男は視線を魔獣に戻す。
「そら。彼もお待ちかねのようだぞ」
 バチン、と弾ける音が響き、水牢が消え去った。魔獣が体を起こし、その怒りに燃えた瞳をオレたちに向ける。
「君もここまで来たということは、それなりに腕に覚えがあるんだろう。私のサポート、お願いできるかな」
「それは、いいですけど。でもあいつ、熱とか効かないですよ。あの分厚い肌が何もかもを弾いちまうんです」
「それはそうだろう。炎の魔獣なのだからな」
「知ってるんですか、あいつのこと」
「もちろんだ」
 男は頷き、
「まずは私が名乗っておこう。グレンだ」
「オレはカズマです。そっちはクルル。ただ、戦えるのはオレだけです」
「十分だ。奴はフィロミネンス、と呼ばれている。正確な名前はわからない。炎から生まれ、炎を支配すると言われる伝説級の化物だ。
「――そんなの、どうやって倒すんですか?」
「確かに炎には強い。だが、それは炎に対してだけだ。万能なわけじゃない」
 そういえば、と思い出す。さっきグレンの使っていた水の魔法には、この化物も少しばかり抵抗していた。オレの魔法には何の反応も示さなかったのに、だ。
「だから、フォワードは私に任せてくれ。君はディフェンス。奴の攻撃を相殺までする必要はない、減退させたり意識をそらしてくれれば、後は私が決めてみせる」
「わかりました」
 すっと、肩を並べる。初見での即席コンビネーションだ。熟達した戦士が相手だったら絶対に通用しないだろう。だけど、相手は意思があるのかさえ怪しい化物。魔獣が相手なら、オレたちのにわか仕込みのコンビネーションでもいけるはず!
「行くぞ!」
 グレンが飛び出す。同時に、オレは指先を魔獣の顔に向けた。
「『とかげのひとみ』!」
 熱線が五本、化物の顔に向かう。さっきまでとは違い、魔獣は体をひねって熱線をよけた。
 その隙にグレンが魔獣の足元へ。魔獣は、ここで初めて攻撃の動作を見せた。
 腕をあげる。その先に熱量を感じる。拳が、熱く燃えている。
「んなもんやらせるかぁ! 『とかげのほうこう』!」
 オレの拳が先に魔法を放つ。炎が激突し、化物の攻撃をずらす。
「『かえるのだいがっしょう』!」
 だいがっしょう。普通は自分を中心とした周囲をなぎ払う魔法だ。
 けど、グレンの使っただいがっしょうは、少しだけ違った。
「グオオオオオオオオオオ!?」
 魔獣の叫びが洞窟にこだまする。
 フィロミネンスを中心とした、圧殺するような水流の攻撃。回避なんて不可能。全方向からの攻撃は、防御さえさせない。
「ぬん!」
 そのまま勢いに乗り、グレンは魔獣の下にもぐりこむ。そして、手の平で魔獣の腹を打ち抜いた。ほんの少し、魔獣の体が浮いた。
「まだまだっ!」
 空中の無防備な状態に、ひじを叩き込む。吹っ飛ぶ魔獣に、追撃。
「『かえるのうた』!」
 前方を埋め尽くすような水の攻撃。浮いたままの魔獣の体は、そのまま洞窟の壁まで弾かれた。
「『とかげのほうこう』!」
「『かえるのした』!」
 オレの魔法とグレンの魔法が、同時に魔獣をさらに押し込む。壁にめり込み、魔獣は動きが取れない。チャンス!
「たたみかけるぞ!」
「はいっ!」
 オレとグレンは飛び出す。どんな攻撃だって、至近距離からの方がダメージが大きくなる!
「『とかげのひとみ』!」
 牽制の攻撃を放ちつつ、オレが先に出る。足裏の爆発、速攻!
