首都でやるべきことは終わった。次にやることは、炎の洞窟に行くことだ。
 オレが炎の洞窟に行ったのはただの一度きり。なのに、そこまでの道のりは、まるで何度も通り抜けたかのようにはっきりと覚えていた。
 洞窟の中に入った途端、あの熱気がオレの全身を包み込んだ。
「……気のせいかな」
 前より少し暑い気がする。あるいは、オレが緊張しているせいかもしれない。
「緊張ね」
 この先。オレの予想が正しいなら、あいつがいるはずだ。
 下手をすれば、ここで命を落とすかもしれない。だから、クレタスもクルルもミズキも連れて来なかった。
 何より、これはオレが、オレ自身が決着しなければいけない話だった。誰に任せるわけにもいかない。ミズキがセロと決着したように、オレもオレの手で決着しなきゃいけない。
「『とかげのころも』」
 対炎魔法を自らにかけ、洞窟の奥に進んでいく。
 クルルとこの洞窟に来たのは、それほど前のことじゃない。なのに、なんだか自分がとてつもなく変化してしまったような気がする。
 この短い間に、オレは色々なことを学んだ。少しばかり強くもなった。だけど、グレンやノエルや、あいつらのレベルに達するためには足りていない。
 もっと、爆発的なレベルアップが必要なんだ。だけど、まともに修行したところで、あいつらには死ぬまで追いつけない。
 だったら、オレも一度、死んでみるしかない。
「生まれ変わったら、強くなれるだろうさ」
 直線の道を進む。
 やがて、進む先に明るい光が見えてきた。洞窟の中にあって、闇を弾く光。
 ごくり、と唾を飲み込み、オレは踏み出した。
「――!」
 いつぞやの闘技場のような岩は、そのまま残っていた。
 そこに、仁王立ちする影。燃えるような姿は、忘れようったって忘れられるものじゃなかった。
「久しぶりだな、フィロミネンス」
 グルル、と低い音で返す炎の魔獣。
 死んでなど、いなかった。
 想像通りの光景が目の前にあったというのに、オレの足はすくみそうになる。どれだけ頭で理解していても、恐怖が先に立った。
「滝の洞窟に行ってきた」
 恐怖を振り払うべく、オレは口を動かす。
「そこでさ、感じたんだよ。この胸の奥に」
 とんとん、と自分の胸を指で叩き、
「まるで燃え盛る炎のような、熱い鼓動をな。最初はなんだかよくわからなかった。けど、もしかしたら、って思ったんだよ」
 もしかしたら、フィロミネンスは生きているのではないか。生きて、オレに何かを伝えようとしているのでは?
 だとしたら、ここに来るしかないと思った。フィロミネンスは洞窟の外には出られない。なら、オレが出向くしかない。
 そして、生きていたのなら、これはチャンスだ。
「フィロミネンス」
 炎の魔獣は、殺意に満ちた目をオレに向ける。それだけで、ひるんで足が止まりそうになってしまった。
「オレに、力を貸せ」
 ひるんでいる暇は、ない。
 グレンの持つ完全な魔獣の力に対抗するには、オレも完全な魔獣の力が必要なんだ。そのためには、フィロミネンスの協力が必要不可欠。
 ――何故。
 低く、頭に直に語りかけるような声。そう、オレはこの声を聞いたことがある。
 あの時、炎の洞窟で『お前は死なない』と言っていた、あの声だ。
「やっぱありゃお前だったんだな。
 理由は簡単だ。オレがグレンをぶちのめしたい。それだけだよ」
 ――力に力で対抗しようと言うのか。
「オレはクルルじゃない。あいつみたいに言葉で心を溶かすなんてことはできないさ」
 震えは、いつの間にか消えていた。
 握った拳が、熱を帯びる。
「オレは所詮、人殺しだ。人を殺すことによってしか物事は解決できねえ。誰かの命を奪って、オレだけが生き残って。そうやって生きるものなんだ」
 ――変わろうとは思わないのか。
「人には領分ってものがある。誰かの心を暖めるなんてのはクルルがやればいい。オレは、オレにしかできないことをする」
 ミズキは強いけど人は殺せない。
 クレタスは頭はいいけど戦う力はない。
 クルルは優しいけど戦いには向いていない。
 戦わないで、殺さないで済むなら理想だ。だけど世の中はそう上手くできちゃいない。死ぬことで、殺すことでしか先に進めない人間がいる。
 オレはそういう人間。そして、グレンも同類だ。
「それに、もしかしたら……」
 あいつも、それを望んでいるだろう。
「頼む、フィロミネンス。お前の力が必要なんだ」
 ――人間。我々の力は誰かに貸し与えるものではない。
「んなこたぁ知ってるよ。お前たちは魔法を守るための、言わば番人だってことはな。だけどオレにその力が必要ってことも事実だ」
 ――ならばどうすべきか、理解しているだろう。
 魔獣は前傾姿勢を取った。むわっと熱気が迫ってくる。まるで目の前で火事が起きているかのようだった。
「『とかげのころも』を使ってんのに、この威力かよ……」
 何かの攻撃魔法ってわけでもねーのに。
 これが、魔獣の力か。
 ――勝者が敗者を従える。力が欲しくば、奪ってみせろ! その手でな!
