「……セロ」 身じろぎひとつできないオレたちを動かしたのは、ミズキがぽつりと漏らした言葉だった。 振り返ると、ミズキは刀を鞘に収め、じっと足元を見つめていた。 「ねえ。まだ、戦うの?」 クルルの問いかけに、ミズキはすぐには答えなかった。滝の流れ落ちる音だけがやけに耳につく。 「彼、わたしによく懐いていたんですよ」 目を閉じ、顔を上げる。その端が濡れていた。 「姉貴、姉貴って。なんでもかんでもわたしに報告して。幼い頃から親がなく、ずっと道場にいたせいか、わたしを本当の姉のように慕ってくれていました」 しずくが、頬を流れ落ちる。 「わたしに彼は殺せません。彼を斬ることは、できない」 いきなり、クルルが立ち上がった。 何をするのかと見ていたら、ミズキの背後にまわると、後ろからそっと抱きとめた。 「いいんだよ。無理しなくて、いいの。争わなきゃいけない理由なんてない。戦わないで済むなら、絶対にその方がいいんだから」 ミズキはクルルの手を握りしめ、静かに泣いていた。 なんとなく。本当になんとなくで根拠なんてないけれど、あれだけセロが怒っていた理由が、わかった気がした。 セロは、ずっと、ミズキのことが……。 だけど、ミズキは今もその気持ちに気がついていない。師匠のことしか見ていなかった。だから、自分のことを見て欲しくて……。 やりきれない。 無言で、クレタスもまた、ミズキに近づいていった。 何をするのかと見ていると、すたすたと歩き、そのままミズキとすれ違う。 「お、おい、クレタス。どこに行くんだ?」 「封印の間じゃよ」 「だってセロがここには何もないって?」 「何もなくていいんじゃ。ただ、見たいだけなんじゃよ」 何か、思うところがあるのだろうか。 あるのかもしれない。ここは、クレタスからすれば、思い出があるところだろう。いいか悪いかは、別にして。 オレはクルルの耳元に口を寄せ、 「クルル。ミズキを任せていいか?」 「うん。大丈夫。カズマ君はクレタス君に付いて行ってあげて」 「ああ。頼む」 オレはふたりをそこに置き、クレタスを追って奥の間に進んでいった。 最奥の間は、炎の洞窟の封印の間とよく似ていた。 不思議な光が部屋中を埋め尽くし、幻想的な空間を作り上げている。その真ん中で、クレタスは何をするでもなく立ち尽くしていた。 「どうしたんだよ、クレタス」 「――ここにはの、水の力を操る魔獣がおったんじゃ」 水の魔獣。今はグレンが受け継いだという力の、元の持ち主か。 「外見は、そうじゃのぉ、亀と竜を足したような姿、といったところじゃったか? 見た目の威圧感は三体の中でも随一じゃった。わしはあやつの姿が苦手でのぉ。この洞窟は、あんまり好きではないんじゃ」 オレは、あえて何も言わないでいた。クレタスもまた期待していないのか、言葉を続けていく。 「あやつの姿はもうここにはない。わかってはおったんじゃがな。こうなると、やはり、さびしく感じるのじゃ」 「ミズキに触発されたか?」 「はは……、そうじゃな」 笑顔が張り付いている。 なのに、こんなにも寂しそうで。 こんな、心をえぐられるような笑顔は、あまり見たことがなかった。 「キリュウ、ウォークス、レリクピオン、フィロミネンス。みーんな先に逝ってもうた。残ったのは、わしだけじゃ」 ドクン――。 心臓が、何かの叫びをあげている。 「そろそろ頃合いなんじゃろうな。じゃが、わしはまだ死ぬわけにはいかん。古代魔法は現代には必要ない。それを、ノエルたちに教えてやらんといかんからの」 なんだ? 何かが、頭に引っかかる。 何がおかしいんだ? 「……クレタス。古代魔法の存在ってのは、そんなに簡単に知れるものなのか?」 「うむ? まあ昔はどこにでも使い手がおったからの。痕跡くらいならあるじゃろう。じゃが、相当に古い話じゃからなぁ。古代史の調査でもせん限りはそうそう知れるものじゃないと思うがの」 そう。オレも、クレタスに出会うまで古代魔法なんてものは存在さえ知らなかった。 オレは少しばかり特殊な存在だ。それだけに、入ってくる情報も他とは異なる。