「喰らえええええ! 『とかげのいかり』!」
 魔獣の顔面に爆炎を叩き込む。反動でぶっ飛ぶオレとすれ違うようにグレンが前へ。
「これで終わりだ! 『かえるのあくび』!」
 グレンが両手を重ねると、その間に金づちみたいな水の塊が現われた。グレンはそれを片手で持つと、もう片方の手を魔獣に向ける。
「『かえるのした』!」
 ぐるんと水が魔獣の体を束縛し、そのまま引き寄せる。そして、右手の水塊を叩きつけた。
「ハアアアアアアアアアアアアア!!」
 振り抜く。フィロミネンスは燃え盛る溶岩の中に叩き込まれた。
 ズン、と腹に重い衝撃が響く。そのまま、オレとグレンは追撃に備えた。
 じりじり、と時間が過ぎていく。やがて、グレンは深く息を吐き出した。
「さすがにもう大丈夫だろう。いかに奴と言えども、あの攻撃が直撃しておいて無傷ということはないはずだ」
「……そう、ですね」
 オレはそれでもまだ溶岩を見つめていた。
 なんとなく。そう、これは理屈ではなく感覚で、あいつはまだ無事に生きているような気がしたからだ。
 実際はグレンの言う通りだ。あれだけの攻撃を受けて無事で済んでいるはずがない。仮に死んでいなくても、大怪我くらいは負うだろう。オレたちとは戦えないくらいには。
 オレは視線をクルルに向けた。
「クルル。結界はどうなった?」
「え? あ、うん」
 クルルは結界があった場所に手を突っ込んだ。けれど、今度は何の抵抗もなくすり抜けた。
「何もないみたい! 通れるよ!」
「そっか。そりゃあ良かった」
 と、オレはそこで改めてグレンに向き直る。
「ありがとうございます。助かりました」
「いや、こちらこそ。私ひとりでは荷が重い相手だった。君の協力があったからこそだよ」
 言い、グレンは左手を差し出してきた。オレはそれを軽く握り返す。
「さて。君たちがここにいるということは、目的は同じと考えるがね?」
「ってことは、グレンさんも印の話を聞いて?」
「ああ。実は私は趣味で魔法の研究をしていてね。まったく新しい、誰も見た事のない魔法陣ともなれば、見てみたくなるだろう? 幸いにも、腕にも多少の自信があったのでね。もっとも、あそこまでとは思っていなかったが」
 肩をすくめたグレンは、ニヤリと笑う。
「早いもの勝ち、と言ってしまうと君らの勝ちになってしまうからね。ここは一緒に行かないか? またあんな化物がいないとも限らないしね」
 一瞬だけ考えた。もしもこいつが盗賊の類だったら、と。
 さっきはオレの手がなければ勝てそうもなかったから借りた、言い方を変えれば利用しただけかもしれない。だとすると、ここでこいつを全面的に信用するのは馬鹿げている。仮に印を見つけても、こいつがどう出るかはわからない。
 クルルに危険が及ぶ事態。それだけは避けなきゃいけない。
「なにやら疑っているようだね。それなら、ほら」
 グレンは自分の手を見せると、そこにはめていたグローブを脱いでみせた。
「これを君に預けよう。そうすれば、私は魔法を使うことができない」
 オレは渡されたグローブを見てみた。かえるの紋章が縫いつけられている。魔法を使うために陣と呪文の両方が必要であることを考えれば、確かに紋章なしで戦闘を行うのは無理だろう。いかにこいつが強いと言っても、魔法が使えないのであればオレが負けることはない。
「けど、あんたの陣がこれだけとは限らないですよね?」
「疑りぶかいね。なら、これでどうだい」
 男はその場でローブを脱いでみせた。下には簡素な下衣とポーチ、筋骨隆々とした肉体があった。
 ポーチの中も開いてみせる。中には紙切れやら携帯用の食料やらしか入っていなかった。当然、魔法陣らしき姿は影も形もない。
「これで満足かい?」
「……まあ、いいです」
 オレはグローブをポケットに突っ込み、頷いてみせた。別に警戒を解いたわけじゃない。単にこれ以上のチェックは無意味と思っただけだ。
 その気になれば、体にナイフで陣を刻むことだって可能だ。実際にそういう手を使っていた奴をオレは見たことがある。そこまでされたら、確認のしようがない。中途半端なチェックなら、しないのと同じだ。
 いざとなれば、いかにこいつがオレよりも格上だって逃げるくらいはできるだろう。そう判断し、オレはグレンと共に行くことを決意した。