「あれが、最後の紋章の場所か」
 見た目には、ただの古びた神殿にしか見えなかった。
 転移の塔からクレタスの魔法で移動してしばらく歩いたところに、それはあった。
 歴史を感じさせる建物。町から外れた荒野の、さらに高台にある崩れかけた建造物は、それでもしっかりと立っていた。
「あそこ行く前にさ、ちょっと確認していいか?」
「何をじゃ」
 振り返る。そこに、オレの仲間たちがいた。
 クレタス。色々と教えてくれたし、世話にもなった。多少は自分のためもあるだろうけど、よく手伝ってくれていると思う。
 ミズキ。生活でも修行でも世話になりっぱなしだ。キリュウの友人とその仲間ってだけなのに、よくこれだけ助けてくれたものだと思う。
 クルル。……本当に、世話になった。こいつがいなければ、今、オレはここに立っていないだろう。
 そして、それは他の仲間にしても同じ。みんなの助けを借りてオレはここにいる。だからこそ、聞かなきゃいけない。
「こっから先は本当の修羅場だぜ。ここまで助けてもらったからこそ、聞いておく。いいのか、付いてきて」
 三人は顔を見合わせ、代表するようにクレタスがため息をついた。
「何を今さら、じゃ。ここで帰れと言われてもわしは行くぞい。結末はこの目で見届けなければならぬからの」
 クレタスにとっては、古代魔法の行く末を決める戦いだ。黙っているわけにはいかないんだろう。
「セロが世話になったぶんはお返ししないといけませんから。それに、カズマさんだけではさすがに力不足なのでは?」
 ミズキは冷静。本人を前にして力不足とはよく言ったもんだ。そして、それは事実でもある。
「あたしはカズマ君に付いて行くよ。ダメって言ったってダメだからね。あたしはあたしの道を貫くって決めたんだから」
 クルルの強い想いは、オレも聞いている。力が足りなくても、足手まといになろうとも、それでも一緒にいたいんだ、と。
「死ぬ覚悟は?」
「当然じゃ」
「殺す覚悟は?」
「必要とあれば何人でも」
「じゃ、死なない覚悟は?」
「あったりまえじゃない!」
 ……オレは、最後の最後で、最高の仲間を手に入れた。
「よっしゃ! じゃ、ちょっくら終わらせてくっか!」
『おうっ!』
 背中を守る人がいてくれるということ。
 自分を信じてくれる人がいるということ。
 それが、こんなにも頼もしいなんて。
「知らなかったよ」
 オレの知らないことは、たくさんあった。

 神殿は長いこと誰も訪れていないのだろう。野ざらしで放置されたその場所は、まだ崩れていないのが不思議に思えるほどだった。
 ところどころに見え隠れする雑草。あちこちが欠けた石像に、折れた石柱。それは過去の栄耀を想像させるだけに、うらさびしい光景でもあった。
「何もありません、ね?」
 周囲を見渡す。目隠しになるほどのものが何もない。どこかに人がいた気配も、それどころか魔獣がいたような痕跡さえなかった。
「これは……」
 オレは近くを歩き、たまに調べ、また歩くを繰り返す。
 やがて、とある石像の前で足を止めた。
「ここ、だな」
「えっと、何が?」
「だろ、クレタス」
 見ると、クレタスは小さく頷いた。
「さすがじゃの、カズマ。抜け目がない」
「仕事柄、こういうのは慣れてるんでね」
 こつん、と足先で石像を叩く。
 と、その下の台座からカタリと音が聞こえた。同時に何かの突起が飛び出す。
 それを引くと、壁面が前に倒れ込んだ。
「隠し階段。本命はこの下ってわけだな」
「す、すっごーい!? どうしてわかるの」
「どうしてって、そりゃここだけ雑草が刈り取られてるし、石の欠片も全然ないだろ? こんだけあからさまじゃ、な」
 おそらくは、クレタスがいる時点で情報の封鎖は諦めているのだろう。だからこそ、こんなにもあからさまな証拠を残す。
