ルイーズは手に持つ武器を振り回す。
 珍しい武器だ。槍に似ているが、槍とは違って先端が刀のようにそり返っている。
「どこからでも来なさい。なぎなたは、あなたも応じたことがないでしょう」
 なぎなた、と言うのか。あれは。
 柄の長い武器は厄介だ。踏み込めばオレが優位だが、そもそも踏み込むことができねえ。
 剣を相手にする時、素手の人間は三倍の強さが必要、なんて言葉がある。実際に三倍なんて強さはいらないだろうが、要は相手より強くなければいけない。
 まして、ルイーズの武器は長柄武器。相当にこちらが上回らなければ、とても勝ち目があるとは思えない。
「なら、魔法で勝負だッ! 『とかげのほうこう』!」
 炎の奔流。炎が、しかしルイーズには届くことなく散り去る。
「かき消し、た?」
「カズマ。それで攻撃のつもり?」
 微動だにせず、オレの魔法を散らす何か。
 ――古代魔法、か。
「カズマ君。見てて」
 オレの代わりに少し前にクルルが出た。杖を振るい、その先端をルイーズへ。
「『かえるのした』!」
 途中で軌道を変える水流の一撃。オレの威力重視とは違い、レベルアップしたクルルの魔法は命中重視だ。
 これで……、見切れるか?
「ふん」
 ルイーズは、やはり動かなかった。
 けれど、激突の直前、やはり水が空気中に散らばる。
「やはり魔法だな」
 言葉は聞こえなかった。
 けど、口は動いていた。
「それが『しはい』か?」
「ああ、そう言えばあなたには賢者がついていたのだったわね。なら隠しても仕方ないわね」
 王者の紋章が繰り出す『しはい』の魔法。その用途を、オレは知っている。
 同時に、打開するのは難しいということも。
「『しはい』の魔法は力って名前のものはなんでも支配できる、だっけ」
 クレタスからの説明をオレたちは一通り受けている。クルルも、きちんと覚えているらしかった。
「魔力。筋力。重力だって使えるんだってな。その気になりゃ、お前はオレたちを地平の彼方まで飛ばすこともできるってわけだ」
「しないわよ、そんなこと。そんなことしたらせっかくの古代魔法が失われてしまうじゃない」
「……それほどの力があって、まだ力が欲しいってのか?」
「ええ、欲しいわね。全く足りないもの」
 グレンの言葉を思い出す。
 救ってやって欲しい、と。
「それが、お前の恋の形ってわけか?」
 ルイーズの表情が一変した。
 余裕の笑みは、怒りへ。
「あなたに言われる筋合いはないわ。私と同じ、いえ、私以下だったあなたなどに」
 オレは口をつぐんだ。グレンから聞けたことは、もう終わり。後はルイーズが口を滑らせるのを待つしかない。
「理由が、理由さえあれば苦労なんかしなかった! 苦痛もなかった! そうよ、最初から絶対の力があれば! 他人を見下せるほどのものがあれば! 上に立てれば、愛してくれとも言えたのに!」
「ルイーズ……」
「何? あわれみのつもり? じゃあどうすればよかったって言うのよ!
 私のような普通の人間には特別な人に愛される理由など何一つなかった! 唯一の点も、優れた点も誇れる点もない! 他人の不幸をすすって生きるだけのみじめな女! そんな人間を誰が愛すると言うの!
