キリュウ。 その名前を耳にした途端、オレは全てを悟った気がした。 ――なんていう、外道。 死体を、使いやがったのか。 「ボクのオリジナル術式『からす』。死者を動かし、その生前の技を再現する。どうだい? 素晴らしいだろう。資源のリサイクルだよ」 「知ってるか。そういうの、クソ野郎って言うんだぜ」 ガンガン、と鋼鉄同士がぶつかる音が響く。 ミズキの刃はまだ光を発していない。それは、ミズキが本気になりきれていない証拠でもある。 なれる、はずもない。ミズキの師に対する想いは本物だった。敬愛する師匠を相手に、殺すという意志を持てるものだろうか? それは、オレたちのような殺人マシーンでさえ難しいことだ。 人間は機械じゃない。完全に機械にはなりきれない。その最たる理由は、感情を殺しきれないからだ。 「ミズキ! 代われ、ここはオレが……!」 「嫌です!」 明確な、強い意志。 足が進まない。 「すみません。すみませんが、彼だけは! わたしに、やらせて下さい!」 ミズキは刃を交えながら、徐々に離れていく。そのまま引きつけ、オレたちの視界から姿を消した。 「ミズ、キ……」 追うか待つか、足が迷う。迷いは隙。 「ほら、何してるの?」 「――ッ!?」 ノエルの攻撃を紙一重でかわす。が、続く斬撃はかわしきれねえ! 「そ、らっ!?」 飛び来た何か。ノエルは反射的にそれを刀で弾く。 その間に、オレはノエルと距離を置いた。 「愚かじゃな、カズマ」 銃を構えた姿勢で、クレタスは言う。 「カズマ。わしらは何をしに来たのじゃ。決着をつけに来たのじゃろう? ミズキがああ言うからには、任せればよいのじゃ。あれが彼女なりの決着になるじゃろうからの」 「だけ、ど! キリュウはミズキの師匠なんだろ!? 一対一じゃどう考えたって分が悪い!」 「だからどうしたのじゃッ!」 クレタスの大声に、背筋が震えた。 「あやつがよいと言うのじゃからそれでよい! お主は仲間ひとり信じることはできぬのか!」 「それ、は……」 だけど、これはそういう問題じゃないはずだ。死んだらそれで終わり。確実性を狙うなら、オレとミズキでキリュウを倒し、その後でノエルと戦えば確実に勝てるはず。 クレタスは見せつけるようにため息をつき、 「ようわかった。カズマ、お主はクルルと先に行くのじゃ。こやつはわしが引き受けておく」 「なッ!? それこそ無茶だろう!」 「わしもこれでも獣の端くれじゃ。時間稼ぎくらいはしてやれるぞい。一応、魔獣相手でも死なないくらいの力は持っておるのでな」 「しか、し……」 オレは、こんなところで仲間と呼べる友人たちを失いたくはない。 オレは、どうすればいい? 戸惑う中、クルルがオレの服を引いた。 「カズマ君。先に進もう」 「クルル?」 「あたしたちはノエルとかキリュウさんと戦いに来たんじゃないでしょ?」 「――!」 そう、だった。 オレは、元凶を……、グレンを狂わせセロを迷わした悪魔の面を拝みに来てるんだ。こんなところで、立ち止まるわけにはいかねえ。 ここで力を使えば、古代魔法を使う元凶には確実に敗北する。こんなところで消耗したら、結局は全滅する。 なら、小さくても可能性に賭けるしかないじゃないか。 「それに、戦いに不慣れなクルルが先に気がつくなんてな」 「ん? えーと、えへへ」 照れたような笑みを浮かべるクルルを眺め、オレもまた自然と笑みが浮かんでいた。 「さーて?」 ノエルに視線を戻す。あいつはあいつで、攻撃が苦手なだけに、下手に踏み込めないでいるようだった。 「そんじゃま、行くか」 「行かせないよ。ここから先には、絶対に進ませるわけにはいかないんだ」 「そうかい。お前の覚悟はよくわかった。けど、それが聞けないのもわかっているよな?」 足を軽く引き、拳を握り。 一瞬の沈黙。遠くに金音が響いていた。 「『とかげのほうこう』!」 炎を放つと同時、クルルを抱え踏み込む。後のことは全てクレタスに任せ、ひたすら走る、走る、走る! 