炎の洞窟を出て、林を抜けると旧街道に出る。
 旧と名がつくだけあって、今はここも使われてはいない。少し先に車も使えるほど整えられた新街道があることもあって、こんな道を通る人は一人だっていやしなかった。
 そう、ここは普段、人の気配などない場所だ。誰かがいることなどありえない。
 なのに、そこに人の気配があった。目に見えるところにはいないけど、人がいることははっきりとわかった。そう、オレには。
「出てこいよ。こそこそ隠れるなんざお前ほどの男がすることじゃないだろう」
 素人でもわかるかもしれない。それほどの違和感がここにある。
 これは、明確な殺気。相手を殺してやるという、目に見えるほどの害意。
 バン、と街道の地面が弾け、その下から人が這い出てきた。
「わざわざモグラの真似ごとか?」
「お前との戦い、誰かに邪魔はされたくなかった」
 ぽんぽんと埃を払い、グレンはオレを見据えた。
「そちらこそ、わざわざ首都に来たとはな。どういうつもりだ?」
「そりゃこっちのセリフだよ」
「言っただろう。私は、邪魔されたくないんだよ。クルル=コクーン、ミズキ=シラミネ、クレタス=アルムフェルト。お前の仲間たちはどれも私より格は下だが、その戦闘力は決して侮れるものではないからな」
「そうかぁ? クルルとかクレタスじゃ邪魔にもならねーだろ」
「いや。そうでもない」
 本気、ってことか。
 確かに、戦闘中は一瞬の気の迷いも許されない。拮抗する相手ならなおさらだ。ほんのわずかな集中力の途切れがそのまま死に直結している。
 その点、クルルやクレタスの攻撃は、ピンポイントに敵を狙うのに優れたタイプのものだ。ミズキに至ってはオレより基礎力が高い。そんな連中に邪魔されれば、負けずとも怪我することにはなるだろう。
「完璧主義か」
「当然だ。お前は汚点なのだからな」
 吐き捨てるように言ったグレンはオレをにらむ。
「お前もすでに気付いているのだろう。私は魔獣の力を手に入れ、ここまでの戦闘力を有した。
 それ以前は平凡でしかなかった私が、飛び抜けた戦闘力を得たのだ。その時の快感はえもいわれぬものだったよ。あらゆる相手が自分の下にいる。その快感、お前も知っているだろう?」
「……」
 オレは、答えなかった。
 思わなかったからじゃない。思ったことが、あるからだった。
「今まで自分を見下していた強者! 肩を並べていた同僚! そういった相手を遥か下に見下す気分! 高みから見下ろす快感! それを知って、いまさら敗北などできるものかッ!」
 敗北できない。
 そんなの、みんな同じだ。許された敗北なんてない。戦う以上、勝利以外にはありえない。
 だけど――。
「かわいそうな奴、だな」
「……何?」
「聞こえなかったか? かわいそうだって言ったんだよ。憐憫れんびんってやつだ」
 感じる怒気が少しだけ強まった。
「どういう意味だ」
 グレンの声が固い。あるいはこいつも、自覚しているのだろうか。
「人に操られて、それだけの力があるのにいいように使われて……。それがあわれでなきゃ何だってんだ」
「操ら、れて?」
 初めて。
 この何もない旧街道で対峙して初めて、グレンの瞳が揺らいだ。
「オレは、不思議だったんだよ。グレン。お前が魔獣の力を手に入れたってことは、どんな手段を使おうとも魔獣を倒したってことだ。
 セロは強かった。ノエルも強かった。でも……、魔獣を殺せるほどじゃなかった」
 魔獣。その強さを、オレは目の当たりにしている。
 あれは人間がどうこうできるレベルじゃない。オレの持つ一般人とは格違いの魔力を用いたところで、あいつには欠片もダメージを与えられなかった。それに、今のグレンもまた、フィロミネンスを殺すには至らなかった。
 魔法の番人というだけのことはある。あいつらを殺せるのは、おそらく、キリュウのような特別な力を持つ者だけなんだ。
「じゃあ、誰が魔獣を殺したんだ? 最初は、グレン、お前かと思った。元から魔獣を殺せるような特別な力があって、仲間の協力もあって殺して、それでその力を奪ったのかと思ったんだよ。
 でも、違う。ありえない。何故なら、その時のお前は仲間たちとは比べ物にならないほど普通の力量しかなかったからだ」