 そうよ、力さえあれば! あの人と並び立てるほどの力があれば、私は何も負い目を背負うことなく愛を告白できたのに!」
 ――そういうことかよ、グレン。
 お前の言いたかったこと、ようくわかった。
 同時に、悟る。オレではこいつを救えない。
「お前が愛されないのは力がないせいじゃないな。その腐った性根のせいだ」
 だけど、ここにはこいつを救える奴がいる。
 本当の意味での力なんて持たなかった。疑うこと、信じないことこそが日常だった。
 最低の最低、腐りきった人間にも、疑うことなく接してくれた人間。そばで、ただ笑ってくれていた人。
「クルル。お前の手、借りるぜ」
「うん」
 何も聞かず、何も言わないまま、クルルは頷いてくれた。
 こいつのこういうところは、本当に感心する。
「まずはオレがいくよ」
 前に出る。クルルが戦うにしても、それは最後の詰めだけだ。
 やっぱり汚れ役は、オレのほうが適している。
「あまり私を甘く見ないほうがいいわよ、カズマ。封印された古代魔法は、相応の理由がって封じられているのだから」
「知ってるよ。確かに人間じゃお前には勝てないかもしれない」
 手の拳を床に。思い浮かべるのは炎の化身。
「頼むぜ。『とかげのともだち』」
 ドン、と爆炎が全身を包む。オレは見るともなく目を向けながら、炎に話しかけた。
「悪い、フィロミネンス。これが最後だからさ、また力ぁ貸してくれないか」
 ――まったく。魔獣遣いの荒い男だ。
 炎がオレの中に流れ込む。
 グレンと相対した時の、あの高揚感が全身に満ちてくる。
「だけど、魔人ならどうだろうな」
 魔獣を宿した人間。すなわち魔人。
 それは人でも獣でもない、力そのものとその使い道の両方を併せ持つ戦士。いや、殺人兵器。
「それが、カズマ君の言ってた……?」
「ああ。どう、かな」
 オレの姿は、人間の頃とはかけ離れているだろう。炎を宿した、化物然とした姿のはずだ。
 なのに、クルルは優しくほほ笑んでくれた。
「素敵だよ」
 優しい言葉をかけてくれた。
「ありがとよ」
 だから、頑張れる。
「さって? んじゃあちゃっちゃと終わらせるぜ!」
 飛び込む。炎のごとき肉体なら、たかだか鉄の武器なんざ怖くねえ!
「ちッ……!」
 ルイーズもまたなぎなたを捨て、両手を広げた。
「『とかげのほうこう』!」
 中遠距離においては炎系で最高の魔法。ただし、魔人状態の今、炎の総量はずっと多い!
「『まりょくのしはい』!」
 ルイーズは腕を振るって炎を散らす。
 その間に、オレは懐まで飛び込む!
「喰ら――!」
「『じゅうりょくのしはい』!」
 振り抜こうとした拳が下がる。
 まるで上から押さえつけられるような感覚に、オレは思わずバランスを崩した。
「はッ!」
 ルイーズの蹴りを両手で受け止め、意識を手のひらに集中!
「『とかげのいかり』!」
「ッ!?」
 爆発。軽く後ろに飛びながらも、再び至近距離へ!
「『きんりょくのしはい』!」
 煙を断ち切り、ルイーズもまた踏み込む。お互いの拳が重なる。
 衝撃。
 若干は押し戻されつつも、攻め込むのはやめない。
「お前も理解してんだろ。そいつの弱点」
「くッ……!」
 魔力。重力。筋力。
 何を支配しようが関係ない。
「お前が支配できるのは常にひとつだけ。拳を魔法で避ければ炎を受けられず、炎を受ければ今度は拳が避けられない。
 同じ魔法の使い手が何人かいて初めて最強たりえる魔法だ。確かに一対一じゃ有利とばかりは言えないけど、よ」
 ちらと視線を送る。それだけでクルルは理解してくれた。
「『かえるのうた』!」
 クルルの放った激流がオレとルイーズ、両方に襲い掛かる。
 だけどオレは発熱状態。グレンの魔力で放った魔法さえ打ち消すこの体は、クルルの魔法くらいじゃびくともしねえ。
「だけど、お前はどうだ、ルイーズ」
 激流に押し流され、身動きが取れなくなった瞬間を狙い、オレは拳を固める。
「二対一じゃ、勝てないだろ」
 渾身のストレートが、ルイーズの腹を打ちのめした。