正面の敵を見据えながら考えを巡らせる。
 オレは、一度はグレンに手傷を負わせることができた。とは言ってもそれは不意打ち。二度は通用しない手だ。
 なんだかんだ言おうとも、グレンの底力はオレをはるかに上回る。それは、一朝一夕で埋められる差じゃない。
 なら、最初から全力で行く!
「でなきゃ勝ち目は見えてこねえ!」
 右手の甲に左手を重ねる。両手を伸ばし、意識を手先へ。
「……?」
 グレンは疑念を持ちながらも攻めてこなかった。それだけオレを警戒しているのだろう。
「行くぜ、グレンッ! 『とかげのともだち』!!」
 全身の血液が沸き立つような感覚。熱い熱い力が全身から抜け出し、オレの周囲に展開していく――!
「魔法、陣?」
 視界が赤く染まった。
 赤い光が足元からオレを照らしている。その下から、何かが這い出ようとしていた。
 強い熱気。けれどそれは、可能な限りオレを避けるようにして立ち上っているようにも見える。
 実際、グレンはすぐさま玉のような汗を浮かべ、慌てて呪文を唱えだした。
「グル――」
「よう。さっそく暴れていいぜ。しかも、全力でだ」
 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
 空気が震えた。
 オレをかばうように、燃え盛る背中がしっかと立ち塞がる。
「フィロ、ミネンス? 生きていたのか……!」
 グレンの声に緊張が増した。そりゃそうだ。オレだけならばグレンだけでほぼ確実に勝てるだろう相手だけど、フィロミネンスもいるとなれば冗談にはならない。
「いっけぇ!」
 オレの叫びと同時、炎の魔獣もまた、大地を蹴って飛び出した。
「ちッ!」
 魔獣の拳をグレンは低く身を沈めてかわす。魔獣の腹が覗ける位置に踏み込み、跳ねるように一撃。
 フィロミネンスの体が浮き上がる。そこにすかさず水の一撃。
「『かえるのうた』!」
 水流で押し戻そうというのだろう。だが、甘い。
「思い切りかませッ!」
 水の流れは、フィロミネンスに激突した瞬間、蒸発して消えた。白煙が立ち上る中、魔獣の周囲の熱量が増す。
「ルオオオオオオオオオオオ!」
 おたけびと共に、頭上に生み出した火球をぶつけた。爆風が、離れた場所に立つオレさえ吹き飛ばそうとしてくる。
「手を休めるな! 連続で行けッ!」
 今の一撃。おそらく、オレならばあれだけで消し飛んだ。仮にぎりぎりで回避したとしても、もう戦える状態ではいられなかった。強さは過大に評価したりはしねえ。ミスは死に繋がる。
 それは相手に関しても同様。グレンとて直撃を喰らえば無事では済まないだろう、けど、野性的な勘として、ここでやめてはいけない気がした。
 グレンは……、この程度じゃ死にゃしねえ!
 炎の魔獣は軽く跳び上がると、両の拳に炎を宿らせた。それを、叩きつける。
 ズシン、と地面が揺れた。何発も何発も、勢いよく連続でぶちかます。
 それでも、背筋を駆け抜けるような悪寒はなかなか消えてくれなかった。
「く、そっ……!」
 攻めているのはオレたちだ。相手は攻撃さえできちゃいねえ。ビビる必要なんか欠片もないはずだ!
 なのに!
