屋敷の地下をあらかた荒らす頃には、死体の山ができていた。手ごたえなんてまったくない。一応は訓練を積んだようだが、どいつもこいつも、プロと呼ぶには程遠いレベルだった。せいぜい、チンピラに毛が生えたという程度だろうか。 オレは部屋の片隅で膝を立てて座りながら、じっと山を見ていた。 「死体」 それは人が生きた証。 もしも、オレがあいつらに拾われていなければ。オレもああなっていた。 死んでいた。 その事実をオレは感謝すべきなのか。それとも怒り悲しみ、さっさと死ぬべきなのか。その判断は未だにできぬまま、漫然と生きている。誰かを殺し続けながら。 そう、結局は怖いんだ。死ぬことが。だから殺すし、傷つけるし、破壊するんだ。 死が恐ろしくないから立ち向かうんじゃない。死にたくないから、ただ死にたくないから、立ち止まることさえできないんだ。 殺さなければ、オレたちは生きることさえできやしない。 「終わり」 ふと気がつくと、オレの前に女が立っていた。黒い影を見上げ、オレは立ち上がる。 「ならさっさと逃げようぜ。次が来たら面倒だ」 こくんと頷く女を引き連れ、オレは唯一の出入り口に向かう。 と、そこで気づいた。 ――人がいる。 見えたわけじゃなかった。気配さえしない。だけど、そこには確かに人がいる気がした。 それは、オレのような生き方をしている者が持つ勘。根拠など何もない、本能による危機回避だ。 オレは片手で女を制すると、黙って扉に近づく。 扉に触れようかという刹那。 「ふっ!」 オレは息を吐き出しながら後ろに跳んだ。直後を白刃が過ぎる。 「勘がいい」 暗い階段から飛び出してきたのは、顔を隠した男。手に小振りの剣を持っている。 身のこなしや殺気の隠し方でわかる。こいつはさっきまでの連中よりも数段の高みにいる、間違いようのないプロだ。 「いきなり刃物か? 危ないじゃないか」 「そういうお前らは不法侵入の殺人鬼じゃないか」 「そこは否定しないがね」 あまりにも。 あまりにも多く、殺しすぎた。利己的な理由だ。弁解の余地さえ存在しない。 だけれども。いや、だからこそ。 「殺されるわけにはいかないんでね」 オレはまだ生きている。 だから、死は避ける。この命の続く限り、全力で。 男は顔の前で刃を構えた。身は低く。いつでも飛びかかれる、まるで野良猫のような姿勢。 「『とかげのひとみ』!」 先手はオレ。初撃は五重の熱線。 とかげの魔法の中でも、ひとみは最も簡単で威力も低い魔法だ。その一撃は、ある程度の力を持っていれば容易に弾く。だが、それは一本の話。 ひとみは指先から放つ。普通の人間は一本。熟練した人間でも三本が限度。だが、オレは五本まで出すことができる。 いかに威力が低いと言っても、五倍になれば話は違う。その圧力は、真っ向からは受け切れない。 しかし、男はそれを知らなかった。 刃の腹でオレの魔法を受ける。直前まで余裕に彩られていたその目に、驚愕が浮かんだ。 「押さ……!」 「当たり前だ。力を分散させて数を増やしているわけじゃねえ」 気合を入れ、オレは魔法を放ちながら距離を詰める。この狭い部屋では、距離を開くだけ不利だ。 「ぐっ――舐めるなっ!」 ぶん、と刃を閃かせ、男はオレの魔法を強引に弾いた。そしてそのままの勢いで蹴りを繰り出す。 オレは左腕で蹴りを受けながら、懐に飛び込んだ。ビリビリと痛みが電撃のように走る。 「そらッ!」 拳を繰り出す。突き出された拳が男の腹を打ち抜く。 「……っ!?」 その感触は、あまりに硬かった。 一瞬、男がにやりと笑ったような、そんな気がした。 「だから舐めるなと、そう言ったんだ」 刃が、肉を割く。 血が、噴き出す。 跳んだ。何も考えずに跳んだ。刃の範囲から逃れ、ただ命を繋ぐ。 