あれが、セロ=テスラ……。
 オレたちの前で刀を構える少年は、なるほど、確かに隙なんてものは全くない。だけど、それだけじゃないはずだ。
 単純な剣術の腕なら、ミズキはセロなんかにゃ負けないって聞いてる。だけど、あいつには魔法もある。得意系統のとんびを合わせた魔法。ノエルと同じタイプだ。その厄介さは、オレもこの目で見てきた。
「すみませんが、この戦いはわたしに任せてください」
 オレたちの前に立ち、ミズキは殺気を込めた刃を抜いた。
「それって、あたしたちは手を出すなってこと?」
「その通り。彼との決着は、わたしが」
「で、でも、強いんでしょ!? そんな、ひとりじゃ危ないよ! みんなで戦えば死なずに戦うことだって――」
 オレは言葉を続けるクルルの肩に手を置いた。クルルが振り返る。
「クルル。任せよう」
「カズマ君までなに言うの!」
「そう興奮するな。戦いって、そういうものだ」
 ちらりと視線を送ると、ミズキはすぐさま前を向いた。
「ありがとう、カズマさん」
 バン、と地面を蹴飛ばし、ミズキが飛び出す。セロもまた、同じように飛び出した。
 ふたりの刀が交錯する。金属音が耳に痛かった。
「クルル。戦う理由があるんだ、オレたちには。ミズキが戦うのはセロを自分の手で倒すためだ。もしそれができないなら、あいつは戦う必要なんてない」
「なら戦わなくていい! そんなのしなくたって生きていけるじゃない!」
「駄目だよ、それじゃあ。死ぬんだ。仮に体が生きたって、心が死んじまうんだよ」
 今、あいつは誇りのために戦っている。
 誇りで生きられるなら苦労はしない。オレとて、どんな状況でも生きられればそれでいい。
 だけど、ミズキは違う。ミズキはセロを倒す、そのためだけに生きて、そのためだけに戦っている。
 今のあいつの邪魔だけは、絶対にしちゃいけないんだ。
 クルルは小さな声でうなりながらも、手を出せずにいる。
 そう、どっちにしろ、オレたちに手出しなんかできないんだ。
「凄い戦いじゃな。あんなものはようよう見られぬ」
 クレタスの言う通りだった。
 ミズキの刀とセロの刀がぶつかっては弾き合い、また弾いては重なる。
 あまりに早くて、オレたちにはその動作を見切ることができない。立ち位置はくるくると入れ替わり、お互いの刃がひゅんひゅんと風を切っている。
 あんな状況じゃ、オレたちは下手に手出しすることができない。間違ってミズキに攻撃しちまおうものなら、目も当てられない。
「どうしたよ姉貴! そんなものか!」
「まだまだ!」
 ぐっと踏み込むミズキ。一方で軽く受け流すセロ。
 技量はほぼ等分。若干、ミズキが上だ。だけど、ミズキはまだ全力じゃない。ミズキの愛刀『金色夜叉』は、まだ全力を発揮していない。
 もっとも、それはセロも同じ。まだ魔法は使わず、剣だけで対応している。
 どちらも様子をうかがっている状態。熱くなっているように見えて、案外と冷静だ。
「ハッ!」
 ミズキが一際、強く踏み込んだ。振り下ろす攻撃をセロはまともに受けてしまい、身動きできなくなる。
「このまま断ち切るぞッ! 『金色夜叉』!!」
 刀が、輝いた。
 鉄の塊が刃となる。その鋭さはセロの刃さえも上回る。
「師匠の刀! お前には過ぎた品だ!」
「そりゃ、姉貴ほどうまくは使えないけどよ……! おれだって剣士だぜ! ――いや、違うな」
 危険な状況で。
 セロは、笑った。
「おれは、魔法剣士だ」
 ふわっと、風が通り過ぎた。
「『とんびのつばさ』!」
 突風が吹き荒れた。ミズキの体がよろめいた瞬間、セロは吹き飛ばされたように空に躍り出る。
「やっぱ姉貴に刀じゃ勝てないな! だけどさ、これならどうだい!?」
 高速で宙を舞うセロ。その動きは目なんかじゃ追いつかない。線で捉えようにも、あいつは途中で簡単に軌道を変えてしまう。
「姉貴の術式じゃ空は飛べない! 鈍重なもぐらじゃ華麗に空を舞うとんびには追いつけないのさ!」
 言うだけのことは、ある。
 ミズキは魔法が不得手だ。元より攻撃には向かないサポート系の術が得意な『もぐら』では、とてもセロに対する攻撃にはならない。
 かといって、空を飛んでいる相手には刀さえ届かない。
「そしてッ!」
 セロの軌道が変わった。
 まっすぐ、ミズキに向かう攻撃!
