炎の洞窟は、首都から徒歩でも半日程度で行ける場所にある。
 距離的にはさほど遠くないが、場所が場所だけに、訪れる者はいない。新しい街道から大きく外れた場所でもあるため、近くを通る人間さえいなかった。
 新街道から旧街道に入ってしばらく。小さな林のような場所を抜けると、そこに辿り着く。
「……これが、炎の洞窟」
 まず目に入ったのは崖だった。そこにぽっかりと大人ひとりが通れるほどの空洞が空いている。これが入り口だ。
 炎の洞窟。科学が発展しつつある現代において、今なお化物が住み、人間の訪れを拒んでいるといういわくつきの場所。
「覚悟はできてっか、クルル」
 振り返ると、クルルはぎゅっと杖を握り締めた。
 クルルの武器は杖だ。オレのとかげのグローブのように、クルルはかえるの杖を持っている。もっとも戦闘力に関してはオレの足元どころの話じゃなく、まともに使えるとは思えない。オレも、頼る気はなかった。
「あたしはいつでも行けるよ。大丈夫、カズマ君も一緒なんだもん」
 こくん、と頷き返したクルルの顔にもさすがに緊張があった。それもそのはずだ。この洞窟は立ち入り禁止区域。本来は危ないから入っちゃいけないと言われているところ。ここでいつものように能天気に笑っていたらさすがのオレも呆れる。
 オレは微笑を浮かべ、視線を前に戻した。
 何が待つのだろう。この洞窟に。
 いや。何があろうとも、今は進むしかないんだ。ダメだったら、その時のことはまたその時に考えればいい。
「行くぜ」
「うん」
 ぐっと足に力を込め、踏み出した。
 洞窟に入った途端、むわっとした熱気が伝わってきた。
 オレはごくりと唾を飲み下し、足を動かす。
 洞窟という割には綺麗で歩きやすかった。どこか整備されたような感じを受ける。
 少しだけ進むと、一挙に大きく視界が開けた。
「これ……」
 壁が、赤く燃えていた。
 赤々と輝く線が壁に幾重にも走り、部屋中を明るく照らしている。これが炎の洞窟と言われる理由というわけか。洞窟の奥に入った時に明かりをどうするかというのは心配だったけど、まさかこんな風になっているとは思わなかった。
 よく見ると、壁の裏に何かが通っているらしいのがわかった。これが線の正体か。つまりはこの線が炎、ということなんだろうか?
「すごいね、これ。どうしてこんなことになってるんだろ?」
「さあな」
 答えながらも、オレは頭を回す。
 自然現象とは、とても思えない光景だ。消えない炎もありえないし、壁の中を炎が走るのもありえない。となれば、これは誰かが魔法によって作成した、という可能性が強くなる。
 これが人工物なら……、噂に信憑性が増す。
 これだけの洞窟を作るとなれば相当の重労働だ。一日や二日で可能な作業じゃないし、数人で可能な仕事でもない。それだけの仕事を成してまで作ったとなれば、何か重要な目的があったに違いない。
 たとえば、幻の印とか。
 ――考えても正解は出ない、か。どちらにせよ、進めば答えは見えてくるはず。入り口で立ち止まってグダグダ考えても仕方ないだろう。
「ともかく、奥に行こう。レアなアイテムってのは奥に置いてあるって決まりがあるんだ。と、その前に」
 オレは手の平をクルルに向け、
「このままじゃ暑いだろ。『とかげのころも』」
 熱気を遮るとかげの魔法。初歩的なものだが、こういう場所では重宝する。夏場なんかに使う魔法だ。本来ならここの熱気を遮るほどの力はないけど、オレはちょいとばかり術式にアレンジを加え、強力なバリアにしている。
「わー、すごいすごい! 暑くない!」
「あんまし長時間は維持できないけどな。さくさく行きたい、けど、何があるかはわからない。結局は慎重にしか行けないな」
 それから少しずつ確認をしながら奥に進んでいく。
 奥に進むにつれて、段々と熱気が増してきた。壁に走る炎の線も数が増えてきている気がする。
 最初に広い空間に出た後、徐々に道幅も狭くなってきた。まるで壁の方が迫ってきているような錯覚。熱気は遮ったってのに、息苦しさは相変わらずだった。
 道中には、心配するほどのものは何もなかった。トラップや見たこともない化物の登場を考えていたけど、そんなものは欠片も見当たらない。拍子抜けだ。何かのアトラクションでさえ、もう少し歩きにくいようになっていると思う。
「あ、カズマ君」
「ああ」
 そんなこんなで進み続けると、狭い入り口が行く先に見えた。大人が通るとなるとかなり厳しいくらいの狭さ。その先は、かなり明るい。こちら側よりもさらに明るい光が差し込んでいる。
「そろそろ何かありそうだな。クルル、オレから離れるなよ」
「うん」
 背後に人の息遣いを感じながら、オレはその空間に踏み込んだ。
 一瞬、目がくらんだ。
 そろそろと目を開く。そこは、まるで闘技場だった。
 まっすぐに伸びた通路。それが、円形のフィールドまで続いている。そのさらに先に、暗い入り口が見えた。
 道の両側は切り立った断崖。覗くと、ずっと下の方で溶岩がボコボコと沸いているのが見えた。さすがに、あれは『とかげのころも』程度ではどうにもならないだろう。さらに言えば、魔法を解いてしまうと、オレたちは途端に熱気で脱水症状を起こすか、下手すると火傷さえ負ってしまうかもしれない。
「いかにも何か出ます、って感じだな」
 ここまでトラップはなかった。だが、ここから先もないとは思えない。何もないなら帰らずの洞窟なんて噂は立たないだろうから。
 となれば……、あるいは、ここのトラップが必殺の力を持っているのかもしれない。だとしたら、警戒の必要がある。
「……『とかげのひとみ』」
 指先を闘技場に向け、簡単な魔法を唱えてみた。小さな爆発が闘技場の真ん中で起こるが、それ以外は何も起こらない。衝撃や熱源には反応しない、といったところか。
 オレはクルルと顔を見合わせ、そろそろと、円形の闘技場に足を踏み入れた。
 途端――空気が破裂した。
 実際には違う。だけど、そう勘違いさせるほどの、耳が痛くなる轟音。それは、下から飛び出してきた。
 ずしん、と床を踏み鳴らし、溶岩の中から飛び出してきた化物。
 獅子のようなたてがみ。赤黒く分厚い肌。羊のような角。そして、それら動物の特徴とはそぐわない人間のような体。
 見上げるほどに大きな化物がそこに立っていた。
 オレも、こういう化物は見たことがない。普通の体躯より大きめの動物、なんてものじゃない。明らかに、既存の生物とは構造からして違った。そもそも猿以外で人のような姿をした動物はない。
 これが、魔獣。魔そのものとさえ言われる、凶悪な化物。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 化物の遠吠えが、洞窟の壁に反響し、耳をつんざく。オレはぐっと噛み締めながら耐えた。
「炎の、魔獣」
 化物の瞳には明確な敵意の色があった。深遠とも言えるその目がオレたちに向いている。こいつが門番、ということなんだろう。やっぱり、お宝は簡単には手に入らない。
「グルル……、グオ?」
 何かを問いかける風情の化物。心臓が無意識にどくんと跳ねた。何を言っているのかはわからない、けど。
「この方が、ずっとわかりやすい」
 ぐっと拳を握る。大丈夫。こんな経験は、一度や二度じゃない!
「クルル、下がってろ!」
 声を飛ばし、オレは化物に向かって駆け出した。