あとほんの少し。刹那とさえ言えるタイミングで出遅れていたら、オレの腕は切り落とされていた。 硬い。そう思った瞬間には、体は逃げる方向に動いていた。それが、結果的に命を救ってくれていた。 ポタポタと、手から血が流れ落ちる。痛い。 普通に生活していたら、まず出会わないであろう痛み。日常の中で生きていた頃は、こんなものを自分の身で感じることになるなんて思いもしなかった。 だけど、少しだけ、思う。 この痛みが……、生きていると、まだオレは死んでいないと、感じさせてくれると! オレはがくりと膝を折った。地に膝が、手がつく。 「なんだ。腕を軽く切られただけでもう終わりか? この世界にいるわりには随分と甘いのだな」 「……あんたさ、なかなか強いよ。確かなプロだ」 この状況。オレが膝を折り、相棒は戦闘の気配さえ見せていないのに、こいつはちっとも油断しちゃいない。 まだ思っている。オレの方が自分よりも強いと。だから気を抜いてはいけないと。 自分の方が強いと考えないあたりが面白い。これが戦士なら、そんなのは鼻で笑われる。けど、オレたちの世界では、戦って勝つことが名誉となる世界じゃない。 負けないこと。死なないことこそが大前提。失敗なんか何度でもしていいんだ。ダメそうな時は次のチャンスを狙えばいい。 だからこそ、常に最上級の警戒を行う。そこに可能性がある。 こいつを殺す必要はない。今はオレにトドメを刺せないと思わせること。それこそが、オレたちの勝利に繋がる。 「プロなら自分が使えない魔法のこともよく知っていて当然だ。だからあんた、さっき『とかげのひとみ』を刃で受けたんだろ? 常識で考えれば、受けて弾いた方が優位になる程度の魔法だったから」 「――まあな。正直、あれには驚いた」 だからあいつはこれほど有利でも踏み込んでこない。オレの奥の手を警戒している。 「なら、こいつは知ってるか。『とかげのいたずら』」 男の目が細くなった。警戒と、かすかな疑念。入り混じった感情。それでも根底にある自信はまだ揺らいでいない。そこを、崩す。 「トラップを設置するタイプの魔法だ。術者が手で触れた場所に陣を残し、その上を後から通過した人間に炎と爆発を喰らわせる。シンプルなものだから、解除もそれほど難しくはない」 「それがどうした。わかっているのなら、こんな状況でそんなものが通じないことくらいはわかっているだろう」 「ああ、そうだな。だけど、工夫したらどうだろうか」 オレは炎以外の魔法は苦手だ。普通ならどれでも多少は扱えるだろうが、オレは炎以外はカスみたいな効果さえ出せない。 代わりに。炎に関しては、誰にも負けない。その自負がある。 「これが、オレ流の『とかげのいたずら』だ」 指先に気力を集中。魔法陣を起動させる。 魔法は、言葉によって力を導く術式だ。けれどその時、ほんの少し意識を変えるだけで、本来とは違う効果を発揮できる。オレはその事実を発見した。 そして、様々な独自の術式を編み出した。これも、そのひとつ。 どん、と。壁が弾け飛んだ。 男の体が傾く。背後からの炎にその身を焼かれて。 「な、え……?」 その間に、オレは踏み込む。男の手から刃が滑り落ちた。 「悪いな。見えなかったろ」 そのアゴに、本気の蹴りを叩き込む。折れ曲がった頭をつかみ、 「本当はこういうことしたくないんだけどさ。あんたもプロなら見逃すわけにゃいかないんだ」 「や、やめ――!」 「やめてくれって言われて、お前、やめたことあるか」 殺しのプロは、躊躇しない。 その点で、オレはまだまだだ。だけど、そこまで行き着くつもりもない。 そこに辿り着くのは、力と命を得る代わり、人間性を捨てるということになるのだから。 男の頭が、炎と共に消え去った。 |