感じる。今までにない力だ。敵を上から見下ろすような、そんな気分にさせてくれる力だ! だからといって慢心はしない。何もしなければグレンがオレより強いのは明らかなんだから。 今はグレンのスピードに少しばかり追いついている。劇的なスピードアップはできちゃいないが、少なくても目で相手の動きを捉えられるくらいにはなっている。 そこから動きを予測し、足を止め――拳を握る! オレの考えを読んだのだろうか。グレンもまた、勝負に乗った。 「おおおおおおお!!」 グレンの気合がこもった拳と、 「はああああああ!!」 オレの殺意を乗せた拳が正面から激突した。 腕に響く軽い衝撃。構わず押し込む! 「ぬッ……!?」 先に拳を引いたのはグレンの方だった。それでも、もう遅い! 「はッ!」 バキン、と骨の折れる感触がした。グレンは慌てて距離を置く。 「なんという馬鹿力だ……!?」 「この程度じゃ済まないぜ!」 グレンの魔法がスピードアップなら、オレが得たのはパワーアップ。一発の威力はグレンなんかにゃ負けやしねえ! 「せりゃあ!」 追いすがり、蹴りをかます。グレンはすぐさま右腕を上げた。骨が砕ける感触と共に、グレンは飛んでいく。 転がるようにして逃げるグレンを逃すわけにはいかない! 「『とかげのほうこう』!」 常以上の炎の本流がグレンに迫る。対するグレンは左腕だけで構え、 「『かえるのちょうやく』!」 地面から噴き出した水流が炎を防ぐ。その隙に、グレンはオレの攻撃の射線から飛びのいた。 「そこだぁ!」 蹴り。ガード。拳。回避。当て身。カウンター。回避。蹴り。蹴り。 お互いの攻撃と回避がめまぐるしく入れ替わり、互いの体に小さな傷を作り上げていく。 が、どう見ても押しているのはオレの方だった。グレンはさっきのガチンコで右腕が使えなくなっている。パワーではオレが勝り、手数ではいい勝負ともなれば、グレンに勝ち目がないのは明らかだ。 劣勢を悟ったのか、グレンの表情にも焦りの色が浮かび始めていた。 「『かえるのした』!」 「『とかげのひとみ』!」 水流は熱線で防ぎ、さらに格闘を仕掛ける。 これなら……、勝てる! だけど、急がなきゃいけない。フィロミネンスが躊躇した理由を、オレは知らない。その理由を知る前に、勝負を終えなければならない。 「でやあああああああ!!」 「だああああああああ!!」 グレンの攻撃を正面から弾き飛ばし、吹き飛んだ相手にさらに追いすがる。 その時、グレンはわずかにおかしな動作を見せた。手の平で地面をこするような動き。オレは思わず飛びのき、グレンと距離を置いた。 「は、は……。魔獣と人間の力が重なった時の脅威は身をもって知っていたはずだったが、な。これほどとは思いもよらなかった。素晴らしい力だ」 「なんだ。降参でもしようってのか?」 「それは何かの冗談のつもりか?」 「ああ、冗談にもなってねーな」 殺すか、殺されるか。 オレとグレンの関係はそういう関係だ。どちらも生き残るなんてありえない。グレンはオレを殺すまで戦うだろうし、オレもグレンを殺すまで戦うしかない。 「だが、実際、私にはもう勝ち目なんてないのだろう。せめて腕が動けば……、いや、それでも敗北したろうな」 ゆらりと幽鬼のように立つグレンは、どこか不気味な迫力に満ちていた。 「なあ、カズマよ。お前は私の苦しみを想像できると言ったな」 「ああ、言ったよ」 「では、理解できるか? 救いのない魂の苦しみを。地を這うばかりの苦しみを。どれほど立ち尽くしても何一つ答えが出せず、ただ茫然とするしかない苦しみを」 何もできない自分。無力な己に対する後悔、怒り、悲しみ。 「……それ、は」 「理解できるなら、わかるだろう。私はもう止まれないのだ。優しさを置き去りにすることで悲しみを振り切ってきた。いまさら優しさなど手にしたところで、ただ苦しいだけなのだ」 だらりと垂れ下がった手から、ぽたぽたと血が流れる。すでにグレンの足元には血だまりができていた。 「さあ、お前の手で、私を捕えてみせろ。そして二度と開くことのない牢に閉じ込めるがいい!」 ……グレン。お前って奴は。 「天を斬り裂け、剣の魔術! 古よりよみがえれ、剣の精霊!」 見上げると、空が雲に覆われていた。急に周囲が薄暗くなってきている。やがて、ぽつぽつと雨が降り出してきた。 グレン。お前は、そこまでして。 「なら、受けないのはむしろ失礼だな」 オレは下手に動くよりもと、足を止めて下腹を中心に気合を高めた。どうせ真っ向勝負するならば。回避や防御などしないのであれば。 このわずかな時間、より強い一撃のために費やせばいい! 「――感謝する、カズマ=クライフォード」 グレンの拳が地を指した。渦巻く魔力が雨滴を取り込み、グレンを中心に集まっていく。 「『つるぎのまい』!!」 水の剣。 一目見て、そう思った。 グレンを取り囲む水はそれぞれが鋭い刃のように鋭利な断面を見せている。とは言っても今までの『かえる』ではない、古代魔法の方。見た目そのままのものではないことなど明白。 「安心しろ、カズマ。勝負に無粋な真似はしない。一撃勝負だ」 グレンが左腕を上げると、周囲の剣が一ヶ所――グレンの正面に集まった。集まった剣は重なり、一本の巨大な剣と化す。 「はッ、わかりやすくていいな」 「だろう?」 グレンの口の端に、笑みが浮かんだ。 気付けば、オレも笑っている。 そう、オレは楽しいんだ。今、この状況を楽しんでいる。 勝利は生きる証。生きていることの証明。誰かを殺すことによって、自分が生きていられる。 だけど、グレンは……、誰かを殺してさえ、生きている実感を得られていない。あいつはもう、死んでいるんだ。何年も前に。 オレは意識を右腕に集めた。同時に、魔獣の魔力、その全てを。 グレンは余力を残していない。この一発で決めるつもりだ。なら、オレも何かを残す必要はない! 「亡霊はおとなしく墓場で寝てろ」 「ガキはおとなしく母に甘えてろ」 静寂。 直後、飛び出した。 正面に剣が迫る。オレは何も考えることなく、ただ拳を突き出した。 熱波をまとった拳と水の塊のような剣が接する直前のところで止まる。それ以上、拳が前に進まなかった。 「ぐッ……!」 「ぬぅ!」 魔力と魔力の激突が目に見えるようだった。 「押し、負けるかよぉッ!」 こんなところで! 死ねるかッ! みしみしと右腕が悲鳴をあげる。足が、背が、腕が、限界以上の負荷に今すぐにでも負けそうだった。 それを根性だけで押しのけ、歯を食いしばり、ただ突き出すことだけを考える。 「ぐううう……、どちくしょうおおおおおおおおおおお!!」 キイン、と高い耳障りな音が頭に響いた。 剣がひび割れる。思った次の瞬間には、水の剣は砕けて散っていた。 「なッ――!」 「だ、りゃああああああああ!」 そのままの勢いで目の前にあるグレンの顔に回し蹴りを叩き込む。 グレンの体は、まるで木端のようにごろごろと回りながら転がり、そのまま地面をこするように滑って止まった。 |