 やはり、と言うべきか。向こうも覚悟をしている。
「じゃ、行くぜ」
 オレを先頭に、隠し階段に体を沈めた。
 長い、長い階段だ。それをゆっくりと降りていく。
 地獄に繋がる道があるというのなら、それはここなのかもしれない。
 心理的にも重苦しくなる頃、階段が途切れた。
「へ、え。さすがにこりゃ予想していなかった」
 広がる光景に、口から声が漏れる。
 それは、町だった。
 地下に広がる町。古いが、まだ人が住めそうなほどにしっかりとした町並みが広がっていた。
 どこかに明かりの仕掛けでもあるのか、外と変わらない明るさがある。空気も少しカビ臭いが、十分。
 出入り口が少し高いところにあるおかげで、町全体を見渡せる。これは都合がよかった。
「クレタス。封印はどこに?」
「あの神殿じゃ」
 クレタスの指す先。町の中央よりやや奥まった場所に、表の神殿と似たような建物があった。
「……その前に誰かいるな」
 神殿までのルートを見ていくと、必然的に通る道の真ん中に人影が見えた。遠目でわかりにくいが、あれはおそらく――ノエル=リーチェ。
「避けるわけにもいかないのですから、進むしかないでしょう」
「ああ、そうだな」
 坂を下り、まっすぐに神殿へ。
 進むにつれ、ノエルの姿がはっきりと見えてきた。
「とうとうこんなところまで来ちゃったんだねぇ」
 声が届くほどの距離まで近づいたところで、オレたちは足を止めた。
「予想外、だよ。もっと早い段階で殺す予定だった。というか、グレンが奪えば何の問題もなかったんだけどね」
「残念だったな。なんでもうまくいくと思うなよ」
「本当に。でも、それもここで終わりだ」
 刀を引き抜く。白刃がオレたちをにらむ。
「この先には進ませないよ。ボクが君たちを殺して、それで全てとんとんだ。遅れていた決着をここでつける、それだけの話さ」
「悪いけど、オレたちも暇じゃあないんだ。進ませてもらう」
「させないって言ってるでしょ。寄れば斬る」
 不動の構えを見せるノエルを相手に、オレは鼻で笑った。
「そのセリフは、もう少し修行してから言うべきだな」
「何が、だい。まさかこのボクが君たちに実力で劣るとでも?」
「いや。互角だとは思っているが、格下だとは思っちゃいない。けどな、お前の戦法じゃオレたち全員を足止めするのは不可能だぜ」
 なぜ、と目が問う。それに、オレは答える。
「お前の戦法は常に受け、防御特化だ。そのぶん攻撃は劣る。足止めに必要なのは守りの力と、同時に適度な攻撃力だ。お前にはそれだけの攻撃はできない」
「……まあ、ボクも君とミズキ、両方を止められるとは思っていない。あのセロやグレンを倒すだけの力量を持つ君たちのことだ。さすがに警戒に値するだけの戦闘力はあると思っているよ」
 だから、とノエルは口角を持ちあげる。
「それなりの用意をさせてもらった。対ミズキに関してはこれで十分だ」
 パチン、と指を鳴らす。と、建物の蔭から誰かが姿を現した。
 ――さっきまでは、何の気配もなかったというのに。
 ゆうらりと現れたのは生気のない瞳を持つ長身の男。手にはなかなかの輝きを見せる刀。袴姿は、どこかミズキのそれとイメージが重なった。
「ッ!」
「ん?」
 気がつくと、クレタスの顔色が青くなっていた。ミズキの表情も消えている。
「ミズ、キ?」
 オレの声が引き金になったのだろうか。ミズキはそっと刀に手をかけると、いきなり飛び出した。
「おい、ミズキ!?」
 ミズキの刀と男の刀が激突し、火花を散らす。
「あやつは」
 震えるクレタスの声が援軍に加わろうとするオレを押しとどめた。
「あやつの名はキリュウ。……わしの友人であり、ミズキの師、じゃ」