結界の奥は青い光に包まれていた。 壁が光っている。けど、さっきまでの壁裏を通る炎が照らしているような状況と違って、こっちは本当に壁が光っていた。 「うわぁ……」 クルルの感嘆が聞こえる。 仕組みはわからない。けど、ものすごく綺麗だった。心の奥を揺さぶるような、そんな色合いの光だ。 「――空気が澄んでるな」 くん、と鼻を動かす。まるでさわやかな草原に立っているかのような感覚。形容のしがたい、神聖とさえ言える澄んだ空気が満ちていた。 「これはいよいよ当たりかもしれないな」 グレンは周囲を見回し、満足そうに頷く。 確かに、魔獣がいて結界があって、この上でこれだけ特異な場所があったとなれば、何もない方がおかしい。 この奥には何かがある。オレたちも見た事のない、何かが。 誰も、あまり言葉を発しなかった。言葉を発する事をためらいたくなる気配がある。神様に見られているような感覚、とでも言えばいいんだろうか。何か言葉を発したら、その瞬間に押し潰されてしまいそうな気分だった 無言のまま、辿り着いたのは最奥の階段。その下からは、今までと違って涼しい空気が流れてきていた。 オレたちは互いに首肯し、階段を降りていった。 階段の下。そこには、青い海が広がっていた。 「これ……」 さっきまでの青い光は、これが発していたんだろうか。 部屋中を、魔法陣が埋め尽くしていた。どれも結界陣に似ているけど、どこか違う気もする。とかげ以外の陣を使えないオレにはよく理解できなかった。 「どうやら、あれが印のようだね」 グレンは部屋の中心を指した。 そこに、台座のような石塊が置いてあった。その上には小さな何かが鎮座している。 近づいてよく見てみると、それはペンダントだった。女性のような、不思議な紋章が刻まれている。 「これが、新しい魔法陣?」 「そういうことになるね」 グレンはそっと手を伸ばす。が、それは空中で弾かれた。 「む。これも結界に阻まれているのか」 グレンは周囲を見渡した。けれど、スイッチのようなものは見当たらない。あるいは部屋中に展開している魔法陣のうちのどれかがそうなのかもしれないが、こんなものをいちいち壊していたら部屋が崩れてしまう。 「なあ、クルル、どうす、る?」 振り向いたオレは、舌がうまく動かなくなった。 クルルはじっとペンダントを見つめていた。まるで狂ってしまったかのように、じっと。身動きひとつなく。 「クルル? おい、大丈夫か?」 「――うん。大丈夫だよ、カズマ君」 肩をゆすろうとしたオレの手を押し返し、クルルはまっすぐ、印に向かった。 「これ、あたし、初めて見るんだ。当たり前だよね。でも、なんでだろう、とっても懐かしい気がする」 「懐かしい?」 「うん。うまく説明できないんだけど、なんだか『これはあたしのもの』って気がするの」 「ほう? それは面白いね」 視線を上げると、グレンが興味深そうにクルルを見ていた。 「そういう感覚はとても大切だ。言葉にはできないインスピレーション。これは金でも買えない、科学や魔法でも解明できない分野だからね。しかも、出所不明の割にはよく当たる」 クルルは、黙って手を伸ばした。 結界は、クルルを――受け入れた。 「なっ……!?」 クルルはそのままペンダントを手に取ると、すっと取り出す。瞬間、部屋を覆っていた魔法陣のうちの半分ほどが暗くなった。 部屋から一気に明るさが失われる。それでも、クルルは気にしなかった。いつもなら暗いのは怖いとか言い出すくせに、今はペンダントに視線を注いだままだった。 「使い方とかは、わからないんだ。どうすればいいのかもわからない。でも、なんとなくわかるの。これは、あたしのものだ。生まれる前から決まっていたみたいにしっくりするの」 くるっ、とそこで初めてオレを見たクルルは、えへへ、といつもの能天気な笑みを浮かべた。 「カズマ君。グレンさん。と、取れちゃったけど、大丈夫、だよね?」 「罠の類が発動した気配はないね。おそらくは大丈夫だろう」 グレンが頷く。オレも頷いた。確かにそういう気配は感じない。 「それにしても、その紋章が君のものという感覚は面白い。あるいは、本当にそうなのかもしれないな」 「本当にって?」 「その紋章は、君のものということかもしれないってわけさ。なに、根拠はないけどね。それほど惹かれるのであれば、君が持っているといい」 「いいんですか? グレンさんも、これが欲しかったんじゃ……?」 グレンは肩をすくめ、首を横に振った。 「いいんだ、私は。私はその紋章を見ても何も感じない。おそらくは使いこなせない代物なのだろう。それじゃあ研究さえできないからね」 「そういえば、グレンさんって何をしている人なんですか? なんでこの洞窟に?」 「私か。私はこういう者だよ」 グレンはローブの中に手を入れると、そこから名刺入れを取り出した。差し出された紙切れにある名前は『グレン=パイク』。勤め先は、スティンガー社? 「スティンガーって、あのスティンガーのことですか?」 「そういうことだ。下っ端だけどね」 自嘲的に笑うグレン。だけど、スティンガー社と言えば、警備会社の中でも最も信頼の厚い会社だ。それならあの戦闘力も少しは納得できる。それにしたって強すぎるとは思う、が。 「この洞窟に来たのは個人的な好奇心だよ。私は魔法の研究が趣味でね。この洞窟に来たのも、新しい陣というのをこの目で見てみたかったからなんだが……、実際に目にすると、なるほど、特異だ。非常に面白い」 「でも、これを持っていくつもりはない、と?」 「それはそうだよ。私は研究が趣味なんだから。自分では何の反応も起こせないものを持ち帰っても研究にはならない」 なるほど。それは道理だ。 「その代わり、と言ってはなんだが、君たちにしばらく同行させてもらえないだろうか?」 「つまりは、クルルとセットで研究対象にしようってことですか」 「察しが良いけど、言い方が悪いね。別に彼女をどうこうしようというつもりはない。私は単に、この魔法陣がどういう効果を示すものなのか、知りたいだけなんだ」 信用していいのだろうか。また、考えてしまう。 クルルを見ると、すでに全面的に信用する目つきだった。まあ、命の恩人ともなれば無理もない。 はあ、と思わずため息がもれた。 「わかりました。なら、よろしくお願いします」 「こちらこそ。さて、さっそく提案といきたいのだが、構わないかね?」 グレンはこれまたローブの下から地図を取り出し、それを広げてみせた。 「首都からしばらく南西に向かったところに、トルティアという町がある。その近くには賢者が住む塔があるという話だ。彼ならばこの魔法陣の用途についても何か知っているかもしれない」 トルティアの賢者の話はオレも聞いたことがあった。噂には何百年も生きているなんてものまであるが、人前に姿を見せることは稀だと聞く。 「まあ、こんなペンダントだけあっても仕方ないですからね」 クルルを見ると、すでにそのペンダントが胸の上で揺れていた。 「行ってみるか? トルティアに」 「うん!」 まったく、元気の良いことで。 呆れるほどだけど、それはクルルの良いところだ。 「じゃあ、次の目的地はトルティア! 賢者に紋章を見せるってことで、オッケーだな!」 「おー!」 拳を突き出すオレとクルル。グレンまでもが真似るように突き出していた。 |