「つッ!」
 ミズキはかろうじて攻撃を受け流し、反撃に転じようとする。けど、その時にはもうセロは離れてしまっていた。
 ヒット・アンド・アウェイ。
 攻撃し、すぐさま離れる戦法。『とんび』と合わせてあんなことされたら、ミズキじゃ攻撃しようがない!
「姉貴はたいしたもんだよ。剣術なら師匠にだって引けは取らない。だけど残念だね、そんな刀じゃおれには届かないんだ!
 おれは攻撃しては逃げるを繰り返す。それだけで姉貴の集中力はどんどん削れる。一太刀でも浴びれば、もうおれの勝ちだぜ!」
 否定は、できなかった。
 戦いはそれだけで集中力がかなり必要だ。まして、砕くのではなく斬ることを前提とした刀は、通常の武器以上に集中して細かな扱いを必要とする。
 そんなものは長く続けられないし、仮に攻撃でも受けようものなら、痛みが邪魔してまともの振れなくなるはずだ。
 この勝負。圧倒的に、セロが有利すぎる。
「今の間に降参しちゃってくれよ、姉貴。そうすりゃおれも殺さなくていいんだからさ。別に姉貴を殺すのが目的ってわけじゃないんだから」
「……黙れ」
 ――思わず、オレは後ずさっていた。
「どの口で師匠と呼ぶ」
 ミズキの言葉、その端々から受ける感情の渦。
「どの口で殺したくないなんて言う」
 そこに宿る殺意は、矛先ではないオレにさえ、恐ろしかった。
「師匠を殺したお前が! どの口でそんな言葉を吐くんだッ!」
「そ、それだって事情があったんだよ!」
「なら言ってみろ! あれほど血を嫌った師匠をその刀で殺しておいて! どれほどの理由があるって言うんだ!」
「うっ……、うるさい! 知ったことか!」
 セロが空中で刃を振るう。その軌跡がキラキラと輝いている。
「姉貴はいっつも人の気なんか知らないで好き勝手やって! それで偉そうな口なんか叩くなよ!」
「なら言ってみろ!」
「うる、さいっ!」
 光る風が落ちる。合わせるようにミズキが刀を振ると、風が切れた。左右の地面が弾ける。
「くそッ!」
 魔法ではダメージにならないと悟ったのか、セロは距離を詰めた。ぐんと縮まる距離。それでもミズキに慌てる様子はない。
「だったら、死んじまえよォ!!」
 セロの刃が、火花を散らした。
「……『もぐらのみりょく』」
 ぽつりとこぼした言葉。それは、呪文だった。
「――!?」
 離れない。今までヒット・アンド・アウェイを繰り返していたはずのセロが、逃げない。
 違う。あれは、逃げられないんだ。
「セロ。お前が何を思ったのかなんて、わたしは知らない。わたしが知っているのは師匠の想いだけだから」
 『もぐらのみりょく』。それは、金属に金属を引きつける魔法。
「師匠は血を、戦いを嫌っていた。お前がそれを導くなら、わたしは受ける。師匠の想いを踏みにじったお前を、わたしは許すことができないから」
 今、ミズキは刀に刀を引きつけたんだ!
「だから、わたしは! お前を倒す! セロ=テスラァ!!」