そのオレが、片鱗さえ知らないものだ。世間の連中なんざ知る由もないだろう。 「じゃあ、ノエルやグレンは、どうやって……?」 まさ、か? だけど、そう考えればつじつまは合う。 「どうしたんじゃ、急に。まさかお主まで感傷にでも浸っておるのか? フィロミネンスの一部を持っておると言っても、そこまで感じるものかの」 ドクン――。 また、感じる。 胸の奥の熱い鼓動。燃えるような、炎のような感覚。 これが、フィロミネンスの生み出す感覚? でも、なんでこんなに反応してやがるんだ? ここに、何かあるのか……? 周囲を見回す。部屋の中心にある何かを封印してあったらしい祭壇の他には、特に何も見当たらない。それもそのはず、ここは魔法を封印するための場所だ。何か情報を書き残しておくための場所じゃない。 それに、ここの担当は水の魔獣。フィロミネンスが、どうして反応する? 「そう、か。そういうことか」 「は?」 「はは、そうだよ。なんでオレは信じちゃってたんだ? 何も確認してないってのにさ!」 「ど、どうしたんじゃ、本当に。気でもふれたのかの?」 いぶかしげにオレを見るクレタス。クレタスには理解できないだろう。だけど、説明すれば、きっとわかってくれる! 「クレタス。ひとつ、頼みたいことがある。オレに乗らないか?」 「今度は何をしでかすつもりじゃ」 「失礼な奴だな。大丈夫、誰も損させやしないよ。ただ、ちょいとばかり待ってもらう必要はあるんだけどさ」 今すぐにでも、自分の考えを確かめに行きたい。その衝動がオレの中を駆け巡っていた。 そのためには、一度、行く必要がある。 「頼む、クレタス。塔の力で、オレを首都に送り届けてくれ」 後は……、不本意だけど、あいつの助けでも借りるか。オレ個人じゃ調べるには限度がある。借りは作りたくないけど、確証を得るためには必要な行動だ。 「説明、できるんじゃろうな」 「もちろん。ただ、首都にはオレひとりで行きたい」 「……? わしらが一緒ではまずいのかの?」 「その理由も説明するよ。簡単に言えば、オレの個人的問題ってことと、クルルにはあんまし知られたくないってこと」 オレは自分の考えをクレタスに語って聞かせた。 クレタスは熱心に耳を傾け、オレの説明が終わったところで、深く頷いた。 「うむ。なるほどの、一理ある。それはお主でなければできんし、ひとりの方がやりやすいじゃろうな。 なら、わしも別の角度から調査しておこう。その方が正確じゃろう?」 「ありがたい」 「礼を言うのなら事が終わってからにしてくれるかの」 そう言って、クレタスはにやりと笑ってみせた。 クルルたちのところに戻ると、ミズキはもう泣きやんでいた。 「お疲れ」 声をかけると、ミズキは照れ臭そうに頬を赤くした。 「クルル、ミズキ。オレ、ちょっと出かけてくるよ。帰ってきたら、決着つけに行こうぜ」 「カズマ君……、どこかに行っちゃうの?」 オレはぽん、とクルルの頭に手を置き、 「大丈夫、大丈夫。すぐに戻ってくるから」 「きっと、だよ? 絶対だからね?」 「オレが約束を破ったことあるか。ってか、そんなに危ないことしに行くわけじゃないよ」 深い事情は、話せないけど。 ミズキには折を見てクレタスが話すだろう。だけど、クルルには教えたくなかった。 「それは、そうかもしれないけど、なんとなく不安なの。何か、良くないことが起きそうな気がして……」 「その時はその時さ。今のオレなら多少の逆境くらいどうにでもなるって」 伏し目がちのクルルは、何か言葉にできない不安に覆われているように見えた。 グレンのこと。セロのこと。ノエルのこと。 オレたちの前に立ちはだかる敵はどれも強大で、オレの力なんかじゃ届かないところに立っている。 あいつらに対抗するには、オレももっとレベルアップしなきゃいけない。それも、桁違いで。 「任せろ、クルル。お前を守るのはこのオレだ」 「――うん!」 少しだけ晴れやかな表情を見せるクルル。 それが無理をしているのだとわかっていても、オレには何も言うことはできなかった。 |