 瞬間。オレは、反射的に横に跳びはねていた。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 爆発。そう、爆発としか捉えられなかった。
 壮絶な水柱が立ち上り、炎を魔獣ごと吹き飛ばす。フィロミネンスはオレが立っていた場所を転がりながら行き過ぎた。
「はは、さすが……、と言うべきだな。これが魔獣の力か。ならば私も、全力で戦わざるをえまい」
 そこに、グレンは立っていた。今までと同じように、隙のない構えで。
 ただ、決定的に違っていた。さっきまでの威圧感とは比べ物にならない迫力が備わっている。
「たとえそれが命を縮めることになろうとも! 勝利! そのためならば!」
 グレンの姿が見えなくなった。
 凍る背筋がオレを後ろに運ぶ。が、それでも衝撃からは逃げきれなかった。
「がッ――!」
 重い一撃を腹に喰らった。気付いたのは、地面を転がっている時だった。
「フィロミネンス!」
 炎がオレの周囲を覆う。直後、壁が何かを弾く気配……、『かえるのした』か。
 ズン、と炎の中に何かが降り立った。見るまでもない。そんなことができるのは炎の中に住まう魔獣だけだ。
「フィロミネンス、ありゃどうなってる」
 ――古代魔法だな。
「古代……。なるほどな」
 グレンは水の魔獣を倒している。当然、あそこにあった魔法も手に入れているだろう。それが今のグレンの強化の秘密ってわけか。
 古代魔法は汎用性には欠けるが効果は絶大、とかなんとかクレタスが言っていた。今ならその意味もよく理解できる。この効果は圧倒的だ。
「さすがに、オレたちもこのままじゃあ、な」
 あれほどのスピードで動けちまうなら、オレたちがふたりがかりでも意味がねえ。オレが潰されればこの戦いは負けとなる以上、集中狙いされたら負ける。
「あいつは、今まで古代魔法は使わなかった」
 それは絶対なる自信の表れか。いや。あいつはそんなタイプじゃない。まさに兎狩りに全力を尽くす獅子。オレ相手なら、なおさら油断はしないはず。
 そのあいつが、ここまで隠していた切り札。
「それだけリスクがある、ってことか」
 そして、それを使ってでもなお、オレを殺すことだけに集中している。
「上等だ」
 オレは炎の中に手を突っ込んだ。そのさらに先、フィロミネンスの腕に触れる。
「フィロミネンス。何か対抗策は?」
 ――ないこともないが、勧めはしない。
「じゃあ、それ以外の方法で勝つ見込みは」
 ――考えるのは苦手だ。
「ならそれでいいだろ」
 あいつも言っていた。
 勝利! そのためなら!
「多少の痛いのなんざいくらでも我慢してやる! 手を貸せ、フィロミネンスッ!」
 ――承知。
 オレの周囲で渦巻く炎が一際、大きくなったように見えた。
 いつの間にやらフィロミネンスの姿はない。けど、その存在だけはハッキリと感じ取ることができる。
「炎に、溶け込んだ……?」
 ――その通りだ。
 相変わらず、その声は頭の中に響いてくるようだった。
 ――炎の魔獣との異名はそのままの意味だ。我が肉体は炎そのものと化し、灼熱に溶け込むことができる。
 炎との同化。魔獣にも色々とあるらしい。
 ――そして、この形なき姿だからこそ、できることもある。
「……!?」
 炎が、徐々にその輪を狭めていた。その踊る炎を見ていると、どこか安心する。
 ――行くぞ!
 突如、炎の動きに変化があった。踊る炎がオレに襲い掛かり、その中に取り込もうとうねる。
 なのに、不思議と熱くなかった。痛みもない。まるで誰かに抱きしめられているような安心感があった。
 ドクン、と心臓が跳ねる。
 感じる。フィロミネンスの気配を。さっきまで体の外にあったそれが、今は体の内から感じられる。
「同化、か」
「正解だ」
 フィロミネンスの声がオレの口から出てきた。どうやら、本当にフィロミネンスはオレの中に潜ったらしい。
「これから我が意識を完全に閉じる。そうすれば残るのは魔獣の魔力だけだ。だが、溺れるなよ。お前自身の意識が死ねば、残るのは我が意識のみだ」
「大丈夫だよ」
 ふっと、炎が消えた。途端、フィロミネンスの気配が弱まる。おそらくは意識を閉じたんだろう。
「悪いな、フィロミネンス」
 そこまで手を貸してくれるとは、正直、考えていなかった。
 ありがたい話だ。オレは、オレひとりの足じゃ立っていることさえできない。
「なら、手ぇ借りてやろうじゃねーか」
 どんな方法だろうと、勝てば勝ちだッ!
「これで終わりにするぜッ!」
 気合一閃。オレは飛び出した。