで聞いたような声だ。
 思いつつ、オレは体を起こす。
 封印の間の方から、誰かが出てきた。
 見知らぬ少年だ。クルルと同じくらいだろうか? 子供らしい服装だが、ただ一点、腰の鞘だけがまったく異質の存在感を放っている。
「まあ、こうなっちまうとは思っていたけどな」
 腰の刀に手をかけ、少年は一気に引き抜いた。
 鞘から引き抜かれた刀は、真っ黒だった。刀身さえ黒い。何かの色を塗ったような感じがした。
「やるんだろ、姉貴」
 少年の目は、オレたちなど見ていなかった。
 さらにその後ろ。思わず振り返ると、そこに、憎悪の眼差しがあった。
「……セロッ!」
 ミズキの短い叫びは、怒りと憎しみだけに彩られていた。