「邪魔だァ!」 ちらりと後ろを見ると、ひたすらに銃を乱射するクレタスが見えた。グレンあたりなら力任せに弾いて追ってくるかもしれないが、ノエルでは下手に動くことができないだろう。あいつにはそれだけの出力がない。 「ミズキ、クレタス……。死なないでくれよ」 「大丈夫だよ。あのふたりだもん」 「……そうだな」 頼む。 その代わり、オレも全力を尽くすから。 神殿の下の神殿。 それは、上の神殿とあまり変わりのない作りだった。違っている点があるとするなら、それはこちらが崩れていないということ。 まるで古代に戻ったような錯覚を覚える。上の神殿が、そのまま復活したような。 「カズマ君」 「ああ」 視界に入るまでもなく存在がわかった。クルルでさえ感じられるほどの明白な悪意。害意。殺意。 「ようやく、おでましだな」 そして、辿り着く。 神殿の最奥。祭壇の前に立っている“元凶”。 その顔には見覚えがあった。そこにいる、ということは予想していなかったけど……、なるほど、そこにいてもおかしくはないと思える。 黄色のような金髪。憂いを秘めた碧眼。そして、終焉にふさわしい漆黒のコート。 「久しぶり、ってほどでもないか。なあ、ルイーズ」 答えず、いつものコートを脱いで祭壇にかけ、パンツルックとなったルイーズ。手に武器を持つその姿は初めて見るものだ。だけどなかなか様になっている。 「ルイーズ、先生?」 「今のこいつは教師のルイーズじゃない。……かと言って、オレが知っている、裏の仕事を持つ女ってのでもなさそうだな」 「その通り。今は、あなたたちの敵、よ」 ルイーズはこきりと首を鳴らし、 「意外と驚かないのね。予想していたの?」 「別に。けどま、お前は何するかわからん奴だからな、このくらいしててもおかしくはないだろ。それに、それこそオレがお前をぶちのめすって目的にゃ変わりないしな」 「ふうん。やっぱり好かれてはいないようね」 「――お前の行動は上の指示ってわけじゃないんだろ? 上の連中だったらこんなまだるっこしいことしないだろうからな」 「正解。これ、知ってる?」 ひゅっと何かを投げてきた。受けるか避けるか迷い、結局は受け止める。これには何の悪意も感じられなかった。 見ると、それは古びた本だった。クレタスが見せてくれたのと同じ古代文字で何かが書かれている。 「ここの裏に図書館があるのは知っているかしら? そこの隠し部屋で見つけたの。古代文字の翻訳はできたから、おかげで色々と知れたわ。封印された古代魔法のこと、魔獣のことも」 「ここの魔獣を倒し、滝の洞窟の魔獣も倒せた。けど、フィロミネンスだけは自信がなかった。……だからオレやクルルをけしかけたんだろ?」 「そう。ここの魔獣は日光に、滝の魔獣は乾燥に弱いという明確な弱点を持っていた。けれど、炎の魔獣は別。彼の明確な弱点とは炎さえ凍結させるほどの冷気。だけど、そんなものは魔法で再現できなかったものだから」 『くろとかげ』はオレのオリジナル。本来、冷気をどうこうする魔法は近代の中には存在しない。 だから、フィロミネンスにも対抗できなかった。そのために、奴の欠片を持つオレを使ったんだ。オレが相手なら向こうも本気は出さないのではないか、と予想して。 「にしたって、古代文字の研究してるなんて聞いたことなかったけどな?」 「それを知ったのは偶然。訳語辞典のようなものを貰ったのよ」 「ああ、そうかい」 それは、奪ったって言うんじゃないのか。 経緯はともかく、古代文明について知り、さらなる知識を求めてここを訪れ、果てには封印魔法と魔獣の力さえ手にした。 「貪欲な奴だな。その力、何に使うつもりだ」 「……別に何も」 「何?」 眉をひそめるオレとは対照的に、ルイーズは笑んでいく。 「おしゃべりは後にしましょう。今は、戦いたくて仕方ない!」 「ああ、奇遇だな。オレもだ」 ルイーズ=アークライト。 何が、お前を狂わせた。 |