 熱気が爆発する。勢いに、思わず押し戻されそうだった。
「ッ!」
 それでも、負けないように前に踏み出す。少しでも前に、前に!
「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「負けるかああああああ!」
 力じゃノエルにもグレンにも、ミズキにさえ勝てねえ。
 優しさじゃクルルには敵わないし、魔力の量じゃクレタスに負けるだろう。
 なら、オレは何で勝てばいい?
 オレの、オレだけの素質。そんなものはないだろう。何もないが故に、オレは必要とさえされず、流れ流れてこんなところまで来ちまった。
 だったら、オレが負けないでいられるものは、これしかねえ!
「気持ち、だけは……」
 諦めない。負けられない。くじけるものかッ!
「強い気持ちだけは! 負けるわけにはいかねえんだよおおおおおおお!」
 相手がオレより強かろうが関係ねえ! どうせどいつもこいつもオレより強いんだ!
「ならせめて、立ち向かわなきゃ! どうにもなんねえだろうがよォ!!」
 ゆっくりしか進めなかった足は駆け足となり、オレの体を前に前に運んでいく!
 フィロミネンスは微動だにしない。構わず突っ込む!
「でりゃああああああああああああ!!」
 跳び上がり、目指すはフィロミネンスの顔面!
「『とかげのいかり』!」
 突き出した拳。解放された魔力が爆発を起こす。
 体が浮き上がり、宙を舞った。
「――ッ!」
 空中で姿勢を整え、オレはそのまま着地した。
「どうだよ。前よりゃちょっとばかし威力アップしてるぜ」
 まあ、それでも……。
「お前にゃぜんっぜん痛くないだろうけどさ?」
 舞い上がった埃が晴れると、フィロミネンスが姿を見せた。そこに傷や怪我はない。オレと対面した時そのままの姿で、今もそこに立ちはだかっていた。
「やっぱ通じやしねーか……」
 グレンはよくまあこんなもんを倒したもんだ。
 オレ自身が使える最高威力の攻撃を完封された以上、今のオレにこいつを倒す術は残っていない。勝ち目ゼロ、ってやつだ。
「こいつは本気で危ないかもな」
 だからといって、退くつもりは毛頭なかった。ここで逃げたところでオレはグレンに殺される。
「だったら……、今! ここで死んだって! 同じこったぁ!!」
 足を引き、構える。その時になって、オレは気がついていた。
「フィロ、ミネンス?」
 熱気が消えている。殺意も感じられない。
 ――どうしても力を欲するのだな。
 頭に響いてきた声音は、諦めたような色があった。
「言ったはずだぜ。お前の力を貸せ」
 ――お前は、戦いを求めるか。
「戦いなんか求めてねーよ」
 ぐっと握った拳を見せつけるように突き出し、朗々と宣言する。
「オレは、勝ちたいだけだ」
 今のままじゃ勝てないから。
 勝てるのなら、オレはどんなことだってしてやろう。
 ――そうか。戦うのだな。
 フィロミネンスは姿勢を戻し、腕を組んだ。その目がオレの腕に向き、
「ッ!?」
 あ、つぅ!
 刺すような痛み。見ると、腕が焼けていた。
 フィロミネンスはそれ以上は言うことなどないとばかりに跳び上がり、炎の中に戻っていった。
「……すまない」
 これで、あいつにも、対抗できる。