 その情報を知るために、オレはわざわざルイーズに会いに行ったんだ。
 そして、そこで確証を得た。
「グレンじゃない。ノエルでもセロでもない。なら、誰が魔獣を殺したんだ? 答えはひとつしかない」
 一呼吸を置き、オレはよく聞こえるように大きな声で言った。
「――いるんだろう? もうひとり。おそらくは対魔獣用の知識と戦略を兼ね備えた仲間が」
 三人の誰もが魔獣を殺す力を持っていないなら、他に一人、あるいは複数の仲間がいると見るべきなんだ。
 全ての物語は、連中が魔獣の力を手に入れたところからスタートしているはずだ。それまでは、あいつらも古代魔法については確証を持っていなかったに違いない。
 魔獣を殺し、古代魔法についてのなにがしかの知識を得た。それが、スタート地点なんだ。
「そう考えれば説明もつく……、というかそれしかない。同時に、お前たちがどこで魔獣や古代魔法の知識を得たのかも。
 そいつだ。そいつが全ての元凶なんだ。そいつがお前に魔獣を埋め込み、セロをそそのかし、ノエルを動かしているんだろ?」
 グレンは、むっつりと閉じていた口を、ゆっくりと動かし始めた。
「さすがだな、カズマ=クライフォード。お前はいつも私の予想を超えていく」
 どこか、グレンの姿は嬉しそうだった。
 まさか、オレの力を喜んでいる?
 ……それもあるのかもしれない。この男には。
「正解だ。私は、全てを捨てて、あいつに力を貸すと決めた」
 全てを捨てて。
 どこかで聞いたようなセリフだよ。
「何故だ、グレン。お前ほどの人間が、どうしてそんな、人を人とも思わないような奴に力を貸す?」
「あいつが私に戦いを与えてくれるからだ。それも、極上の争いをな」
「そんなもののために、お前はクソみたいな人間に味方するのか」
 ふと、グレンの視線がオレからそれた。
 どこでもない宙を見つめるその瞳には、過去が映っているような気がした。
「戦いはいいぞ、カズマ。何もかもを忘れさせてくれる」
 声音が、やけに優しかった。
「思い出したくもない過去。辛く苦しい経歴。そういったものを忘れさせ、没頭できる。これほどのものは他にはない……。
 命のやり取りをしている時だけが、私に幸福も不幸もない世界を見せてくれる」
「そんなに、そんなに悲しいのか」
 オレの脳裏に、ルイーズの渡してくれた書類の文面がよみがえった。
『――結婚するも妻と死別』
 言葉が喉の奥で縮こまっているような気分だった。それを強引に引っ張りだし、吐き出す。
「……そんなに悲しいのかよ。妻を、亡くすってのは」
 沈黙したまま、グレンは何も答えなかった。
 一方のオレは、逆に口が止まらなくなる。
「なんとなくだけど、オレも想像できる気がするよ。オレも苦しかった。辛かった。今だって苦しみから逃げられないでいる。
 けどさ、そんなオレでも、あいつと一緒だと救われるんだ。解放されるんだよ。そんな奴――クルルを失ったらどう思うかって、考えたくもねえ」
 だからオレはクルルを守る。そのために戦う。
 けど、グレンは、守るべき大切な相手を失ってしまって……。戦いしか残らなくなってしまった。
 今のこいつは、あの頃のオレと同じだ。どうすればいいかわからず、与えられた化物みたいな力に身を任せ。
 オレは、クルルに救ってもらった。じゃあ、こいつは? こいつの前に現れたのは?
 それは、こいつを修羅の道に落とす、外道だった。
 そっと目をつむり、その笑顔を思いだす。
「クルルなら、もっと気の利いたこと言うんだろうなぁ……。オレは、うまく言えねえよ。だから、言わないでおく。グレン。戦いの中でしか忘れることができないってのなら、オレが極上の戦いをお前にプレゼントしてやるよ」
 右腕を前に。体を横にし、足を引く。
 戦いの構え。ミズキとの修練のおかげで、今じゃだいぶ綺麗な型が作れるようになった。
 浅く息を吸い、吐く。
「オレは、クルルほど甘かねえ。お前を殺すぜ。グレン=パイク!」
 グレンもまた、同じように構えてみせた。オレとは違い、完璧な型。ゆえに隙も全くない。
 見ているだけで緊張する姿だった。
「よかろう。私を、殺してみせろ! カズマ=クライフォードォ!!」