「行くぜぇ! 『とかげのひとみ』!」 指を三本、炎の化け物に向ける。瞬間、指先から熱線がほとばしった。 最も簡単な攻撃魔法。が、数発を同時に放つとなると、途端に難易度が増す。オレの得意技だ。 熱線は真っ直ぐに化物へ。それは分厚い胸板にぶつかり、パチンと弾ける。後には何の痕跡もなかった。 「効かないってわけか。じゃあ、これならどうだ!?」 化物の近くまで走り寄ったところで、オレは拳を握った。 「『とかげのほうこう』!!」 拳を突き出しながら呪文を唱える。 ひとみが指先から出る光線なら、ほうこうは拳から飛び出す光の砲撃。その威力はひとみの比じゃない。 見慣れた炎の奔流が化物に襲いかかる。ずん、と腹に響く重い一撃。化物がわずかによろめいた。 「たたみかけるぜッ!」 おそらくは今の一撃だって、致命傷にはなっていないだろう。さすがに炎の洞窟に相応しく、こいつは多少の熱量なら気にもならないらしい。 だが、それは分厚い肌のおかげ。オレは今まで、炎に耐え得る目玉を持った奴には会ったことがない! 「『とかげのあそび』!」 足裏で炎を爆発させ、飛び上がる。軽々と化物を飛び越し、その異形の顔面を間近に捉えた。 「喰らえ! 『とかげのひとみ』五連発!」 片手の指、そのすべてを化物の顔に向け、熱線を放つ。それらは吸い込まれるように化物の瞳へ。 衝撃はほうこうと比べてずっと小さい。しかし、精度はずっと高い。 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!」 耳に痛いほどの叫び声。降り立ったオレは、化物との距離を詰める。ごくごく間近、触れられるほどの距離。オレの間合い! 「分厚い皮膚って言ったって、これならちっとは痛いんじゃないか!?」 ストレートに拳を突き出す。化物と触れるか触れないか、といったタイミングで魔法を唱える。 「『とかげのいかり』だ!」 超至近距離専用の攻撃魔法。その意味とは、ほうこうの威力をただ一点に凝縮すること! ズン、と腹に響く衝撃。 猛烈な爆発が拳の先で起こる。その爆風に、たまらず体が吹き飛んだ。 「カズマ君!」 どん、と背中に衝撃。軽く振り向くと、クルルがオレを抱きしめていた。 「……! ク、クルル、ありがとな。けど、さすがのあいつもこれでもう虫の、息――」 視線を前に。そこで、オレは見る。 片手で顔面を覆っていた化物が、ゆっくりと手をはがす。そして現れたのは、傷ひとつない恐ろしげな形相。 視線を少しばかり下へ。腹に打ち込んだはずのいかりの一撃は、何の痕跡も見受けられなかった。 「嘘、だろ?」 避けられることはあった。 けど、真正面からいかりを受けて、平然と立っていた奴はいなかった。 魔獣って、これほどのものなのか? 「グルル……」 ずしん、と大地をきしませながら、化物が近づいてくる。 その巨体は、今や、本物以上に大きく感じられた。 「くそ、まだまだ! 『とかげのほうこう』!」 炎を放つ。かなりの衝撃、なのに、今度はよろめきさえしなかった。 「あ、あたしも! 『かえるのした』!」 今まで指示通りに見ていただけのクルルが、ここに来て杖を前に出し、かえるの基本魔法を唱える。 明後日の方向に飛んでいった水の光線は、途中でカクンと曲がって化物に激突した。ジュウ、と何かが焼けるような音。 化物は『かえるのした』が当たったところをちらりと見降ろし、何事もなかったように歩きだす。 いや、実際、何事もなかったんだ。あいつにとって。 クルルの魔法は学生の中でもあまり強い方じゃない。あんなの、ほうこうさえ弾く強固な皮膚の前では何の意味もないんだ! 「くそっ!」 いかりさえも通じない敵。間違いない、今までオレが会った中で最強の化物だ。魔獣という存在がここまでだなんて、思いもしなかった。 だから、ここは立ち入り禁止だったんだ。だから、誰もここに立ち入ろうとしなかったんだ。だから、誰も帰って来なかったんだ。 こんなの、倒せるはずがない。 やっぱり。やっぱりオレは、無力なんだ。 手が震えた。気づけば足も震えている。 全身が、震えていた。 戦って、攻撃して、通じなくて。初めて痛感する。 オレは強くなった気でいた。昔のオレじゃないと思い込んでいた。 でも、それは幻想だった。 本当に強い奴の前では剥がれる程度のメッキ。表面だけの顔。本当のオレは、昔と何も変わっちゃいない。 弱くて、ちっぽけな――必要とされるはずのない、何もないオレ。 「う……」 逃げ出してしまいたかった。純粋に怖かった。今、目の前の化物は魔獣じゃない。死そのものだった。 何もできない。死はゆっくりとやって来て、理不尽なまでに覆い尽くし、人間はそれを甘んじて受け入れることしかできない。 死を殺せるわけがない。 「カズマ、君」 思考の渦の中からオレを引っ張り上げたのは、背中から聞こえる小さな声だった。 振り向く。クルルがギュッとオレの服をつかみ、じっと見上げていた。 クルルは、震えていなかった。オレより弱くて、オレよりずっと怖いはずなのに、オレと違って震えていなかった。 「あたし、カズマ君を信じてる。カズマ君なら、大丈夫だから」 「クルル……」 何故だ。どうして、こんな状況で信じられる。 オレの戦いを見て、何も通じていないのはわかったはずなのに。オレでは勝てないことも見ていたはずなのに。 なのに、オレの何を信じているんだ? どうしてそこまで信じられるんだ。 「どうして――」 どうして、そんな理由で恐怖を抑え込めるんだ! 「あたし、知ってる。カズマ君は誰よりも強いわけじゃないって。色々な人より強くて、頼りになるけど、でも最強じゃないって。 だけど、炎だけは。炎だけは、カズマ君は誰にも負けない。あたしはそれを知っている。そんなカズマ君を、信じてる」 ガチガチにこわばった頬がゆがむ。 「カズマ君は、負けないよ。いつだってあたしたちのヒーローなんだから」 無理に作った笑顔なんだろう。それは笑顔とさえ呼べないようなものだった。本当は、怖いんだ、クルルも。 怖くないはずがない。自分では対抗のできない、力の塊。あいつがその気になれいつでも消し飛ぶ命。それは恐怖の具現だ。 なのに。なのに、オレを奮い立たせるためだけに、頑張って笑おうとしている。 それは奇跡のような出来事。信じられないほどの強さ。 「くそっ」 オレは、何をしているんだ。 「そこで見てろ、クルル」 震えは、もうない。 「あいつをぶっ倒して、お前を本当に笑わせてやっから」 オレのにらむ先で、獣が咆哮した。 |