徐々に。 本当に少しずつだけど、ミズキがセロを押していた。 単純な力ではあのふたりに大きな差はないだろう。ミズキは女だけど、セロはまだチビのガキだ。力では、むしろミズキの方が上かもしれない。 そして、その結果が如実に現われている。ミズキの刃がセロを押し込んでいるのだから。 ミズキの魔法が発動している間は、セロの刃はミズキのそれから離れることができない。力でミズキが負けない以上、このままいけば押し負けるのはセロの方だ。 「いっけー! ミズキ!」 今が最大最高のチャンス。セロが逃げられない間に勝負を決めちまうんだ! 「ぐっ……! 姉貴、前より、力強くなったんじゃ、ない?」 「お前を倒すためだ。セロ!」 「はん。おれも、力じゃ姉貴にゃ、勝てない。だけ、ど、負けないぜッ!」 「――!?」 刃が、止まった。 ずっと押し込んでいたはずのミズキの刃が止まった。それ以上、先に進まない。 「これ、は……!?」 「姉貴が力と技術を持つなら、おれは魔法で勝負する。おれの魔法剣は、魔法が苦手な姉貴なんかにゃ、絶対に破らせない!」 今までとは逆に、セロが押し始めた。 少しずつ、けど、確実に。 「な、何あれ!? どうなってるの?」 「風の魔法じゃな」 クルルの疑問に答えたのは、クレタスだった。 「セロは自らを風で押している。突風は時に人を押し戻すほどの力を発揮する。とはいえ、あれほどの風を、あんなにも制御できるとはの。あやつ、威力はともかく、魔法技術に関しては天才じゃな」 それは、オレも感じていた。 オレは炎の天才なんて呼ばれちゃいるが、それでも炎の制御をパーフェクトにしようとなるとかなり難しい。 まして、あれほど全力で押し合っている状況で、あれほど細かな魔法制御ができるだろうか? 「風は、いつだっておれの味方だ!」 「なっ!?」 刃がそれた。風で、そらしやがった! 弾かれたミズキの刃は横に。それは、セロに対して決定的な隙を作り出してしまっている。 「だああああああ!」 セロの拳が腹に突き刺さった。息が詰まったミズキから、すかさずセロは距離を置く。そして、再び宙に舞い戻った。 「どうだ、姉貴。おれはもう姉貴にゃ近づかない。これで『もぐらのみりょく』も使えない! だけどおれは!」 光る風がミズキに襲いかかる。あっさり切り払うが、次々と襲ってくる風にミズキは身動きが取れない。 「とどめは刺せずとも弱らせることはできる! 近づかなきゃ、おれの負けはない!」 「くっ……!」 空中からの魔法連打、それも弱小魔法。あいつほどの腕があれば連発は難しくない。 「まずいぜ、このままじゃマジでミズキがやばい」 「助太刀するかの?」 すっとクレタスが衣の下から取り出したのは、いつぞやの銃だった。 「これはわしの魔法力を打ち出す。集中すれば必中じゃ、わしらのことを忘れておる今のセロ相手ならば確実に命中させられる。さすればお主でもミズキでもとどめを刺せるじゃろう」 オレを真っ直ぐに見つめるクレタスの瞳。見返し、オレはそっとクレタスの手に自分の手を重ねた。 「――できっか、そんな真似」 「じゃが、このままではミズキまで死ぬ」 「死んでもだ。こんな平和な時代に戦うバカってのはな、死んだって曲げられない意地があるんだよ」 あの日。初めて出逢った日、ミズキが刃を見せてくれた時。 その時のミズキの目は忘れていない。 オレは視線をふたりの戦いに戻し、 「バカってのはわかってる。助けるべきだってことも! でも、それじゃ駄目なんだ。勝てばいいんじゃない。ミズキが勝たなきゃいけないんだ。そのために、オレたちは邪魔できねえ」 「そうか」 食い下がることもなく、クレタスは素直に銃を戻した。 「お主がそう言ってくれてよかった」 「どう、して?」 「わしも、あの戦いに水を差したくはないんじゃ」 弾かれた風が周囲を削っていく。それでも、ミズキは負けじと刀を振り続けていた。 「人間の気持ちというのは、不思議なものじゃなぁ。あれほどの強い心があるから、人間は強いんじゃろう。獣にはあんな心はない」 「クレタス……」 ずん、と洞窟全体が揺れた。 刀を構えたセロ。ミズキの近くの壁が削れ、岩片が下の湖に落ちていった。あいつの一撃が、あれだけの岩を削り取ったのか? 「もっぱつ、今度は姉貴を直で狙うぜ。外してもその石橋は崩れ落ちる。そしたら姉貴も、お仲間も死ぬぜ」 肩で息するミズキは、ちらとだけオレたちを振り返った。 「オレたちのことは気にすんなって。いざとなりゃあ、なんとかする!」 オレの言葉に、クレタスもクルルも頷いた。戦いに邪魔できない今、オレたちができるサポートはそれくらいだ。 「だ、そうよ。やりたければやりなさい。わたしは、正面から打ち砕いてみせる」 正眼に構えた刀。最も基本的な構えは、美しくすらある。 その、何をしても折れない姿に――セロが歯噛みするのが見えた。 「ああ、そうかい。じゃあ、死んじまえよッ!」 刀に風がまとわりつく。魔力が集中していく。その姿が、目に見えるようだった。 一方、ミズキは自ら刀を鞘に収め、腰低く構えた。 「手加減しねえぞぉ! 喰らえッ! 『とんびのきゅうこうか』!!」 攻撃が苦手な『とんび』の中で最大級の攻撃力を持つ一撃。きっちり制御された一撃をぶちかまされたら、石橋にだってヒビが入るだろう。砕ければ、オレたちも共に落ちる。この高さからじゃ助かるまい。 「ミズキ! 命ぃ預けるぞ!」 返事はなかった。 ただ、ミズキは怒りの表情の中に、わずかな笑みを浮かべていた。 「魔を断ち切れ! 『金色夜叉』!!」 抜刀。 金色の輝きが美しい軌跡を描く。刀剣の教科書のような太刀筋だ。 ふわりと、風が頬をなでた。 ミズキは刀を手に、まっすぐセロを指している。セロは、ただ茫然とミズキを見つめていた。 「ち、ちくしょう……」 声が震えている。 「ちくしょうッ!」 ミズキの刀は、完全にセロの魔法を殺していた。器用な奴だ。あれは、オレには真似できない。 「どうした。今のが最大最強の一撃か?」 問うまでもない。決まっている。 元来、攻撃が得意なタイプの魔法じゃない。そういうのは『とかげ』や『かえる』の役目であって、『とんび』や『もぐら』はどちらかと言えば補助タイプの魔法だ。 『とんびのきゅうこうか』を防がれた以上、魔法で真っ向勝負してはセロに勝ち目がない。かといって刀で勝てないのは先の攻防で証明済み。 すでに、セロに勝ちの目はないんだ。あいつにはミズキを殺す可能性が残されていない。 「で、でも、これじゃあ姉貴だって――」 「わたしがお前を倒せないなどと言ったか?」 刀の切っ先を後ろに、中段に刀を構える。 「お前の手がなくなったのなら、今度はわたしの番だ」 「な、何する気だ? 姉貴の刀じゃおれには届かないぞ!」 「それは、その身で受けて確かめろ」 深く息を吐き、ミズキは集中していく。刀の輝きが少し増したような気がした。 感じる。ミズキの魔力が、足に集まっている……? 「これで、終わりだ。『くろもぐらのみりょく』!!」 |